今週の早稲田松竹は『グレート・ビューティー/追憶のローマ』と『郊遊<ピクニック>』の二本立て。
ローマ、台湾。
この二本の映画の寡黙な主人公たちの前では、背景である都市の方が多くを物語る。
『グレート・ビューティー/追憶のローマ』の、喧騒の湧き上がるままに踊り狂う人々。
その背後にそびえる、かつてフェリーニが描いた『甘い生活』のままの神聖さと伝統に守られた都市。
『郊遊<ピクニック>』の学校にも行かず、マーケットで一日を過ごす子供たち。
車が高速で行き交う中央分離帯での看板持ちで日銭を稼ぐ父親。
急速な発展とともに著しい貧富の差を抱えた台湾の都市。
極端にも思えるほど対比的に置かれる都市と人々。
幾重にも積み重なり姿を塗り替えていく都市の営みと、
そこに暮らす人々とのコントラストから浮き上がってくるのは“澱み”だ。
65歳の誕生日を迎えたジェップが初恋の人の死を知ったとき、
思い出すある感情、そのままの記憶。
かつて自分が何であったのか、そして現在何者なのか。
変わらない街並みが映し出す、時の澱み。
明日への希望もない生活苦の中で、子どもたちを育てる父親が、
そして夜毎廃墟の壁に描かれた絵を凝視する女たちが抱える感情の澱み。
怒っては疲労し、呆れては揺さぶられる都市生活者たちの彷徨。
そして澱んでは流れ、流れては果てていく感情と記憶。
そこに残るのは人間性の欠片もない、気が遠くなるほど長い人類の営み、その堆積だけだろうか。
私たちは彼らの顔を眺めながら、同じように果てていくだけだろうか。
映画はその答えになるような希望に満ちたストーリーを語ることができない。
時の澱みにまなざしを向けることだけが、この世を覗く最後の方法であるかのように。
見出された瞬間に、いま我々が持ちうる人間性をそそぎ、輝かせること。
そこには退廃した街で、持ち得ることが困難な秘められた情熱が流れている。
『グレート・ビューティー/追憶のローマ』
パオロ・ソレンティーノ(監督)、トニ・セルヴィッロ(主演)、ルカ・ビガッツィ(撮影)
『郊遊<ピクニック>』
ツァイ・ミンリャン(監督)、リー・カンション(主演)、リャオ・ペンロン(撮影)
そのフィルモグラフィのほとんどを、変わらないメンバーで創り上げる名チーム。
その三位一体とも言えるイマジネーションの融合を是非堪能して頂ければと思います。
(ぽっけ)
グレート・ビューティー/追憶のローマ
LA GRANDE BELLEZZA
(2013年 イタリア/フランス 141分 シネスコ)
2015年2月14日から2月20日まで上映
■監督・脚本 パオロ・ソレンティーノ
■製作 ニコラ・ジュリアーノ/フランチェスカ・シーマ
■脚本 ウンベルト・コンタレッロ
■撮影 ルカ・ビガッツィ
■編集 クリスティアーノ・トラヴァリョーリ
■音楽 レーレ・マルキテッリ
■出演 トニ・セルヴィッロ/カルロ・ヴェルドーネ/サブリナ・フェリッリ/ファニー・アルダン
■第86回アカデミー賞最優秀外国語映画賞受賞/第71回ゴールデン・グローブ賞最優秀外国語映画賞受賞/第67回英国アカデミー賞最優秀外国語映画賞受賞/第26回ヨーロッパ映画賞最優秀作品賞・監督賞・主演男優賞・編集賞受賞/第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品
ローマ――歴史的な建造物や美術品、最先端のファッションや現代アートが混在する永遠の都。ジャーナリストのジェップは俳優、アーティスト、実業家、貴族などが集うローマのセレブコミュニティの中でも、ちょっとした有名人だ。彼は初老に差し掛かった今でも、毎夜、華やかなレセプションやパーティーを渡り歩く日々を過ごしていたが、内心では仲間たちの空虚な乱痴気騒ぎに飽き飽きしているのだった。そんなある日、彼の元に忘れられない初恋の女性の訃報が届き、これをきっかけに長い間中断していた作家活動を再開しようと決意する。
すべてを得ながらも、埋められない孤独と虚しさを抱えた美の探究者が、 人生の旅の黄昏に追い求め、悟った境地とは…?
『イル・ディーヴォ -魔王と呼ばれた男-』『きっと ここが帰る場所』が高い評価を受け、今、世界が最も注目する監督となったパオロ・ソレンティーノが、卓越した美学と深い感動で描き上げる巨大なる映像モニュメント。本作はフェデリコ・フェリーニ監督の名作『甘い生活』に匹敵する映画的魅力と完成度で、『ライフ・イズ・ビューティフル』以来、イタリア映画としては15年ぶりとなるアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した。
主演は本作でのヨーロッパ映画賞最優秀男優賞など数多く演技賞に輝く名優トニ・セルヴィッロ。またカルロ・ヴェルドーネ、サブリナ・フェリッリといったイタリアの人気俳優が数多く出演、フランスの女優ファニー・アルダンなど多くのセレブが本人として顔を見せる。
郊遊<ピクニック>
郊遊
(2013年 台湾/フランス 138分 ビスタ)
2015年2月14日から2月20日まで上映
■監督・脚本 ツァイ・ミンリャン
■製作 ヴィンセント・ワン
■脚本 ドン・チェンユー/ポン・フェイ
■撮影 リャオ・ペンロン/ソン・ウェンチョン
■出演 リー・カンション/ヤン・クイメイ/ルー・イーチン/チェン・シャンチー
■2013年ヴェネチア国際映画祭審査員大賞受賞/2013年金馬奨最優秀監督賞・最優秀主演男優賞受賞
父と、幼い息子と娘。水道も電気もない空き家にマットレスを敷いて3人で眠る。父は、不動産広告の看板を掲げて路上に立ち続ける「人間立て看板」で、わずかな金を稼ぐ。子供たちは試食を目当てにスーパーマーケットの食品売り場をうろつく。父には耐えきれぬ貧しい暮らしも、子供たちには、まるで郊外で遊ぶピクニックのようだ。だが、どしゃ降りの雨の夜、父はある決意をする…。
2013年、ヴェネチア国際映画祭で突然発表されたツァイ・ミンリャン監督の引退。1992年の長編第一作『青春神話』に始まり、『愛情萬歳』『河』『西瓜』など数々の傑作を発表してきた台湾の巨匠の長編第10作にして、掉尾を飾る劇場映画作品が本作である。
主演はツァイ作品の顔であるリー・カンション。本作でついに、デビュー21年を経て、中華圏で最も歴史ある映画賞である金馬奨の最優秀主演男優賞を受賞した。幼い娘と息子を演じるのはリー・カンションの姪と甥である。さらに、同じくツァイ作品を支えてきた3人の女優も揃って出演している。
第1作から描きつづけてきた“現代”と“孤独”を、独特のユーモアと、これまで以上に大胆な描写で、繊細に、豊饒に映し出す圧倒的な映画の力。有無を言わさず目に灼きつける強靭さと、いくつもの物語を包含する自由さ。映画史上に残る驚異的な長回しのラストシーンにいたるまで、ワン・カット、ワン・カットに物語が立ち上がる。まさに「ここまで来た」と感嘆せずにいられないツァイ・ミンリャン最後の傑作である。