『フォックスキャッチャー』も『アメリカン・スナイパー』も、
今年のアカデミー賞で共に数多くノミネートされ、実際の事件のショッキングさも伴って、大いに話題となった作品だ。
『アメリカン・スナイパー』においては、戦争映画史上最大のヒットという驚異的な記録を打ち立てたほどである。
だが、実話をもとに作られたとはいえ、両作はあくまで人間そのものにフォーカスが当てられている。
莫大な富を生まれながらにして与えられたジョン・デュポン。
けれど彼は、親からの愛情や温かい友情は決して手に入れることはできなかった。
鳥類学者、切手収集家など様々な顔を持ったデュポンだが、その異様なまでの執着心は、
レスリングチーム「フォックスキャッチャー」を作り、もっとも歪んだ形で“人”に向かう。
厳格な父に“猟犬”になれと育てられたクリス・カイル。
アメリカ大使館爆破のテレビ映像は彼の正義感を焚き付け、
ほどなく海軍に入隊しイラク戦争に4度も従軍する伝説のスナイパーになる。
だが、戦場で怖いものなしだったはずのカイルの心は徐々に蝕まれ、幸せな家庭に影を落としていく。
レスリングで相手と組み合う瞬間、戦場でライフルの引き金を引く直前、
すっと息を飲む静けさのように、映画は全編ただならぬ緊張感に満ちている。
“強い国”に潜む人の弱さや脆さ。
富と戦争によってもたらせる代償は、とりかえしのつかない悲劇だ。
そんなことはもう誰もが気づいているはずなのに、それでも人は“もっと”をやめられない。
今週の二本は、その怖さを、狂気を孕みながら静かに突き付ける。
フォックスキャッチャー
FOXCATCHER
(2014年 アメリカ 135分 ビスタ)
2015年7月18日から7月24日まで上映
■監督・製作 ベネット・ミラー
■製作 ミーガン・エリソン/ジョン・キリク/アンソニー・ブレグマン
■脚本 E・マックス・フライ/ダン・ファターマン
■撮影 グレッグ・フレイザー
■編集 スチュアート・レヴィ/コナー・オニール/ジェイ・キャシディ
■音楽 ロブ・シモンセン
■出演 スティーヴ・カレル/チャニング・テイタム/マーク・ラファロ/シエナ・ミラー/ヴァネッサ・レッドグレイヴ
■第87回アカデミー賞監督賞・主演男優賞・助演男優賞・脚本賞・メイク・ヘアスタイリング賞ノミネート/第67回カンヌ国際映画祭監督賞受賞/第72回ゴールデン・グローブ賞作品賞、主演男優賞、助演男優賞ノミネート
レスリングのオリンピック金メダリストでありながら苦しい生計をしいられているマーク。ある日、デュポン財閥の御曹司ジョン・デュポンからソウル・オリンピック金メダ ル獲得を目指したレスリングチーム“フォックスキャッチャー”の結成に誘われる。破格の年棒、自身のトレーニングに専念でき、彼にとっては夢のような話だった。
名声、孤独、隠された欠乏感を埋め合うように惹きつけ合うマークとデュポンだったが二人の関係は徐々に風向きを変えていく。さらにマークの兄、金メダリストのデイヴがチームに参加することで三者は誰もが予測しなかった結末へと駆り立てられていく。
『カポーティ』『マネーボール』ほか、そのほとんどでアカデミー賞を賑わせてきたベネット・ミラー監督。最新作は、全米を震撼させた96年の大富豪デュポン財閥御曹司による五輪金メダリスト射殺事件を基に映画化。センセーショナルな題材に最高級の演出&演技が揃い、賞レースのにぎわせた必見の問題作である。
事件の加害者ジョン・デュポンに扮したスティーヴ・カレルは、いままでのコメディ演技を封印し、大富豪の孤独、葛藤、心の暗部を繊細に演じきり、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。さらにダブル主演を務めたチャニング・テイタム、実力派として名高いマーク・ラファロとの濃密なアンサンブルは、あらゆる観客の目と心を奪って離さない。
アメリカン・スナイパー
AMERICAN SNIPER
(2014年 アメリカ 132分 シネスコ)
2015年7月18日から7月24日まで上映
■監督・製作 クリント・イーストウッド
■製作 ロバート・ロレンツ/アンドリュー・ラザー/ブラッドリー・クーパー/ピーター・モーガン
■原作 クリス・カイル/スコット・マクイーウェン/ジム・デフェリス「ネイビー・シールズ 最強の狙撃手」(原書房刊)
■脚本 ジェイソン・ホール
■撮影 トム・スターン
■編集 ジョエル・コックス/ゲイリー・D・ローチ
■出演 ブラッドリー・クーパー/シエナ・ミラー/ルーク・グライムス/ジェイク・マクドーマン/ケビン・ラーチ/コリー・ハードリクト/ナヴィド・ネガーバン/キーア・オドネル
■第87回アカデミー賞音響賞受賞、作品賞・主演男優賞・脚色賞・編集賞ノミネート
「人間には3種類ある。“羊、狼、番犬”だ」。テキサス州生まれのクリスは、厳格な父親から番犬であれと育てられた。やがてロデオの名手となったクリスだが、アフリカのアメリカ大使館爆破事件の惨状を目にしたときに、自分が本当にすべきことを確信する。
軍の訓練生となったクリスは、難関を突破し海軍特殊部隊ネイビー・シールズに入隊。いっぽう私生活では運命の女性タヤと出会い、幸せな家庭を築いていた。そんな矢先、アメリカ同時多発テロを機にイラク戦争が勃発。同胞の、そして愛する者の命を守りたい……その一心からクリスは激しい戦闘が続く前線へと向かうのだった。
巨匠クリント・イーストウッド監督が、戦場という極限に置かれた孤高の男の実話に挑んだ渾身の一作。描かれるのは伝説のスナイパー、クリス・カイルの半生だ。戦争の狂気に取り憑かれつつ、故国で待つ家族をこよなく愛する主人公の光と影を生々しく掘り下げる。原作は自伝「ネイビー・シールズ 最強の狙撃手」。過去にも優れた戦争映画を手がけてきたイーストウッドだが、手に汗握る戦闘シーンなどこれぞ最高傑作であり、、全キャリアの到達点と呼べるだろう。
主演のブラッドリー・クーパーは、本作で自らプロデューサーとしても映画化権を獲得。過酷なトレーニングと食事による肉体改造を敢行し、戦争により徐々に心を蝕まれていく主人公の心理を繊細に演じ、3度目のアカデミー賞ノミネートを果たした。本作は、全米で3億ドルを超える驚異の興行収入を記録し、イーストウッド監督史上最大のヒット作となっただけででなく、『プライベート・ライアン』を抜き、戦争映画歴代No.1の興行成績を打ち立てている。