“サスペンスの帝王”と称され、後世に多大な影響を与えた映画監督。1899年にロンドン・イーストエンドの青果物店に生まれ、電気工として働いた後、無声映画の字幕デザイナーとして映画業界に入る。
25年に『快楽の園』で監督デビュー。イギリス初のトーキー映画『ゆすり』や『殺人!』あたりからスリラー、サスペンスに傾倒し 『三十九夜』、『バルカン超特急』などを監督する。『巌窟の野獣』を最後に英国を離れ、米国に渡る。 ハリウッド1作目『レベッカ』はアカデミー作品賞を受賞。 50年代から60年代にかけて『裏窓』『北北西に進路を取れ』『サイコ』等、数々の傑作を世に送り出した。 また映画監督として活躍する一方で、TV「ヒッチコック劇場」(55〜61)のプレゼンターとしても幅広く知られた。
80年4月29日、腎不全のため永眠。76年の『ファミリー・プロット』が遺作となった。 26年に結婚したアルマ・レビルは、初期の作品で脚本を手がけている。
・快楽の園('25)<未>
・下宿人('26)<未>
・ダウンヒル('27)<未>
・ふしだらな女('27)<未>
・リング('27)<未>
・農夫の妻('28)<未>
・シャンパーニュ('28)<未>
・マンクスマン('28)<未>
・ヒッチコックのゆすり('29)<未>
・ジュノーと孔雀('30)<未>
・殺人!('30)
・エルストリー・コーリング('30)<未>
・スキン・ゲーム('31)<未>
・リッチ・アンド・ストレンジ('31)<未>
・第十七番('32)<未>
・ウィンナー・ワルツ('32)
・暗殺者の家('34)
・三十九夜('35)
・間諜最後の日('36)
・サボタージュ(36)<未>
・第3逃亡者('37)
・バルカン超特急('38)
・巌窟の野獣('39)
・レベッカ('40)
・海外特派員('40)
・断崖('41)
・スミス夫妻('41)
・疑惑の影('42)
・逃走迷路('42)
・救命艇('44)<未>
・白い恐怖('45)
・汚名('46)
・パラダイン夫人の恋('47)
・ロープ('48)
・山羊座のもとに('49)<未>
・舞台恐怖症('50)<未>
・見知らぬ乗客('51)
・私は告白する('52)
・ダイヤルMを廻せ!('54)
・裏窓('54)
・泥棒成金('55)
・ハリーの災難('55)
・知りすぎていた男('56)
・間違えられた男('57)
・めまい('58)
・北北西に進路を取れ('59)
・サイコ('60)
・鳥('63)
・マーニー('64)
・引き裂かれたカーテン('66)
・トパーズ('69)
・フレンジー('72)
・ヒッチコックのファミリー・プロット('76)
観客をひたすら驚かせ、怖がらせ、そして楽しませるために作品を作り続けたアルフレッド・ヒッチコック監督。その作品群はめっぽう面白い娯楽映画であるにとどまらず、後世に多大な影響を残した第一級の芸術作品でもあります。今回上映する『北北西に進路を取れ』と『裏窓』は、その中でも鮮やかなヒッチコックタッチを堪能するのに最高の2本です。
『北北西に進路を取れ』の主人公はニューヨークの広告会社に勤めるロジャー・ソーンヒル(ケイリー・グラント)です。平凡なビジネスマンである彼は、ひょんなことから国家間の諜報戦に巻き込まれてしまいます。殺人の濡れ衣を着せられ、警察と殺し屋双方から追われる身になったロジャーは、謎の美女イヴ(エヴァ・マリー・セイント)の助けも借り、逃亡を続けながら事件の真相に迫っていきます。
バカバカしいまでに些細な事件の発端を始め、観る者がおもわず口をあんぐりしてしまうほどのスピードで物語が二転三転していきます。トウモロコシ畑が広がる広大な平野でケイリ―・グラントが飛行機に襲われるシーンや、ラシュモア山の巨大な大統領の彫刻で展開されるクライマックスなど、ヒッチコックの豊かなイマジネーションが炸裂した名場面の数々はあまりにも有名です。
手に汗握る展開の連続からは、同時に映画ならではの荒唐無稽さと戯れるヒッチコックの楽しげな顔が透けて見えてくるかのようです。ヒッチコック流の人を食ったユーモアやロマンチックな主演カップルのやりとりも楽しい、娯楽映画のテクニックが総動員された超大作です。
スケールがどんどん広がっていく『北北西に進路を取れ』に対して、舞台を限定してよりリアリティあるサスペンスが展開されるのが『裏窓』です。
『裏窓』の主人公は、仕事中に足を怪我し、車いす姿で自宅療養中のカメラマンのジェフ(ジェームズ・スチュワート)です。恋人のリザ(グレース・ケリー)に結婚を迫られていますが、決心がつかぬまま、リザや家政婦に呆れられながらも裏窓から向かいのアパートの住人を観察することに没頭しています。そこには、アツアツの新婚夫婦がいるかと思えば、子どもがいない代わりに犬を溺愛する中年夫婦がいます。孤独を必至で埋め合わせようするオールドミスがいるかと思えば、グラマーなダンサーは衆目を気にせずに豪快に踊りまくり、音楽を愛する作曲家の部屋からはピアノやレコードの音が溢れています。
まるでアパートの壁に無数のスクリーンがあるように、裏窓を通して個性豊かな人生の哀歓が浮かび上がります。しかし、ジェフはそんな愛おしい隣人たちの小さな変化から、恐ろしい殺人事件の匂いを嗅ぎとってしまうのでした…。
この作品は、結婚するか否かでもめる主人公カップルのドラマと殺人を巡るサスペンスフルなドラマ、そしてチャーミングなアパートの住人たちの人生ドラマが同時進行で絶妙に絡み合いながら展開していきます。また、映像で示されるのは自宅から身動きが取れないジェフの目に見える範囲にほぼ限定されているため、観客はいやおうなくジェフと同じ視点で物語の推移を見守ることになります。その語り口の大胆さ、見事さはヒッチコック作品でも随一のものです。
また、部屋から出られないジェフの代わりに探偵じみた大活躍をするグレース・ケリーの素晴らしさも見逃せません。気品あふれる美しさ、という形容だけでは収まらない彼女の魅力が存分に発揮されています。
ゴダールやトリュフォーなどのヌーヴェルバーグ勢を始め、世界中を虜にしたヒッチコックタッチをぜひスクリーンで!
北北西に進路を取れ
NORTH BY NORTHWEST
(1959年 アメリカ 137分 ビスタ)
2014年11月22日から11月28日まで上映
■監督・製作 アルフレッド・ヒッチコック
■脚本 アーネスト・レーマン
■撮影 ロバート・バークス
■タイトルデザイン ソウル・バス
■音楽 バーナード・ハーマン
■出演 ケイリー・グラント/エヴァ・マリー・セイント/ジェームズ・メイソン/ジェシー・ロイス・ランディス/レオ・G・キャロル/マーティン・ランドー
■1959年アカデミー賞脚本賞ほか2部門ノミネート
広告マンのロジャーは、ふとした手違いでキャプランという男と間違われ、誘拐されてしまう。タウンゼントと名乗る男の前に引き出されたロジャーは、とある仕事を依頼されるがそれを断り、危うく殺されかける。翌日、真相を確かめようと国連ビルに行くと、本物のタウンゼントは昨日のタウンゼントとは別人だった。その本物がナイフを突き立てられて絶命し、ロジャーは、今度は殺人の汚名を着せられてしまう。果たしてキャプランとは誰なのか? タウンゼントを名乗る男の正体は?
事件に巻き込まれた男が各地を転々として追われながら、真犯人を追っていくというシチュエーションは、ヒッチコック作品にもっともくりかえして現れるパターンである。とにかくヒッチコックはこのパターンをくりかえすことによって、より華麗に、よりスケールの大きなものに練りあげていったのである。本作は、そのヒッチッコック・パターンの集大成と言っていいだろう。時間的な省略や飛躍をせずに、サスペンシヴな状況を次々につみ重ねて、見せ場も多くぜいたくな映画となっている。
ケイリー・グラントはこれでヒッチコック映画4本目。ヒッチ好みのブロンドでやせ型の、エヴァ・マリー・セイントはそれまでの作品とは異なる洗練された魅力を発揮し、この作品は彼女の代表作のひとつともなった。
裏窓
REAR WINDOW
(1954年 アメリカ 113分 ビスタ)
2014年11月22日から11月28日まで上映
■監督・製作 アルフレッド・ヒッチコック
■原作 コーネル・ウールリッチ
■脚本 ジョン・マイケル・ヘイズ
■撮影 ロバート・バークス
■音楽 フランツ・ワックスマン
■出演 ジェームズ・スチュワート/グレース・ケリー/レイモンド・バー/セルマ・リッター/ウェンデル・コーリイ
■1954年アカデミー賞監督ほか3部門ノミネート
足を骨折し、車椅子とベッドでの生活を余儀なくされているカメラマンのジェフ。彼は退屈しのぎにと、窓から見える向かいのアパートの人々を眺めるのが日課になっていた。ところがある日、セールスマンの夫と口論をしていた病床の妻がいなくなっていることに気づく。恋人のリザや看護師のステラに協力を依頼し、裏窓を通した調査がはじまる。男が妻を殺したのでは、という数々の状況証拠をつかみ、疑いは確信へと変わっていく…。
本作はウイリアム・アイリッシュの別名でも知られる、コーネル・ウールリッチの短編小説が原作である。ヒッチコックは例によって原作重視ではなく彼好みに大幅な改変をしている。なかでも、主人公ジェフを報道カメラマンにしたことは“のぞき見”というこの映画のポイントをひときわ引き立たせている。足を骨折して動けない人物という設定は、もちろん犯人に襲われるサスペンスを増加させもするが、彼は外部で起こっていることを自分で直接確認できないという点でもサスペンス度を高めている。
物語は水曜の朝にはじまり、土曜の夜でクライマックスをむかえ、そしてエピローグとして翌日曜日をもって終わる。その時間の推移は、空の色や光線の具合、そして各人物の行動で説明しているが、同時にフェイド・アウトをもって各時間の区切りをつけている。なお、殺人を扱いながら死体がズバリと出てこないという点でも、これはヒッチコック映画としてユニークである。
※解説はすべて「ヒッチコックを読む」(フィルムアート社刊)より抜粋