「監督になりたければ先ず脚本を書け。」
だいぶ前に読んだ何かの本の中で、黒澤明監督はそんなことを言っていました。
監督の名だけを追って映画を観ていた当時の自分にとって、それはすごく印象に残った言葉でした。
今週の上映作品は、西川美和監督『夢売るふたり』と内田けんじ監督『鍵泥棒のメソッド』。
ともに"若手実力派監督"などと言われることも多いふたりの最新作です。
西川監督も内田監督も、今回の作品がそれぞれ長編4作目。作品の数は決して多いわけではありません。 なぜなら、ふたりとも“オリジナル脚本”にこだわってきたからです。 大ヒットした小説や漫画の“原作もの”に頼らず、本当に自分の語りたい話を描く。 シンプルだけれど、今の映画界ではとても難しいことです。 けれど両監督は、デビューから一貫してそれを実践し、しかもすべての作品が高い評価を受けてきました。
そんな今日の日本映画界を牽引する存在であるふたりが新作で描いたものは、 偶然にも同じ、「嘘にまつわる男と女」のお話でした。
『夢売るふたり』は、結婚詐欺をして自分たちの店を取りもどそうとする夫婦と、彼らにまんまと騙されていく女性たちのドラマ。 『鍵泥棒のメソッド』は、売れない役者が記憶喪失になった殺し屋に成り代わり、さらには婚活中の女性編集者が絡んでくるラブコメディです。
これだけ聞いてもわかるとおり、両作品はありえない展開だらけで、ある意味ファンタジーといってもいいかもしれません。 それでも、その完全なフィクションの世界が、まるですぐ隣りで起こっていることのように感じられる瞬間が何度も訪れるのだから不思議。
『夢売るふたり』の阿部サダヲは、撮影前に監督から、彼が演じる貫也という役の細かな人物設定が書かれたファイルを渡されたそうです。 たった2時間強の映画の中では決して語られないその事柄は、登場人物にリアルな命を吹き込みます。 そしてそれは、自分で0から創り上げた物語にしかできないことだと思います。
悪人・善人では括れない複雑で魅力的なキャラクターが織りなす、一捻りも二捻りもある人間模様。
嘘をついたことのない人なんていないでしょう。嘘をつかれた人も、またしかり。
騙すことはそんなに悪いことなのか? 騙されることは辛いことばかりじゃないのかもしれない。
両作品を観ると、そんな風に思えてくるかもしれません。
とんだおとぎ話を説得力をもって語るには、とびきりのおもしろさがないといけませんよね。
今週は、名ストーリーテラーのふたりが仕掛ける、巧妙な映画という“嘘”に騙されるつもりで、
思いきり笑ったり、思いきり心を揺さぶられたりしてみてはいかがでしょうか。
鍵泥棒のメソッド
(2012年 日本 128分 ビスタ/SRD)
2013年4月27日から5月3日まで上映
■監督・脚本 内田けんじ
■撮影 佐光朗
■編集 普嶋信一
■音楽 田中ユウスケ
■主題歌 吉井和哉「点描のしくみ」
■出演 堺雅人/香川照之/広末涼子/荒川良々/森口瑤子/小山田サユリ/木野花/小野武彦
■日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞・優秀主演男優賞・優秀助演男優賞・優秀助演女優賞ノミネート/ブルーリボン賞監督賞・助演女優賞受賞/上海国際映画祭最優秀脚本賞受賞
銭湯で転倒し頭を強打。記憶を失った羽振りのいい男。居合わせた売れない貧乏役者・桜井は出来心からロッカーの鍵をすり替え、彼になりすます。が、その男はなんと誰も顔を見たことのない伝説の殺し屋・コンドウだった! 桜井は男にきた大金の絡んだ危ない依頼を受けてしまい、大ピンチに。一方、記憶を失い自分を桜井だと思い込んでいるコンドウは、真面目に努力して、役者として成功する事を目指し始めてしまう。そんなコンドウの姿に好感を覚えた婚活中の女性編集長・香苗は、なんと彼に逆プロポーズ! 失われた記憶、大金の在り処、そして結婚の行方――複雑に絡み合った事態の行く末やいかに?!
『運命じゃない人』『アフタースクール』過去2作において、時制の組み替え、信じていたものがすべてひっくり返るような展開で、観客をあっと驚かせた内田けんじ監督。みごと日本アカデミー賞脚本賞を受賞した本作で描かれるのは、人生が入れ替わってしまう2人の男と婚活中の女性が巻き起こす、誰もが楽しめる喜劇。先の読めない展開と意外なラスト、映画の醍醐味をすべて織り込んだような大人のためのエンターテインメントが誕生した。
主役の桜井を演じるのは『アフタースクール』に続いて出演となる堺雅人。後先考えずに行動してしまうちょっとおバカな男を好演した。一方、殺し屋・コンドウには近年の日本映画に無くてはならない実力派俳優、香川照之。そして周りとはちょっとずれた感覚の持ち主のヒロイン・香苗には広末涼子。笑顔を封印して挑む最高のコメディエンヌぶりで、ブルーリボン賞最優秀助演女優賞に輝いた。
夢売るふたり
(2012年 日本 137分 ビスタ/SRD)
2013年4月27日から5月3日まで上映
■監督・原案・脚本 西川美和
■企画協力 是枝裕和
■撮影 柳島克己
■編集 宮島竜治
■音楽 モアリズム
■出演 松たか子/阿部サダヲ/田中麗奈/鈴木砂羽/安藤玉恵/江原由夏/木村多江/やべきょうすけ/大堀こういち/倉科カナ/伊勢谷友介/古館寛治/小林勝也/香川照之/笑福亭鶴瓶
■日本アカデミー賞優秀主演女優賞/高崎映画祭最優秀監督賞・最優秀主演女優賞・最優秀助演女優賞(安藤玉恵)
東京の片隅で小料理屋を営んでいた夫婦、貫也と里子は、火事ですべてを失ってしまう。“自分たちの店を持つ”という夢を諦めきれないふたりには、金が必要。再出発のため、彼らが選んだ手段は結婚詐欺! 里子が女たちの心の隙間を見つけて計画し、貫也が言葉巧みに女の懐に入り込んで騙していく。結婚したい独身OL、男運の悪い風俗嬢、不倫で大金を手にした女、孤独なウエイトリフティング選手、幼い息子を抱えたシングルマザー。最初は思惑通りに進んでいた計画だが、やがて嘘の繰り返しは、騙した女たちとの間に、そして夫婦の間に、さざ波を立て始める…。
松たか子と阿部サダヲ。日本映画界において唯一無二の存在と言える演技派俳優ふたりが初共演で挑む本作は、火事ですべてを失った夫婦が結婚詐欺を繰り返すことで、男と女の切なく危うい<愛>を焙り出していく物語。監督は、『蛇イチゴ』、『ゆれる』、『ディア・ドクター』で国内外の映画賞を総なめにし、著書「きのうの神様」が直木賞候補に選ばれるなど、いま最も注目を集める西川美和。最新作では、自らの原案を基にしたオリジナル脚本を執筆。夫婦そして男女の複雑で奥深い関係と、現代を生きる女たちの心の隙間を、鋭い眼差しと深い心理描写でえぐるように描く。
松、阿部のほかに、田中麗奈、鈴木砂羽、安藤玉恵、江原由夏、木村多江、伊勢谷友介、香川照之、そして笑福亭鶴瓶など、ひとクセもふたクセもある個性派揃いのキャスト陣が出演を熱望。人々が日々すれ違いながら生きる東京を舞台に、孤独を抱えた男女の人生が交錯し、やがて歯車は狂い出していく。騙すのか? 騙されるのか? 愛してるのか? 愛してないのか? 男と女の心と性を激しく揺さぶる、誰も観たことのない衝撃の≪ラブストーリー≫が幕を開ける!