toppic ★3本立て上映です。タイムテーブル一覧は→こちら。
時を超えて息衝く深い森の、奥へ奥へと足を踏み入れれば
静寂の中、やがて虫の羽音や、葉のざわめき、動物たちの鼓動が押し寄せてくるように
静かだから、聴こえる 暗闇だから、見える 語らないから、伝わる
そんな優しくも激しい感動に包まれた、3つの物語。

まだ見ぬ世界を前に
彼は、未来への一歩を踏み出す――

トルコ出身の監督、セミフ・カプランオールによる「卵」「ミルク」「蜂蜜」は、
主人公ユスフの半生を壮年期、青年期、少年期へと遡っていくトリロジーである。

遡るとは言え、物語はどれも現代を舞台に描かれていて、
一体このユスフが本当に同一人物なのか(役者はもちろん違うのだが)、
成長(若返り?)ぶりが著しく面影が見当たらないこともあって、今一つ確信が持てない。

大人のユスフ、青年のユスフ、子供のユスフ。
過去の情景を思い返す時に似たノスタルジックな手触りは確かにあるのに、
強く結びついているようでいてバラバラの物語を紡ぐ3人のユスフは、
決して出会わない孤高な運命を背負っているかのように、心のあちこちに散らばっていく。

「自分の立ち位置に疑問を持ち始め、答えを探して時間を遡ったらそうなった」
監督はそう語る。

誰も突然大人にはならない。
あらゆる時を生きてきた過去の自分が、現在の自分に幾人も内在しているとするなら、
それが3人のユスフなのかもしれない。

確かにそこにいるけれど、二度と出会うことのない彼ら。
それぞれに自分自身であることを全うする役割を与えられた現代への使者・ユスフは、
母の死を、青春の葛藤と絶望を、父の不在を、失われた言葉を背負い、
ひたすらに今を紡いでいく。

それは、森の奥に根ざすある大木の、葉を、枝を、根を潤す水脈を、
そのせせらぎを、その水源を探す密やかな旅。

喪失を光に変えて、幼き魂がそっと輝きだすまで――

(デザイン・文 by ザジ)



卵pic

pic故郷に戻り遥かな森で自身のルーツを探る旅――
壮年期のユスフを描いた、「ユスフ三部作」第一部

イスタンブールで暮らす詩人のユスフは、母親の死の知らせを受け、何年も帰っていなかった故郷に帰る。古びれた家に帰るとアイラという美しい少女が彼を待っていた。ユスフは、五年間、母の面倒を見てくれていたというアイラの存在を知らなかった。アイラは母の遺言をユスフに告げる。そして、それを聞いたユスフは遺言を実行する為に旅に出る。失われていた記憶が甦ってくる――。それはユスフ自身のルーツを辿る旅となるのだった。

ユスフ三部作の中で最も未来への希望に溢れ、ユーモラスな表現が織り交ぜられた本作。無口で無表情なユスフと瑞々しい美しさを持つ少女・アイラのちぐはぐなツーショットが新鮮で、2人の間に流れる小さな幸福がくすぐったい。アイラを演じるのは、『ソフィアの夜明け』でウシュル(本人役)を演じたサーデット・イシル(ウシュル)・アクソイ。主人公の居場所となり、未来への懸け橋的な役割を果たす存在は、どこか『ソフィアの夜明け』と通じるものを感じる(『ソフィアの夜明け』の撮影は本作よりも後に行われている)。



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ミルク

pic母を通じて大人への一歩を踏み出す、青年期のユスフを見つめた「ユスフ三部作」第二部

高校を卒業したばかりのユスフは、何よりも詩を書くことが好きで、書いた詩のいくつかを文芸誌で発表し始めている。しかし、彼の書く詩も、また母親のゼーラと共に営んでいる牛乳屋も、二人の生活の足しにはなっていない。そんな中、母と町の駅長との親密な関係を目にしたユスフは当惑する。これがきっかけとなり、急に大人になることが不安になってしまう。青春期をあとにするユスフは先行きの知れない未来に対する不安のなか、大人への一歩を踏み出すことができるのだろうか――。

蛇や巨大ナマズなどの生き物たちがショッキングに登場する本作は、ユスフ三部作の中でも一際インパクトを放つ。だが、それらは魔法や精霊のような生易しいものではなく、突如としてユスフに突き付けられた「現実」そのものに他ならない。詩を書き、大人へと成長しようとする一方、母の恋や友人の厳しい現状を目の当たりにするユスフの葛藤や絶望が鮮やかに描かれる。現代トルコを生きる若者たちの生活を垣間見ることができるのも面白い。


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蜂蜜

picさよならは、心の奥にしまい込んだ
いつか蜂蜜が甘く香るその日まで――
「ユスフ三部作」、最新作にして集大成となる完結編

6歳のユスフは、手つかずの森林に囲まれた山岳で両親と共に暮らしている。ユスフにとって、森は神秘に満ちたおとぎの国で、養蜂家の父と森で過ごす時間が大好きだった。ある朝ユスフは夢を見る。父に「夢を人に聞かれてはいけない」と教えられたユスフは、こっそりと父にだけ夢をささやき、この夢は二人の間で永遠の秘密となった。

そんなある日、森の蜂たちが忽然と姿を消す。父は蜂を探しに森深くに入っていく。そしてその日を境に、ユスフの口からは言葉が失われてしまう。数日経っても父は帰ってこない。幼いユスフに心配をかけまいと毅然と振る舞っていた母も、日を追うごとに悲しみに暮れていく。そんな母をユスフは大嫌いだったミルクを飲んで励まそうとする。そしてついにユスフは、一人幻想的な森の奥へ入っていくのだった――。

ベルリン国際映画祭金熊賞に輝いた、映画芸術の最高峰
全世界を魅了した、切なく香り高い一編の物語

pic記念すべき第60回ベルリン国際映画祭において、ロマン・ポランスキー監督『ゴーストライター』や若松孝二監督『キャタピラー』など、並みいる競合を退け見事最高賞の金熊賞を獲得した作品、それが『蜂蜜』である。時間の概念を超えた神秘的な森の色気漂う映像に、“世界で最も美しい”とも称された本作。監督は、デビューからわずか5作品で異例とも言える計40以上もの賞を受賞した、現代トルコ映画界を代表するセミフ・カプランオール。

幻想的な森を舞台に、主人公ユスフの成長を通して父、母との絆、そして人の心の機微を情感豊かに描いた本作は、どのシーンを切り取っても名作童話の断片になりうる、夢を見ているような絵画的美しさに満ちている。最愛の父を待ち続け、心に寂しさを抱きつつも、残された母を守ろうとするユスフの健気でひたむきな姿に、誰もが胸を締め付けられるだろう。

第一部『卵』、第二部『ミルク』と同様、叙情的とも言える圧倒的な自然描写と、音楽を一切使用せず自然の音のみで撮影された『蜂蜜』は、森という非日常の場所で、魂の根源を映しだし、私たちをユスフの真実にたどり着かせてくれる。



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