桜の季節です。
満開の桜を観ると、私はなぜか悲しみに近いような気持ちになります。
力強さと儚さが混在する、どこか危うさを持った美しさ。
一年のうちたった一瞬しか花を咲かすことのない桜の木は、
どこか、人の"出会いと別れ"、そして"生と死"
のようなものを思い起こさせるからかもしれません。
さて、桃色の花びらが舞うこの時期にお届けするのは、
ともに「喪失」を題材にしながらも、優しさに満ちた二本立て。
人生の局面で、誰もが避けて通れない、愛する者との永遠の別離。
それは、必ずしもドラマチックなことではありません。
時として静かに、音も無くやってきて、奪ってゆくもの。
残るのは、ただただ、深い悲しみやどうしようもない怒りばかりです。
けれど、永久に続くように思われる絶望にも、いつしか光が差す時が来る。
『永遠の僕たち』の死に囚われた孤独な少年は、余命三カ月の少女と出会い、
彼女と過ごす日々の中で生の輝きを見つけ出し、
『ラビット・ホール』の息子を自動車事故で失った母親は、
その車を運転していた少年と再会したことで、意外にも心が軽くなっていきます。
そう、人はひとりで生きられない弱い生き物だけれど、
暗闇から立ち上がる再生力は、自分が思っているよりずっと備わっている。
恋に落ちたり、子供を授かる喜びの瞬間と同じように、
別れの時も必ずやってくるもの。
誰かを失うことへの準備、そして失った後の心の整理。
春の柔らかい日差しのような、温かなぬくもりで、
映画は私たちにそっと、“受け入れる方法”を教えてくれるでしょう。
桜の花が散ってしまったあとには、新緑の木々が彩ります。
限りあるものは美しく儚いけれど、そこから次の一歩を踏み出せば、
また違う輝きが待っているかもしれません。
ラビット・ホール
RABBIT HOLE
(2010年 アメリカ 92分 ビスタ/SRD)
2012年4月14日から4月20日まで上映
■監督 ジョン・キャメロン・ミッチェル
■原作戯曲・脚本 デヴィッド・リンゼイ=アベアー
■撮影 フランク・G・デマルコ
■音楽 アントン・サンコー
■出演 ニコール・キッドマン/アーロン・エッカート/ダイアン・ウィースト/サンドラ・オー/タミー・ブランチャード/マイルズ・テラー
■2011年アカデミー賞主演女優賞ノミネート/2011年ゴールデン・グローブ賞主演女優賞ノミネート/ほか多数ノミネート
ニューヨーク郊外の閑静な住宅街に暮らすベッカとハウイー夫妻の日常は、すべてが満たされているように思えた。それが一変したのは8カ月前のこと。最愛の息子ダニーを交通事故で失ったのだ。それ以来、夫婦は埋めようのない欠落感を抱えることになる。ベッカはダニーの面影から逃げ、ハウイーはダニーとの想い出に浸る。同じ痛みを共有しながらも、夫婦の関係は少しずつほころび始めていた。
そんなある日、ベッカはダニーの命を奪った車を運転していた少年・ジェイソンと遭遇する。ベッカには彼を責めるつもりはなかった。あの日のことをずっと気にかけていたというジェイソンの謝罪を受け入れるベッカ。ぎこちなく対面したふたりは奇妙な安らぎを感じ、これをきっかけに公園のベンチに腰掛けておしゃべりするのが日課となった。一方でハウイーは、妻とは別の女性に癒しを求めるようになるのだった…。
名実ともにハリウッドを代表するニコール・キッドマンが、初めて製作と主演の大役に挑んだ本作。トニー&ピュリツァー両賞に輝くデヴィッド・リンゼイ=アベアーの同名戯曲に感銘を受けたニコールは、自ら映画化に向けて動き出し、念願の企画を実現。ごく普通の女性の複雑にして起伏に富んだ感情を繊細に表現し、アカデミー&ゴールデン・グローブ賞主演女優賞にノミネートされた。監督は『ヘドウィグ&アングリーインチ』の個性派監督ジョン・キャメロン・ミッチェル。成熟の域に迫った演出力を披露し、新境地を開拓している。
絶望の中においても希望のありかを見出す、人間の再生力というテーマを真摯に探究したこの物語は、大きな悲しみもいつしか変わりゆくことを“ポケットの中の小石”に例える。愛する者を亡くした悲しみは消えない。それでも、その悲しみを抱きながら歩み出すことはできる。都合のいい奇跡が舞い降りるかのようなハッピーエンドではなく、観る者にそっと寄り添うラストシーンは、私たちの心に愛おしい温もりを残してくれるだろう。
永遠の僕たち
RESTLESS
(2011年 アメリカ 90分 ビスタ/SRD)
2012年4月14日から4月20日まで上映
■監督・製作 ガス・ヴァン・サント
■製作 ブライアン・グレイザー/ロン・ハワード/ブライス・ダラス・ハワード
■脚本 ジェイソン・リュウ
■撮影 ハリス・サヴィデス
■音楽 ダニー・エルフマン
■出演 ヘンリー・ホッパー/ミア・ワシコウスカ/加瀬亮/シュイラー・フィスク/ジェーン・アダムス/ルシア・ストラス/チン・ハン
■第64回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門セレクション・オープニング上映作品
交通事故で両親を失い、臨死体験をした少年・イーノック。話し相手は、彼だけに見える、第二次大戦で戦死した特攻隊員の幽霊・ヒロシだけだった。見知らぬ人の葬式に、まるで遺族のようなふりをしてのぞき歩くのが趣味のイーノックは、ある日、いつものように出かけた他人の葬式でアナベルという少女に出会う。明るくて、自然をこよなく愛する魅力的なアナベルに少しずつ心を開くイーノック。しかし彼女は、実はがんに侵され、余命3カ月と宣告されていた。
「3ヶ月あればヒロシと僕で何でもできるさ。」ヒロシが見守る中、イーノックとアナベルは仮装パーティーやフェンシングなどいろいろなことを楽しむのだった。秋から冬へと向かう鮮やかな街の景色がふたりをやさしく包み込み、毎日が輝き始める。生きるとは、愛するとは、いったいどういうことなんだろう? 生と死の狭間で、彼らは穏やかで静かな時間を過ごす。残されたわずかな、でも“永遠”の時間――。
『エレファント』でカンヌ映画祭パルムドールを獲得したガス・ヴァン・サント監督が、ふたたびティーンを主人公に傑作を作り上げた。ホームタウンであるポートランドを舞台に、何かを失うことで成長する彼らの青春劇を、かつてない温かなまなざしで描いたこの物語は、カンヌ映画祭「ある視点」部門でオープニング上映され、観客から歓喜と賞賛をもって迎えられた。
主人公のイーノックに抜擢されたのは、2010年急逝したデニス・ホッパーの愛息子、ヘンリー・ホッパー。相手役のアナベルには『アリス・イン・ワンダーランド』のミア・ワシコウスカ。ふたりの瑞々しい演技がスクリーンにこれ以上ない輝きを与えている。そしてイーノック唯一の友人の幽霊・ヒロシを、『硫黄島からの手紙』以来5年ぶりとなるハリウッド作品出演をはたした加瀬亮が感受性豊かに演じた。