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<未来>や<希望>など、言葉で言うのは簡単だと思うかもしれない。
けれど、今週の上映作品を観てほしい。
安易な言葉が安売りのように世の中にあふれるなかで、
ここには、苦しみと真っ向から対峙したからこそ生まれる本物の光がある。
この世界にはびこる暴力や憎しみ、
そしてそれとどう向き合っていくべきかという問題に、目を背けることなく正面から挑んだ二本。
お届けするのは、ジュリアン・シュナーベル監督『ミラル』と、
スサンネ・ビア監督『未来を生きる君たちへ』。

イスラエル建国前夜の1948年から物語が始まる『ミラル』
イスラエルとパレスチナ、簡単には語ることのできない複雑に絡み合った関係が、
この地で強く生きようとするパレスチナ人女性たちの運命を翻弄する。
平和を願い、孤児院を創設するヒンドゥという女性が紡ぎ出した物語は、
やがてその孤児院に連れてこられる少女ミラルへと繋がってゆく。
しかし成長したミラルは、イスラエル軍の無情な行為を目の当たりにし、
ヒンドゥの思いとは裏腹に、徐々にイスラエルへの憎しみが増していくのだった。

「殴られた。だから殴ったんだ。」
『未来を生きる君たちへ』の少年クリスチャンは言う。
母を病気で失い、忙しい父とは交流を持てず、一人残された家で生まれた寂しさは、
いつからか行き場のない歪んだ怒りに変わってしまった。
やがてクリスチャンの怒りは“仕返し”という暴力になり、
転校先で出会ういじめられっ子エリアスを巻き込んでいく。
医師であるエリアスの父アントンはそんなふたりを間違いだと諭すが、
アントン自身、赴任先、アフリカの難民キャンプで起こる残酷な暴力に、苦悩していた。

テレビから毎日のように流れてくる、内戦、紛争、暴動、テロ、殺人事件のニュース。
気が付けば人間の歴史は、憎しみあうことばかりが幾度となく繰り返されてきた。
誰も幸せになれないとわかっているのに、なぜ暴力はいつまでもこの世界から無くならないのだろう。

もしも自分の大切なものを奪われ、傷つけられた時、
自分の目の前で不条理な暴力が振る舞われた時、
“仕返ししてやりたい”と思うのは当たり前だ。
しかし暴力に本当の意味で勝つ方法は決して暴力ではない。
受け入れること、耐えること、信じること、そして赦すこと。
それこそが、ヒンドゥがミラルに、アントンが子供たちに、
そして映画が私たちに伝えたいことである。
反戦や非暴力を声高に叫ぶのではなく、手持ちカメラを持ち、
<復讐>と<赦し>の間で揺れ動く人間の葛藤をありありと描き出すことで、
この二作品は静かに、しかし力強く私たちの胸を打つ。

半年程前の5月、ウサマ・ビン・ラディンが米軍によって殺害された。
そして先日、日本ではオウム真理教事件の裁判が全て終わったという。
憎しみの連鎖は果たしてこれで“終わった”と言えるのだろうか。
安堵と共に生まれるこの違和感はいったいなんだろう。

『未来を生きる君たちへ』の原題は<HAEVNEN>、
デンマーク語でずばり<復讐>という意味。
私は正直、邦題のほうが好きだ。
映画の最初と最後に映される、アフリカの子供たちが見せる無邪気な笑顔こそ、
私たちが見つけるべき<赦し>の先にある光であり、
<未来>に託さなければいけない<希望>だと思うから。

(パズー)

ミラル
MIRAL
(2010年 フランス/イスラエル/イタリア/インド 112分 PG12 シネスコ/SRD) 2011年12月24日から12月30日まで上映 ■監督 ジュリアン・シュナーベル
■製作総指揮 ジョン・キリク
■原作・脚本 ルーラ・ジブリール
■撮影 エリック・ゴーティエ
■音楽 グリズリー・ベア

■出演 フリーダ・ピント/ヒアム・アッバス/アレクサンダー・シディグ/オマー・メトワリー/ヤスミン・アル・マスリー/ルバ・ブラル/ウィレム・デフォー/ヴァネッサ・レッドグレーヴ

未来へ受け継ぐもの――それは希望
親から子へ、教師から生徒へ、
平和を望むすべての人々に向けた真実のメッセージ

pic1948年、イスラエル建国宣言の1ヶ月前のエルサレム。その路上にはユダヤ民兵組織によって親を殺された孤児たち55人の痛ましい姿があった。のちにそうした孤児たちのために生涯をささげることになるヒンドゥ・ホセイニは、自身の資産をつぎ込み、やがて3000人を越える孤児たちのホームとなるダール・エッティフル(子供の家)という学校を創設する。

学校には幼い時からヒンドゥの与える愛と教育を受け、未知数の可能性を秘めた少女ミラルがいた。やがて美しくも芯の強い17歳に成長したミラルは、子供たちに勉強を教えるため訪れた難民キャンプで、イスラエル軍に家屋が破壊される衝撃的な光景を目の当たりにする。さらに若き活動家ハーニが掲げる理想に共感した彼女は、急速に政治への関心を強め、周りの反対も聞かず政治組織に出入りするようになるのだった…。

紛争の地で生まれた感動的な実話に基づく、
ジュリアン・シュナーベル監督の新たな挑戦!

pic「“ミラル”は道端に咲く赤い花。きっと誰もが目にしている」というテロップで幕を開けるこの映画は、1973年・イスラエル生まれのルーラ・ジブリールによる自伝的実話「ミラル」に基づく映画化。無限の可能性を秘めたひとりの少女が、過酷な現実に翻弄されながらも逞しく生き抜き、ついには輝かしい未来へと羽ばたいていく姿を映し出す。

あくまで“人間”に焦点を絞って紛争の歴史とその真実に迫ろうとした本作は、『潜水服は蝶の夢を見る』『夜になる前に』『バスキア』のジュリアン・シュナーベル監督の類い希なヴィジュアル感覚が、強いメッセージとともに遺憾なく発揮されている。また、『スラムドッグ・ミリオネア』のフリーダ・ピントが、激動の運命をたどる少女ミラルの成長を力強い生命力をもって体現した。

21世紀の今も、まだパレスチナにおける和平は実現していないが、作り手たちの自由と希望の切なる祈りがこもったラスト・シーンは観る者の心を揺さぶってやまない。


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未来を生きる君たちへ
HAEVNEN
(2010年 デンマーク/スウェーデン 118分 PG12 シネスコ/SRD) 2011年12月24日から12月30日まで上映 ■監督・原案 スサンネ・ビア
■脚本・原案 アナス・トーマス・イェンセン
■撮影 モーテン・ソーボー
■プロデューサー シセ・グラム・ヨルゲンセン

■出演 ミカエル・パーシュブラント/トリーネ・ディアホルム/ウルリッヒ・トムセン/ヴィリアム・ユンク・ニールセン/マークス・リーゴード

■アカデミー賞最優秀外国語映画賞受賞/ゴールデン・グローブ賞最優秀外国語映画賞受賞/デンマーク・アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞・その他6部門ノミネート ほか多数

デンマークとアフリカ、子どもと大人。
全く異なる二つの世界に根を張る暴力――。
憎しみを超えたその先へ
私たちは歩みだすことができるだろうか?

デンマークに家を持つ医師のアントンは、アフリカの地に赴任し、キャンプに避難している人々の治療を行っている。様々な患者の中には、妊婦の腹を切り裂く悪党・ビッグマンの犠牲者もいた。母と弟と暮らしているエリアスは、毎日学校で執拗なイジメにあっていた。父であるアントンが大好きなエリアスはその帰国を喜ぶが、両親は別居中である。

ある日、クリスチャンがエリアスのクラスpicに転校してくる。エリアスへのいじめの巻き添えをくらったクリスチャンは、翌日いじめっ子に仕返しをした。やられたらやり返さなきゃだめだというクリスチャンに、エリアスは急速に距離を縮めていく。一方、アフリカのキャンプでは脚に怪我を負ったビッグマンがやって来る。アントンは周囲に反対されながらもビッグマンの治療を行うのだが…。

あふれる緊張感、圧倒的なカタルシス。
アカデミー賞最優秀外国語映画賞に輝いた、
スサンネ・ビア監督の最高傑作

picデンマーク出身のスサンネ・ビアは今、世界が最も注目する監督の一人だ。『しあわせな孤独』『ある愛の風景』、アカデミー賞に初ノミネートされた『アフター・ウェディング』など、国内での成功はもとより、国際的にも高い評価を受けてきた。そして本作『未来を生きる君たちへ』では、本年度のアカデミー賞とゴールデン・グローブ賞の最優秀外国語映画賞をW受賞するという快挙を成し遂げ、ますます世の耳目を集めている。

本作は全く異なる二つの世界を舞台に、二つの物語を同時に語る。そこには、何ら変わりのない人間の本質が映し出されている。ビア監督は登場人物が直面するパーソナルな問題とを浮き彫りにし、それぞれが赦しと復讐、善と悪、生と死、愛と憎しみ、これら境界のギリギリの線上で揺れ動く様を圧倒的な緊張感を以て描き切った。「復讐」を原題に持つこのドラマに透いて見えた負の連鎖が、鮮やかに赦しへと反転していく結末には深い感動が待っている。


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