今週ご紹介する『エリックを探して』と『ソウル・キッチン』は、激しくツイていない苦難の日々を送る主人公、エリックとジノスの、リアルでビターな人生奪還コメディ。
自分でまいた種だったり、否応なく巻き込まれてしまったり、泣きっ面に蜂のごとく災難に見舞われる彼らの表情は、梅雨空のようにどんよりとして、まるっきり冴えない。そんな彼らがついに立ち上がったのは、皮肉にも人生最大のピンチに襲われた時だった。
本当は、気づいていなかったわけじゃない。自分には守りたいものがあった。取り戻したいものがあった。失ってしまった誇りと尊厳、そして、本当に欲しかった人生があったということに。
雨が止んでやっと、夏がきていたことを思い出すように、気持ちが、視界が晴れていく。今まで溜め込んできた負のパワーを爆発させるように、つまづきながらもただひたすら爆走する。ハチャメチャな様は滑稽だが、それが最高にカッコイイのは、自分の人生に真っ直ぐだから…?
スターになるわけじゃない、金持ちになるわけでもない。平凡な2人だけど、だからこそ分かち合える、私たちに似た姿がそこにある。来る日も来る日も働きづめで汗くさい、疲労は隠せない、恋愛や、友人や、家族や、家賃や税金や借金や、失敗や苦悩、大小様々なトラブル、理不尽なこと、全部ぜんぶ抱えている、そしてなかなか手放せない!そんな私たちと同じ、決して甘くない大人の人生で花開いた、2つの小さな、しかし壮大なサクセス・ストーリー。物語の終わりに彼らが見せる表情 ―― 夫であり、父であり、一人の男である ―― その凛々しさに、ぐっとくる。 (デザイン・文 ザジ)
ソウル・キッチン
SOUL KITCHEN
(2009年 ドイツ/フランス/イタリア 99分 ビスタ/SRD)
2011年7月2日から7月8日まで上映
■監督・製作・脚本 ファティ・アキン
■脚本 アダム・ボウスドウコス
■撮影 ライナー・クラウスマン
■音楽スーパーバイザー クラウス・メック
■出演 アダム・ボウスドウコス/モーリッツ・ブライプトロイ/ビロル・ユーネル/ウド・キア/アンナ・ベデルケ/フェリーネ・ロッガン
■ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞
ハンブルクでレストラン“ソウル・キッチン”を経営するジノス。恋人のナディーンが夢を追って上海に行ってしまったり、税務署からしこたま滞納していた税金の支払いを迫られたり…と、このところ上手くいかないことばかり。 ところが、ジノスが頑固者の天才シェフを新しく雇うと、彼が作る料理が評判を呼んで、店は連日大盛況!ジノスの兄イリアスも店を手伝い始め、すべては上手く回り始めた、ハズだった。 しかし、ソウル・キッチンの土地を狙う不動産が現れ、ギャンブル好きのイリアスのせいもあり、店は乗っ取りの危機に陥る…。この店はオレたちの心(ソウル)。なくすわけにはいかない!
『愛より強く』でベルリン国際映画祭グランプリ、『そして、私たちは愛に帰る』でカンヌ国際映画祭脚本賞、そして本作で2009年ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞・ヤングシネマ賞をW受賞し、世界三大映画祭を36歳にして制覇した監督ファティ・アキン。映画祭の審査委員長を務めていたアン・リーは「とても素晴らしいこの映画に嫉妬せずにはいられない!」と最大の賛辞を送った。
本作はこれまでファティ・アキンが描き続けてきた自身のルーツであるトルコやドイツ在住の移民について前面では触れていない。しかし、主人公ジノスはギリシャ系であったり、トルコ系やアラブ系のキャラクターが登場するなど、ヨーロッパ中に多民族が共存していることを『ソウル・キッチン』では提示している。その象徴であるレストラン…ごちゃ混ぜな音楽が響き、自分にとってのソウルフードを味わう人々が集う店 “ソウル・キッチン”の存続とは、彼らの心の拠り所の存続なのだ。
エリックを探して
LOOKING FOR ERIC
(2009年 イギリス/フランス/イタリア/ベルギー/スペイン 117分 ビスタ/SRD)
2011年7月2日から7月8日まで上映
■監督 ケン・ローチ
■製作総指揮・原案 エリック・カントナ
■脚本 ポール・ラヴァーティ
■撮影 バリー・アクロイド
■音楽 ジョージ・フェントン
■出演 スティーヴ・エヴェッツ/エリック・カントナ/ステファニー・ビショップ/ジェラルド・カーンズ/ジョン・ヘンショウ
■カンヌ国際映画祭パルム・ドール ノミネート
マンチェスターの郵便配達員エリック・ビショップは、このところ元気がない。30年も前に別れた最初の妻リリーとの再会を前に、気が重くなっているのだ。エリックは今もなおリリーへの愛を胸に抱いているが。今さら合わせる顔がない。さらに、2度目の妻が置いていった連れ子の少年2人は手が焼けるばかり。
元気のないエリックを心配した郵便局の仲間たちは、なんとか元気づけようと話しかけるがあまり効果はない。その夜、自室でエリックは憧れのサッカー選手、エリック・カントナのポスターに向かって話しかける。「欠点だらけの天才。欠点だらけの郵便配達員。あんたも自己啓発を?誰に愛された?心配してくれる人は?俺の憂鬱の理由がわかるか?一生後悔するような失敗をしたことは?」…そのとき、背後から「君はどうだ?」と声がした。振り向くと、暗がりに立っているのは、なんと、カントナ本人だった!!
アイルランド独立戦争を題材にした『麦の穂をゆらす風』でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した、英国が誇る名匠、ケン・ローチ監督。大のサッカー好きとしても有名なこの名匠に、自ら映画の企画を持ち込んだのが、サッカー界のスーパースター、エリック・カントナ。90年代前半、マンチェスター・ユナイテッドの復活に大貢献し、今なお絶大な人気を誇るカントナは、本作で製作も兼ね、なんと本人の役で出演!主人公であるもう一人のエリックを導く師として絶妙のタイミングで随所に登場、名演を見せる。彼の励ましを得て、主人公エリックは人生最大の失敗を挽回すべく奮闘、愛を取り戻していく。随所に挿入されたカリスマ:“キング”エリックのスーパーゴール映像に胸を熱くしながら、物語はクライマックスを迎える!