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”勝つ人”じゃなく”負けない人”

「尊敬する人は勝つ人じゃなく負けない人だ。今年最高の1本!」
映画ライターの町山智浩さんは、『レスラー』にこう賛辞を贈っています。

今回特集する”闘う男”たち。
『3時10分、決断のとき』の”ダン”。『レスラー』の”ランディ”。
両者とも貧困にあえぎ、過去に傷めた体は不自由を背負っています。
そんな彼らの他者との戦いを通して見えてくるのは、実は自分自身と闘っている姿です。

彼らの心に秘めた”プライド”。自己愛とプライドが混在されている今、
プライドなんてない方が生き易いのは確かです。だけどダンやランディにとっては、
貧しさ以上に”プライド”こそ彼らの死活問題であることが、切実に伝わってきます。

『レスラー』は、プロレスラーの映画です。”相手の技を受ける”という前提がないと、
プロレスは成立しません。まず他者が必要であり、相手に対する信頼と謙譲の心がないと、
プロレスはできないのです。

今回上映する両作ともライバルが登場します。
でも不思議なことに、戦いを通して見えてくるのは友情の念です。
彼らにとって大切なのは己の誇りを貫くこと。その美学で彼らは通じ合っています。

プロレスは”結果”より”過程”を重要視します。
およそ実戦には向かない過剰な肉体と技。実はそこに勝敗だけの価値ではなく、
個性や生き様こそプロレスには価値がある、と刻印されているように思います。

今回上映するのはプロレスのように、ダンやランディの生き様を見つめる映画です。
悩み、闘い、涙する、彼らの人間性そのものに触れる。
その決して”負けない”生き方。今の時代を生きる人たちに必要なものを、
彼らが強く投げかけてくれているように思います。

3時10分、決断のとき
3:10 TO YUMA
(2007年 アメリカ 122分 シネスコ/SRD)

2009年11月14日から11月20日まで上映 ■監督 ジェームズ・マンゴールド
■脚本 ハルステッド・ウェルズ/マイケル・ブラント/デレク・ハース
■原作 エルモア・レナード

■出演 ラッセル・クロウ/クリスチャン・ベイル/ピーター・フォンダ/グレッチェン・モル/ベン・フォスター/ダラス・ロバーツ/アラン・テュディック/ヴィネッサ・ショウ/ローガン・ラーマン/ケヴィン・デュランド/ルース・レインズ/ベンジャミン・ペトレイ

■オフィシャルサイト http://www.bowjapan.com/feg/weekend/

世界を魅了する演技派スターが激突!
映画ファンが日本公開を待ち望んだ、
傑作西部劇ドラマのリメイク!!

犯罪小説の人気作家エルモア・レナードの短編小説を映画化した、異色西部劇の傑作『決断の3時10分』(57)。人々の指針が無くなった現代社会にまたリメイクされ、男たちに”本当の生き方”を問いかける。それが『3時10分、決断のとき』。

pic生活苦によって家族と絆が冷めようとしている小さな牧場主ダン・エヴァンス(クリスチャン・ベイル)が、逮捕された強盗団のボス、ベン・ウェイド(ラッセル・クロウ)を、刑務所のあるユマ行き3時10分の列車に乗せる護送の仕事を200ドルの報酬で引き受ける。

目的地に向かう先々で数々の危険に遭っていくうちに、2人の男の間には相通じあう何かが生まれていく。だが、強盗団の手下たちがボスを奪還するために、目的地に着いた彼らを取り囲む。列車に乗せることをあきらめるか、それとも命をかけて目的を達成するか。ダンはこの仕事を受けた本当の理由をウェイドに語り始めた。それは男の誇りと生き方を賭けた大きな決断だった…。

彼はなぜ危険な仕事を引き受けたのか?
心に秘めた生き様に、
男は静かに命を賭ける。

picジェームズ・マンゴールド監督は17歳の時、『決断の3時10分』を見て驚いたという。1950年代に流行した西部劇は勧善懲悪が主流であった。しかしその映画にはまず”家族”があり、彼らが成長するために、道徳、勇気、名誉といったことが定義されていた。

登場する二人の男、ダンとウェイドの人物造形は深く、ただの善と悪ではない。相反する人物が実は非常に似通っている、という人間の捉え方も鋭い。マンゴールド監督はこの西部劇の向こうにある、確かな人間の描かれ方に惹かれたのだと思う。

西部劇という荒野が描かれていながら、密室劇のような空間。それは二人の男の醸し出す緊張感がもたらしている。いつ暴発するか分からない二人の関係。アクションという見せ場があり、それと拮抗する精神性もしっかりと存在する。

pic自らの手で荒野を開拓し、そこに根を張って生きるのが、西部の男たちの生き方。そこでは自分自身を徹底的に掘り下げて、自分にとって大切なものについて考える必要に迫られる。まさに自分との闘い。

先行きが全く見えない現在。私たちが立たされているのも、まさに”荒野”と呼ぶにふさわしいもの。時代は変われども、人間の本質は変わらない。”命を懸けても貫かなければならないものがある”その男くさい宣言に、素直に胸が熱くなった。


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レスラー
THE WRESTLER
(2008年 アメリカ 109分 シネスコ/SRD) R-15

2009年11月14日から11月20日まで上映 ■監督 ダーレン・アロノフスキー
■脚本 ロバート・シーゲル

■出演 ミッキー・ローク/マリサ・トメイ/エヴァン・レイチェル・ウッド/マーク・マーゴリス/トッド・バリー/ワス・スティーヴンス/ジェダ・フリードランダー/アーネスト・ミラー/ディラン・サマーズ

■2008年ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞受賞/2008年アカデミー賞主演男優賞(ミッキー・ローク)・助演女優賞(マリサ・トメイ)ノミネート/2008年ゴールデン・グローブ賞 主演男優賞・主題歌賞受賞、助演女優賞ノミネート/インディペンデント・スピリット賞 作品賞、主演男優賞、撮影賞受賞ほか多数受賞

■オフィシャルサイト http://www.wrestler.jp/

壮絶な演技で復活!ミッキー・ローク
×鬼才アロノフスキー監督(『π(パイ)』)
+実力派女優陣!

80年代半ばに”世界一セクシーな俳優”と言われていた、ミッキー・ローク。そんな彼も90年代には、キャリアの低迷、プロボクサーへの転向(顔の負傷と整形)、家庭内暴力事件による逮捕で、スターの座を追われた…。そして今年、彼は『レスラー』で奇跡の復活を果たすことになる。

pic金・家族・名声、全てを失った元人気プロレスラーのランディ(ミッキー・ローク)。今やトレーラーハウスで1人生活をする彼にとっては、プロレスの仲間だけがファミリーと呼べる存在であり、リングの上だけがホームと呼べる場所。

しかし、そんな彼も肉体の衰えには勝てず、引退を余儀なくされる時がやってくる。新しい仕事に就き、疎遠にしていた娘との絆を修復し、恋人を見つけ人生の再出発をはかろうとするランディだが、まもなく彼は気付く。自分が、リングの外では生きられない人間であることに―─。

終始、ランディーの背中を追いかけ、小刻みに震える画面。手持ちカメラによる撮影のためと思われるが、まるでランディのドキュメンタリーを見ているようだ。

手首に巻いたテーピングにカミソリのカケラを忍ばせる、ランディ。自らの額を流血させ、観客を興奮させるため。プロレスを裏側から見せる具体的な描写。彼が購入するステロイド剤や痛み止め薬も生々しく、暴露されるその一つ一つが興味深い。映画の命は細部にこそ宿っていると思う。そこからランディーを取り巻く環境がリアルに見えてくる。

「ミッキー・ローク主演でレスラーの映画を作る」と心に決めたダーレン・アロノフスキー監督。有名スターの起用を求めるスタジオと戦い、予算を大幅に削られてまでロークの主演を死守した。

picミッキー・ロークは、人生の栄光とどん底を知り尽くした男。今は心も体もぼろぼろ。心から湧き上がる、どうしてもそうせざるを得ない思いにとらわれる、人間のサガ。その報いとして”孤独”を背負う姿。それが彼にとってのリアルであるから、単なる役を越えた本者のランディ=ザ・ラムになることができたのだろう。

他者との戦いがいつの間にか、自らとの闘いに集約されていく。そこにあるのはランディがひたすら自問自答し続ける姿だ。”飛ぶか、飛ばないか”その答えを出す勇気を、この映画は与えてくれる。

(mako)


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