今週上映する『陽炎座』と『ツィゴイネルワイゼン』は、
鈴木清順監督の大正浪漫三部作の2作品である。
両作とも、製作には映画界の異端児・荒戸源次郎、
脚本には映画界の影の立役者・田中陽造を迎え、
その時代を代表するキャストで作られた。
陽炎座
(1981年 日本 139分 スタンダード・MONO)
2009年1月24日から1月30日まで上映
■監督 鈴木清順
■脚本 田中陽造
■原作 泉鏡花
『陽炎座』
■出演 松田優作/大楠道代/中村嘉葎雄/楠田枝里子/原田芳雄/加賀まりこ/大友柳太朗
■日本アカデミー賞最優秀助演男優賞(中村嘉葎雄)、優秀脚本賞、優秀撮影賞、優秀照明賞受賞
大正末年の1926年。劇作家・松崎(松田優作)は落した付け文が縁で品子(大楠道代)という美しい女に会う。三度目に会い、松崎は品子と一夜をともにしたが、その部屋はパトロンの玉脇の邸宅の一室とそっくり同じであった。そんな折、松崎の前にもう一人の美女イネ(楠田枝里子)が現れ「玉脇の家内です」と名乗るが、イネは重い病で松崎が出会う直前に息を引き取っていた。
品子からの手紙に誘い出された松崎だが、汽車には玉脇も乗っており、亭主持ちの女と若い愛人の心中を見に行くと言う。金沢でめぐりあえた品子は、松崎に手紙を出した覚えはないという。「あれは夢の中で書いたもので、おイネさんが手紙にしたのです」
『陽炎座』で特筆すべきは、劇作家松崎春狐を演じる松田優作の存在だろう。華々しい色彩そして幽玄を体現する清順美学と、松田優作という孤高の男の美学。彼は清順世界に降り立ち、饒舌止まらない。そしてその魅惑の低音ボイスに呼応する、美しい女たち。
落とした文が縁で出会った男と女。そしてまた一人、男を誘惑する金色の丸髷に青い目の女。 その三角関係は恋の糸の中で、絡みもつれ合う。ほおずきで交わされる女の魂。その美しさに息をのむ。「恨むも惚れるも同じことですよ、女にとっては」
仕掛けられた心中という罠の中、次第にあの世なのかこの世なのか分からなくなってくる。そして絢爛たる金沢の街が地獄絵図に変わる。生と死の境界、映画にしか表現できない魔の世界。そんな世界が早稲田松竹で味わえるのです!
ツィゴイネルワイゼン
(1980年 日本 144分 スタンダード・MONO)
2009年1月24日から1月30日まで上映
■監督 鈴木清順
■脚本 田中陽造
■原作 内田百閨@『サラサーテの盤』ほか
■出演 原田芳雄/大谷直子/藤田敏八/大楠道代/真喜志きさ子/麿赤兒/樹木希林
■日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀助演女優賞(大楠道代)、最優秀美術賞/ブルーリボン賞最優秀監督賞、特別賞(『ツィゴイネルワイゼン』の映画製作・上映活動)/ベルリン映画祭審査員特別賞(銀熊賞)/キネマ旬報1980年代ベスト・テン第1位
士官学校教授の青地(藤田敏八)は破天荒な友人・中砂(原田芳雄)に翻弄され、いつしか現実と幻の中に惑い、青地の妻・周子(大楠道代)が周子が中砂に誘惑されほだされているという懸念に取り憑かれる。そんな矢先、中砂は「とりかえっこ」を提案する。なにをとりかえるのか…。奇妙な物語のまにまにサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」の音色が物悲しく響く。
水蜜桃と女の頬。この二つが並び醸し出す、エロス。そして原田芳雄の 「腐りかけがいいのよ。なんでも腐ってゆく時が一番旨えのさ」という粋なセリフ。
鈴木清順の映画は大人の魅力に溢れている。大人じゃなければ分からない洒落、そして遊び。
この映画の中で、中砂は命を弄ぶかのように放浪し遊ぶ。そして私(藤田敏八)は危険を感じながらも、 中砂の危険な遊びに魅入られてしまう。
原田芳雄は「中砂」という呪われた人物を演じたことによって、以後十年間役者としての自分を見失ったと述懐する。知性漂う藤田敏八が、幻惑によって崩壊させられる青ざめた姿。この映画で描かれたのは現実を超えた何かだ。
「駄目だよ!」物語を断ち切るかのように、突然現れる謎の言葉。鈴木清順の魔力。それは映画という人知を超えた一つの世界。
『ツィゴイネルワイゼン』はDVDで観て満足できるものではない。映画館の闇の中で、その世界に浸らなければ感じることのできない魔物が潜んでいる。 肉鍋に大量のちぎりこんにゃく。そこにあなたは何を嗅ぎつけるのでしょうか?