カフカ 田舎医者 山村浩二傑作選
FRANZ KAFKA EIN LANDARZT
(2007年 日本 合計51分)
2008年6月28日から7月4日まで上映
■監督・脚本 山村浩二
■原作 フランツ・カフカ
■声の出演 茂山千作/茂山七五三/茂山茂/茂山逸平/茂山童司/金原ひとみ
ある雪深い真夜中の田舎町。田舎医者は困り果てていた。たった今、急病患者の知らせが入ったので、遠く離れたその場所へ、患者を診に行かなければならない。しかしこんな大雪の夜では誰も馬車を貸してくれない。
そんな時、見知らぬ馬子がどこからともなく現れる。立派な二頭の馬が繋がれた馬車を医者に差し出した馬子は、医者が嬉々として飛び乗ったとたん、医者の家に押しかけ、女中のローザを手篭めにしようとする。医者はローザを助けようとするが、馬車は瞬く間に走り出し、医者を病人の家に連れ去ってしまう。
田舎医者は陰気な家族に迎えられ、患者である少年を診てみたが、少年はいたって健康そうだ。きっと母親が与えたコーヒーの飲みすぎかなんかだろう。こんな茶番につきあっている場合ではない。私はローザを助けなければ。その時、少年が医者に囁いた。
「…僕を死なせて」
少年を包み込むベッドシーツをめくってみる。すると、少年の腰に、うじ虫の湧いた、肉色の薔薇の傷が咲いていた…。
ある田舎医者が見た悪夢か、幻か、現実と非現実の境目が曖昧になっていく一人の男の一夜は、夜が明けるきざしもなく、ただどうしようもなく暮れていく。
アニメーション映画「カフカ 田舎医者」は、3つの全く毛色の違う芸術が、見事なバランスを保って融合した映画だ。まず、映画の原作者であるフランツ・カフカは、映画、文学、美術、音楽にいたるまで、世界中の芸術家に影響を与えた20世紀を代表する歴史的な小説家である。カフカが描いた小説の世界は、カフカ自身の精神が常にそうでであったように、登場人物は孤独と不安に苛まれ、次々と起こる不条理な現実に飲みこまれていく。
鬱々としたキャラクター達の声を体現するのは、人間国宝でもある茂山千作をはじめとする、”お豆腐狂言”の茂山一家。室町時代から脈々と受け継がれてきた狂言独特の、さざなみのように揺れる声の旋律が、日本人のDNAをざわざわと波立たせる。その声色に弾かれるように、伸びて縮んでたわむ絵の描線。少人数でこなす、手描きのアニメーションからにじむ、肉筆の線の生々しさ。1919年に描かれたカフカの物語が、山村浩二のつくりだす輪郭と、狂言という日本の伝統芸能の音を得て、誰も見たことの無い摩訶不思議な世界になる。
今回は『カフカ 田舎医者』に併せ、「山村浩二傑作選」と題し、アニメーション作家・山村浩二の代表作を一挙上映。2002年度アケデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされ、一躍山村浩二の名を世界に知らしめた『頭山』。そして、毎晩愛するタコの足を食べてしまう鰐の切なくほろ苦いお話『年をとった鰐』。校長先生の奮闘がやさしいタッチで描かれる『校長先生とクジラ』。つぎつぎ変わるメタモルフォーゼの面白さは、まさにアニメーションの醍醐味。『子供の形而上学』。細かな手作業が織り成す山村浩二のユニークで奥深い視点とともに、幅の広さが伺える貴重な作品たち。正直申しますと、通常料金でお見せするのが悔しいくらいの豪華ラインアップです。
ペルセポリス
PERSEPOLIS
(2007年 フランス 95分)
2008年6月28日から7月4日まで上映
■監督・脚本 マルジャン・サトラピ/ヴァンサン・パロノー
■原作 マルジャン・サトラピ 『ペルセポリス』(バジリコ刊)
■声の出演 キアラ・マストロヤンニ/カトリーヌ・ドヌーヴ/ダニエル・ダリュー/サイモン・アブカリアン/ガブリエル・ロペス
■2007年カンヌ国際映画祭審査員賞受賞・パルムドルノミネートほか
そして併映作品は、カンヌ映画祭でアニメーションとしては三十余年ぶりに審査員賞を受賞した『ペルセポリス』。さて、ここで唐突ですが質問です。あなたにとって、”イラン人”てどんなイメージですか?イスラム原理主義やテロリスト、いつ終るかわからない戦渦の国の、髭がぼうぼうで、頭から布を垂らしたなんだかオソロシイ人々…。一つくらいは当てはまります?
それじゃ、パンクやロック音楽が大好きで、ブルース・リーのモノマネなんかしちゃうキュートで元気いっぱいな女の子ってイランなんて国に存在すると思います?…いるんです。
イラン、テヘラン。1978年、ブルース・リーが大好きな9歳のマルジは両親と祖母に愛され、何不自由なく暮らす元気いっぱいの女の子。世間は政権交代やら革命やらで何やら物騒な空気が流れている。やがて訪れるイラン・イラク戦争で、イランの政権は一気に厳しくなり、女子にはヴェール着用を義務づけるなどの抑圧的な法律が。そんな中でも怖いもの知らずのマルジは”PUNK IS NOT DED(パンクは死なず)”のジャケットを着て街中を歩き回る。
娘の成長と、国の治安の悪化に恐れを抱いたマルジの両親は、ついにマルジをウィーンの寄宿舎に入れてしまう。故郷から遠く離れても、マルジはマルジらしく、友達を作り、恋をする。しかし修道院のシスターの暴言に耐えかねたマルジはついに寄宿舎を追い出されてしまい、恋愛でも大きな挫折をしてしまう。あんなに窮屈だった故郷が恋しくてたまらなくなったマルジは…
映画「ペルセポリス」は、原作・脚本・監督の三役を務めた女性、マルジャン・サトラピ自身の半生を描いたアニメ映画。つまり前記した青春映画のあらすじのような一文は、イランという国に生まれた一人の女性が実際に歩んだ人生の一部である。グラフィック・ノベルとしてフランスで出版されるやいなや大きな話題を呼び、世界的なベストセラーになった。
本自体の魅力もさることながら、映画で声優を務める俳優陣がとてつもなく豪華で魅力的。主人公のマルジの役は、キアラ・マストロヤンニ。マルジのユニークで自由主義な母親の役は、キアラの実の母親であり、フランスを代表する大女優、カトリーヌ・ドヌーブ。そしてマルジに「いつも毅然と公明正大でいるんだよ」と諭しながらも、ブラジャーに毎朝ジャスミンの葉を忍ばせて女心を忘れない祖母の役を、数々の映画でカトリーヌ・ドヌーブの母親役を演じてきた名優、ダニエル・ダリューが演じる。
”戦争”というキーワードがところどころに挟まってはいるけど、主なメッセージは「世界平和」を声高に訴えるものではなく、どんなに世界がねじまがっていびつなものになってしまっても、自分らしく前を向いて生きていこうという、あきれるくらいポジティブで普遍的なもの。そしてどこまでもユーモラス。こんなまっとうなものが、あの過酷を極め、今も刻一刻と窮地に追いやられている戦争国家に生まれた女性から聞けるなんて。
現在はフランスで暮らすマルジャン・サトラピは、「イランが恋しいですか?」という記者の質問に対して、こう答えている。
「もちろん、”イランはわが母、フランスはわが妻”だから。(途中省略)もし、絶望のあまり降参していたら、全てを失っていたかもしれない。だから最後の最後まで。顔を上げて笑い続けるわ。そうすれば私の一番大事なものを奪うことはできないから。生きている限り、抵抗し、叫ぶことができるし、それでも尚、最強の武器というのは笑いなのよ!」
そーだそーだあ!
(猪凡)