歌は、お好きですか?
甘いお菓子や果物は?
ほろ苦いタバコの煙は?
最後にした、恋の味を覚えていますか?
マリア・カラス 最後の恋
CALLAS - ONASSIS
(2005年 イタリア 125分)
2008年5月24日から5月30日まで上映
■監督 ジョルジオ・カピターニ
■脚本 マウラ・ヌッチェテッリ/ラウラ・イッポリッティ/レア・タフリ
■出演 ルイーザ・ラニエリ/ジェラール・ダルモン/アウグスト・ズッキ/セレナ・アウティエリ/ロベルト・アルバレス
<20世紀を代表する歌姫><世界最高のディーヴァ>等々。豊かな歌唱力と表現力で頂点を極めたオペラ歌手マリア・カラスへの賛辞は、没後30年を経た今も変わらない。その一方、私生活には賞賛とは裏腹の、<悲劇のヒロイン>という形容詞がつきまとう。その悲劇とはいったい何だったのか──。
映画はキャリアの絶頂期にあったマリア・カラスの、私生活の物語。無名時代に出会い、後に夫となるイタリア人実業家ジョバンニ・バティスタ・メネギーニとの結婚、離婚。そしてあまりにも有名な、ギリシャの海運王アリストテレス・オナシスとの情熱的な愛と憎しみ。二人の男性を通して、成功と名声を欲しいままにするマリア・カラスが求め続けて唯一得ることのできなかった真実の愛への、切実な叫びを描いている。
「恋は運命の小鳥ね 誰も飼いならせないわ」
〜ジョルジュ・ビゼー作曲〜
歌劇『カルメン』より、『ハバネラ』
オペラファンに留まらず、各界の一流の人々まで魅了し、賞賛と名声を欲しいままにした彼女の歌声は、しかし決して耳障りのいい歌声ではなかった。圧倒的な歌唱力、強靭な声量は、聴く者の心をかき乱すような強烈さがあり、その激しさゆえ、拒絶する聴衆や演者が少なくなかったという。
薄幸の少女時代、愛情に飢えたそれまでの人生で培った歌声は、非情なほどに完璧な愛と美を、舞台の上で発散した。やがてキャリアも美貌も勝ち取った、マリア・カラスのもとに”運命の小鳥”が舞い降りたのは、36歳の頃。その小鳥を、いずれ失うことで、マリア・カラスは一番大事な歌声までも失ってしまう。しかし、枯れることを恐れて咲かない花の蕾がどこにあるだろう。全ての希望を失った歌姫、マリア・カラスは、何を歌に託したのか…。
また、この映画のもうひとつの見どころは、大富豪オナシスとマリカ・カラスの蜜月生活。豪華クルーザーやゴージャスなアクセサリーとファッション。60年代当時のセレブのライフスタイルが丁寧に描かれている。
ONCE ダブリンの街角で
ONCE
(2006年 アイルランド 87分)
2008年5月24日から5月30日まで上映
■監督・脚本 ジョン・カーニー
■出演 グレン・ハンサード/マルケタ・イルグロヴァ/ヒュー・ウォルシュ/ゲリー・ヘンドリック/アラスター・フォーリー/ゲオフ・ミノゲ
■2007年アカデミー賞歌曲賞受賞/2007年インディペンデント・スピリット賞外国語映画賞受賞
■オフィシャルサイト http://oncethemovie.jp/
男と女は、恋か友情か、心の通じる相手を見つけた。男は穴のあいたギターを抱え、街角に立つストリート・ミュージシャン。女はチェコ移民で、楽器店でピアノを弾くのを楽しみにしていた。一見、なんの接点もない二人を、音楽が結びつける。一緒に演奏する喜びを見つけた二人のメロディは重なり、心地よいハーモニーを奏でる。そんなどこの街角でも起こりえる普遍的な出会いが、静かに動き始める。
運命というには大げさだが、偶然と呼ぶには大切すぎる“小さな奇跡”が、イギリスの日蔭で脈々と伝統を受け継いできた音楽と詩情の国、アイルランドから届いた。にわかに経済が活気づき、刻々とコスモポリタンな都市へと変貌する首都ダブリンで、地元のストリート・ミュージシャンと移民の若い女との間に生まれる、音楽を通した普遍的なラブストーリーは、全米でわずか2館の公開から、観客の口コミで、140館まで上映館を増やし、一館あたりの観客動員数において『パイレーツ・オブ・カリビアン/ ワールド・エンド』などの大作をしのぐ大躍進を見せた。
実った恋、実らなかった恋、現在進行形の恋、かつての淡い思い出、男と女の友情など、誰もが一度は経験しながら、どこか理解できずにいる微妙な心の動きが丁寧に描かれる。音楽という、どんな台詞よりも雄弁に感情を表現する手法に着目したこの映画は、見事サンダンス映画祭で観客賞を受賞。
ハリウッド・ミュージカルの「人が唐突に歌い、踊り出す」不自然さに違和感を覚える人も少なくないが、この映画ではCDから流れるメロディ、作曲やレコーディングを通して聴こえる音楽が、主人公たちの感情を代弁するという、最もシンプルで自然な音楽の使い方をしている。
かつては言葉を奪われる歴史を経験し、歌に哀愁や恋慕をのせて口から口へ伝えゆく伝統が色濃く残るアイルランドらしく、歌に感情をのせることで、心にダイレクトに響く。現に、歌はアイルランド文化に欠かせない要素で、劇中に登場する酒場で見知らぬ者同士が集い、それぞれの歌を披露する。そして主人公がストリートで見つけるバック・バンドは「(アイルランドの牧歌性をハード・ロックに持ち込んだ)シン・リジーの曲しかやらない」というなど、全ての国民がミュージシャンであるとさえ言える音楽史の豊かさが垣間見られる。
いつか大切な人に出逢う…。そんなほのかな期待は誰の心にもあるもの。とまどいつつ、二人の中で生まれる感情は、初めて手を触れる時のもどかしさ、キスする時の一瞬の迷いなど、小さな瞬間にも共有できる。そして友情と恋愛の狭間で生まれる気持ちは、一緒に音を積み上げ、ハーモニーを生み出す時の感覚とよく似ている。相手の音に反応し、来るべき瞬間に、タイミングよく踏み出す。きっと映画を見終わった後に、隣の人と話したくなり、ほんの少しやさしい気持ちになっている自分に気づくはず。今の想い、これからの出逢いに想いをめぐらすきっかけになるかもしれない。
ONCE、ある日、ある時、どこかの街角で、これから出会い、始まるかもしれない物語。
いつの時代も、どの国でも人は恋をする。その時は抗わずに、悲しまずに、どうか唇に、歌を。