クローネンバーグを初めて観たのは『裸のランチ』だった。これは言うまでもなく、
ウィリアム・バロウズ原作のビート文学における金字塔とも言える作品だ。
僕はこのビート文学の世界観が大好きで、ジャック・ケルアックの『路上』を含め、
邦訳されている限りのビート文学作家の作品はほとんど読んできた。

だから、まさか『裸のランチ』が映画化されるなんてことは不可能だと思っていた。
しかし、クローネンバーグは原作を越える程の圧倒的なイマジネーションと
映像感覚で映画化してしまったのだ。

そして、今回上映される『ヒストリー・オブ・バイオレンス』、『イースタン・プロミス』では
その卓越したイマジネーションと映像感覚に加えて
人間の内面をえぐり出すような演出力が加わったように思える。

人間の心には悪影響を及ぼす要素(記憶)を忘れてしまう(抑圧する)
防御機能があると言われている。それはトラウマとも大きな関係性があるが、
問題なのは、それが完璧な機能ではないという事だ。

歴史的にその不完全性が世界的に露呈されたのはヴェトナム戦争以降、
PTSD(心的外傷後ストレス障害)という用語が頻繁に使用されるようになった。
PTSDがトラウマとどう違うのかという時、1番わかりやすいのは
PTSDを抱えた人間が被害者だけはでなく加害者をも含むという点におけるだろう。

ヴェトナム戦争以降、多くのアメリカ帰還兵達がPTSDになってしまい、
社会不適合者となったことは言うまでもない。以降、AC(アダルトチルドレン)、
DV(家庭内暴力)といった形でアメリカには戦争の加害者的立場にありながら、
自ら暴力性を内包してしまうという逆説的悲劇が生じた。

その意味で『ヒストリー・オブ・バイオレンス』は現在進行形の
ヒストリー・オブ・アメリカともいえるのである。
そして、それを1人の男を通して描ききったクローネンバーグの演出力、
主演のヴィゴ・モーテンセン(『イースタン・プロミス』でも主演)の卓越した演技力には
ただただ脱帽するだけである。

そして、このコンビはまたも進化を遂げる。それが『イースタン・プロミス』だ。
『ヒストリー・オブ・バイオレンス』でアメリカを体現したのち、
『イースタン・プロミス』ではもっと普遍的な人間のもつ【人格】が
いかに際どいもので、もろいものかという事を全編に流れる緊張感の中で描ききっている。

正気のための狂気がやがて狂気のための狂気となり、最終的には純粋な狂気となっていく…。
その様はどんな人間にも避けられない空虚感を滲みださせ、
目撃する我々を限りなく無に近い真実の穴に陥れるだろう。

今、まさにピークを迎えているデヴィッド・クローネンバーグ監督の2本立て、これを逃す手はない!!!

ヒストリー・オブ・バイオレンス
A HISTORY OF VIOLENCE
(2005年 アメリカ 96分) R-15
pic 2008年11月29日から12月5日まで上映 ■監督 デヴィッド・クローネンバーグ
■原作 ジョン・ワグナー/ヴィンス・ロック
■脚本 ジョシュ・オルソン

■出演 ヴィゴ・モーテンセン/マリア・ベロ/エド・ハリス/ウィ リアム・ハート/アシュトン・ホームズ/ハイディ・ヘイズ/スティーヴン・マクハティ/グレッグ・ブリック/ピーター・マクニール

picトム・ストール(ヴィゴ・モーテンセン)と、弁護士の妻エディ(マリア・ベロ)は2人の子供たちと一緒に静かで幸せな生活を送っていた。だがある夜、トムが営むダイナーが二人組の強盗に襲われることから全ては始まった。銃を突きつけられたトムは一瞬の隙をついて銃を奪い取り、正当防衛で強盗を射殺、客や友人たちを救ったのだ。トムはヒーローとしてメディアの注目を浴び、生活は一夜にして変わってしまう。

数日後、ニュースの影響で大繁盛の店に、フォガティ(エド・ハリス)という男が訪ねてきた。彼はトムのことをジョーイと呼ぶ。トムは男を店から追い出すが、その日から、男たちは家族に執拗に付きまとい始めた…



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イースタン・プロミス
EASTERN PROMISES
(2007年 イギリス・カナダ 100分) R-18
pic 2008年11月29日から12月5日まで上映 ■監督 デヴィッド・クローネンバーグ
■脚本 スティーヴ・ナイト

■出演 ヴィゴ・モーテンセン/ナオミ・ワッツ/ヴァンサン・カッセル/アーミン・ミューラー=スタール/シニード・キューザック/イエジー・スコリモフスキー

裏表の世界に生きる男女 出会うはずのなかったふたりを運命が引き寄せる

picロンドンのとある病院に身元不明のロシア人少女が運び込まれた。少女は女出産ののちに息をひきとってしまい、アンナは少女が遺したロシア語の日記を手がかりに、その身元を割り出そうとする。手がかりをたどるうち、アンナはニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)と出会う。

やがて、日記を通じて「イースタン・プロミス」=人身売買の秘密が明らかになる。秘密を知った彼女に深入りしないよう忠告するニコライと、彼のやさしさに図らずも惹かれていくアンナ。ニコライの持つ秘密とは?日記が示す犯罪の行方は?ニコライとアンナの運命はいつしか絡み合っていく…。

裏社会を徹底したリアリズムとシャープな映像美で綴る人間ドラマの真骨頂

pic同じ俳優を二度続けて起用したことがほとんどない現代の鬼才監督、デヴィッド・クローネンバーグ。そんな彼が前作『ヒストリー・オブ・バイオレンス』で名コンビを見せたヴィゴ・モーテンセンを、再び主役に起用。

今作品は高い評価を受け、ゴールデン・グローブ賞の作品賞や英国アカデミー賞の最優秀英国映画賞などにノミネートされ、トロント映画祭では観客賞に輝いた。

〈アセイ〉


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