line 少し前まで、いい映画を観ると悲しくなった。観終わった後、スクリーンに背を向け、現実の生活に戻らなければいけないことが、なんだか親しくなったばかりの友達においてけぼりにされたように、たまらなく寂しい気持ちになったから。今は得した気分になってしまう。どんな言葉でこの映画を紹介しようとか、ああ、こんな味の会話もあるのね、しめしめ…みたいな。新品の文房具を散漫な引き出しに放り込むような感じ。つくづく阿呆が加速していると思う。本当にのっぴきならないようないい映画は、きっと言葉に出来ない。爪の先もさわれない。

…なんだか「のっぴきならないような、いい映画」を観たような口ぶりの前置きになってしまったけれど、これから紹介する映画は決して、断じて、間違ってもそんな類の映画ではない。2002年にTBS系列で全国放送されたTVドラマ「木更津キャッツアイ」。番組放送中は視聴率こそぱっとしなかったものの、野球の試合をなぞった斬新なストーリー展開、氣志團や哀川翔などカルト系人気タレントがそのまま本人の役で出演するなど、ツッコミを入れたくなるようなおちゃめな演出がじわじわとファンを増やし、深夜の再放送では異例の高視聴率を獲得、DVDは異常とも言える数を売上げた。そして2003年に映画「木更津キャッツアイ 日本シリーズ」が劇場公開され、さらに2006年、続編の「木更津キャッツアイ ワールドシリーズ」が公開され、共に記録的な大ヒット映画になった。

リンパの癌で余命半年と宣告された主人公・ぶっさんこと田淵公平(岡田准一)は、悔いの残らないように生きる為、地元の草野球チームの仲間と、怪盗団「木更津キャッツアイ」を結成し、ハチャメチャなノリで夜ごと木更津を奔走する。メンバーも含め、全ての登場人物のキャラクターが破綻寸前なくらいぶっ飛んでいて、四方八方に話を広げるので忙しいったらない。しかし常に軸にあるのはぶっさんに迫る、死。空騒ぎの中に時折ふとよぎる切なさが、キャッツそれぞれの青春のタイムリミットを予言してるようだ。しかしこの揺らいではいけない「締め」の設定すら「〜ワールドシリーズ」ではアッサリ覆されてしまう。どういうことかというと、それは見てのお楽しみ。


宮藤官九郎。「〜キャッツアイ」シリーズを語るのに最も重要な参考人物。この奥が深いんだか、果てしなく遠浅なんだかさっぱり判らない哲学を持った脚本家の、決して”泣き”の入らない乾いた世界が、私は好きだ。目に見える世界を、”泣かせ”に逃げるのではなく、徹底的に茶化す。北川悦吏子や三谷幸喜じゃ絶対に管轄外の区域を、猛スピードで開拓している。でも、もっと言葉に出来ない何か、もやっとしたもののほうに強く惹きつけられる。美しいとも、醜いとも言いがたいヒエロニムス・ボスの絵みたいな、あれだ。混沌という言葉がちょうどぴったりくるけど、そんなかっこいい言葉を使うのはもったいない気もする。以前TVのドキュメンタリー番組で、(うろ覚えだが)宮藤官九郎はこんなことを言っていた。

「書きたいもの?書きたいものなんかないっすよ。あったら脚本家なんてやってらんないですもん。」

…なにそれ!?それがミリオンダラー脚本家がテレビで言っていい台詞?宮藤官九郎をずるいと思う。でも彼がやすやすと吐露する虚無にこそ、惹かれずにいられない。

すごくだらだら話を続けているけど、白状すると私は真性のキャッツファンではない。でもこの映画が心底好きで、ドラマも映画も何十回と観たというような人の気持ちはわかる、ような気がする。「あなたが一番好きな映画は?」と聞かれて、まっすぐにこの映画を挙げる人がいたら抱きしめたいくらいだ。きっと主人公の生き様が好きだとか、ありえないストーリーが、とか、作品の空気が、とかではなく、何度観たってわからないからなんじゃないか。わかったフリもできないから中毒になるんじゃないか。少なくとも、私はそうです。(猪凡)



(2003年/日本/123分)
■監督 金子文紀   ■脚本 宮藤官九郎
■出演 岡田准一/櫻井翔/酒井若菜/岡田義徳/佐藤隆太
塚本高史/阿部サダヲ/山口智充/嶋大輔/哀川翔/氣志團


(2006年/日本/131分)
■監督 金子文紀 ■脚本 宮藤官九郎
■出演 岡田准一/櫻井翔/酒井若菜/岡田義徳/佐藤隆太
/塚本高史/阿部サダヲ/山口智充/ユンソナ/栗山千明/高田純次

■オフィシャルサイト http://www.tbs.co.jp/catseye/

(C)2006 映画「木更津キャッツアイ 日本シリーズ」製作委員会,(C)2006 映画「木更津キャッツアイ ワールドシリーズ」製作委員会


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