スワロウテイル
(1996年 日本 148分
2007年7月7日から7月13日まで上映 ■監督・脚本・編集 岩井俊二
■音楽 小林武史 
■出演 三上博史/chara/江口洋介/伊藤歩/アンディ・ホイ/渡部篤郎/桃井かおり

■1996年日本アカデミー賞3部門受賞
新人俳優賞(伊藤歩、chara)/話題賞(作品)/話題賞俳優部門(浅野忠信)

「大人一枚ください」

11年前、映画館のチケットカウンターでそう言った時の私はどんな顔をしていただろう。

オウム真理教と、新種の細菌、O-157、そして前年に起きた阪神大震災。日本中が不穏な空気に包まれていた1996年に、映画『スワロウテイル』は公開された。当時、R-15指定という中途半端な規範に歯ぎしりした中学生ってどのくらいいたんだろう。私は、大勢がそうであるように、どうしようもなく子供なのに、自分はもう大人だという意識は11年後の今よりも強かった。そしてどうしてもこの映画を観たかった。

映画館の扉を開け、厚いカーテンをかきわけると、もうすでに本編は始まっていて、女達が殺風景な部屋で殺された女のお通夜をしていた。火をつけたタバコを線香代わりにして。…瞬時に、今まで家族や友達と観たどの映画とも違う、殺気にも似た空気を嗅いだ。誰かの、見てはいけない瞬間に偶然立ち会ってしまった時の気まずい感じが、全身をよぎった。

「やっぱり観てはいけなかったのかも…」

”むかしむかし、円が世界で一番強かった頃、いつかのゴールドラッシュのようなその街を、移民たちは円都(イェンタウン)と呼んだ。でも日本人はこの名前を忌み嫌い、逆に移民たちを円盗(イェンタウン)と呼んで蔑んだ。ここは円の都、イェンタウン。円で夢が叶う、夢の都。…そしてこれは、円を掘りにイェンタウンにやって来た、イェンタウン達の物語。”

pic胸にアゲハチョウの刺青がある娼婦のグリコ(Chara)は、歌手を夢見ていた。ある夜、数日前に引き取った孤児のアゲハ(伊藤歩)に絡んで来た客とのトラブルが、殺人事件に発展してしまう。恋人フェイホン(三上博史)や仲間達と墓地へ向かい、死んだ客を埋めようとすると、死体の腹の中から一本のカセットテープが出てきた。録音されていたのは、往年の名曲、『マイ・ウェイ』。しかしそのテープには磁気データが仕込まれていた。フェイホンの仲間、ラン(渡部篤郎)によって解読されたデータの中身は、偽札の製造方法だった。かくして円の金脈を掘り起こし、億万長者になったフェイホンは、ライブハウスのオーナーになり、ライブハウスごとグリコにプレゼントする。何もかもが希望に溢れた道が広がる一方で、黒い影が忍び寄る。テープの持ち主であった、マフィアのリョウ・リャンキ(江口洋介)だ。やがてフェイホン達は、黒社会の血なまぐさい抗争に巻き込まれていく。

11年前のあの日以来、『スワロウテイル』という映画は、私の中のスイッチになった。あれ以来どんな映画を観ても、感情の目盛りが溢れそうになると、ぱちんとスイッチが入って、するすると鎮静されてしまう。例えば残酷なスプラッタシーンを目の当たりにしても、『スワロウテイル』でマオフウが、事故で裂けた顎をぶらぶらさせながら、起き上がった顔を直視してしまった時の心拍数を越えることは滅多にない。どんなに健気な少女が主人公でも、幼い胸をはだけて刺青の痛みに耐えるアゲハにはかすんでしまう。

つまり、刺激が強すぎた。私は大人達が決めたR−15というサイズに、ぴったりか、ぶかぶかなくらいに収まっていた。

pic映画通という人ではなくても、誰にでも思い出の映画ってあると思う。つまらなかった、おもしろかった、だけじゃなくて、映画館の空気やその日の光景が、身体に染み込んで離れないような映画が。もぎりのお姉さんに、ついた嘘がばれやしないかとひやひやしながら扉を開いたあの頃の私は、まさか11年後に自分が働く映画館で『スワロウテイル』を上映するなんて夢にも思わなかっただろう。結局私はあの日以来『スワロウテイル』を一度も見返したことがない。あの頃の私と一緒に、スクリーンで観よう。11年前、スクリーンで観たかったのに観れなかった人、わずかな年齢差に胸を焦がした人、そんなかつてのR-15だったあなたにも、足を運んでいただけるととっても嬉しいです!

(猪凡)



このページのトップへ

Love Letter
(1995年 日本 117分)
pic 2007年7月7日から7月13日まで上映 ■監督・脚本・編集 岩井俊二
■音楽 REMEDIOS
■出演 中山美穂/豊川悦司/酒井美紀/范文雀/中村久美/加賀まりこ/柏原崇/篠原勝之

結婚を約束していた恋人が山の事故で死んで2年が経った。三回忌の帰り、立ち寄った恋人の実家で渡辺博子(中山美穂)は彼の中学時代のアルバムを見つけた。彼は中学時代に小樽に住んでいたという。

藤井樹。住所録に彼の名前を見つけた。これはほんの思いつきだった。かつて彼の家があった小樽の住所に、手紙を出してみよう。届かなくてもいい。天国の彼に送る手紙。

お元気ですか? 私は元気です。

picそのころ、小樽に住む藤井樹(中山美穂)は風邪を引いて寝込んでいた。いつもしつこく樹を誘う郵便配達の手から渡されたその手紙。渡辺博子って…、誰だっけ?いくら考えても思い出せないけれど、とりあえず樹は返事を書いてみることにした。

私も元気です。…でも、ちょっと風邪気味です。

天国の樹から返事が来たの、と驚く博子を秋葉(豊川悦司)は見ていた。秋葉は死んだ樹の山登りの親友だった。だけど、秋葉は博子が好きだった。来ないはずの手紙が来たといって喜ぶ博子を、秋葉はどうしてもほおっておけなかった。そして勝手に小樽の樹に手紙を書いてしまう。

本当に藤井樹だったら、証拠をみせろ。

藤井樹は本当にいた。ただし、樹の中学時代の同級生、しかも女性の藤井樹が…。

岩井俊二は何もかもが絶妙なバランスで成り立つ思春期の描き方が本当にすごい。そしてそのまわりを取り囲む背景や空気の切りとり方すべてが。

picそれが樹と樹の中学時代の回想シーン。図書室や教室のカーテンのちょっと埃っぽい匂いや、下駄箱、出席番号、自転車通学、凍った坂道を革靴で滑り降りる少しの楽しみ。何もかもがあまりにもいつかの自分に覚えがあって、いつのまにか自分はそこに同化している。おんなじ空気を吸っている気になってしまう。

あの頃に好きだった人の顔さえあんまり覚えてないくらいになってしまったのに、回想シーンと一緒にたくさんの忘れていたことを思い出した。そして一度甦った記憶は、もうきっと忘れない宝物になっていく。

ラブレターは、ひとりひとりの気持ちのぶんだけ別々のかたちがある。この映画を彩るそれぞれのラブレターは、どれをとっても小樽に降りしきる雪みたいに真っ白できれいだった。

(リンナ)




このページのトップへ