半落ち
(2003年 日本 122分)
2006年7月1日から7月7日まで上映 ■監督・脚本 佐々部清
■原作 横山秀夫『半落ち』(講談社刊)

■出演 寺尾聰 / 柴田恭兵 / 原田美枝子 / 吉岡秀隆 / 鶴田真由

(C)2004「半落ち」製作委員会

ある日、一人の男の自供が、全警察を揺るがしかねない大問題となりつつあった。男の名前は梶総一郎。有能で敏腕な元警部補だった。自供の内容は殺人。被害者は彼の、妻だった。

pic警察は身内が起こした事件を、なるべく穏便に片付けるために、記者は降って沸いた事件をよりスキャンダラスに描くために、弁護士は人権を武器に出世という褒美を手にするために、その日を境に梶という男を中心に巨大な人の輪ができた。今にも何かを破壊しかねない遠心力を孕んだその輪はしかし、梶が決して明かさないあることによって、空回りをするしかなくなった。

妻を殺した後の空白の二日間、梶はどこで何をしていたか?

一同は再び輪の核を手に入れるため、梶の空白の二日間を探るうちに、梶によって命を絶たれた妻・啓子が夫のために必死に編み上げようとした絆を手繰り寄せていたことに気づく。それは梶が妻の後を追うことを諦めてでも守ろうとした、美しく、悲しい絆だった。

pic元刑事の起こした殺人事件はやがて、彼を取り巻く様々な人間関係を抱えた人々の心の中に、静かに深い波紋を生む。

耐え難い苦しみから救うために最愛の妻を手にかけ、決して償えない罪を背負う男の姿というのは否が応でも物語になる。もっと意地の悪い捉え方をすれば、美談である。しかし、主人公の梶を演じる寺尾總の眼差しはそんな解釈をやんわりと断ち切っている。弁護士や、後輩の刑事達にどんなに責められようと、都合の良い自供を吐かされようとも、暗く深い沼のようなその眼は、どんな言葉も音も無く吸い込んで、さざ波も立てずに沈黙を守る。計り知れない愛情で、妻と結ばれていたのだと気付かされる。

「私が殺してほしいって言ったら、私を殺せますか?」

梶の事件を追う女性記者が、真相を知り、不倫相手である仕事の上司に泣きながら電話で問う姿が痛い。それを確かめることはできない。決して、言葉では。

(猪凡)


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博士の愛した数式
(2005年 日本 117分)
pic 2006年7月1日から7月7日まで上映 ■監督・脚本 小泉堯史
■原作 小川洋子『博士の愛した数式』(新潮社刊)

■出演 寺尾聰 / 深津絵里 / 齋藤隆成 / 吉岡秀隆 / 浅丘ルリ子

■オフィシャルサイト http://hakase-movie.com/

(C)「博士の愛した数式」製作委員会

博士の記憶は80分しかもたない。着ているジャケットに貼り付けてあるいくつものメモ書きは、大切なことを忘れないため。

picシングルマザーの家政婦、杏子は、ここ数年間に9人も担当が替わったという顧客を紹介される。面接に訪れた彼女を迎えたのは、上品な身なりのご婦人──未亡人だった。母屋に住む未亡人は、離れに住む義弟の世話をして欲しいと彼女に依頼した。

「君の靴のサイズはいくつかね?」
「……24です。」
「ほぉ、実に潔い数字だ。4の階乗だ。」
そんな会話で博士と家政婦は、はじめて出会う。

博士は大学の数学研究所への就職が決まっていた矢先、交通事故に遭い、記憶することを失った。それからの博士の世界は、未亡人の援助を受けての離れでの生活だけだった。

pic博士は何を話していいのか混乱すると、数字の話をする。博士が語り出すと何の感情も持たなかった数字たちが、動き出す。数字は博士の言葉。

忘れてしまいたいことが忘れられなかったり、憶えていたいことが正確さを失っていくことに歯がゆさを感じたり。記憶という形のないもの。それが過去となり、今を生きてゆく。しかし、博士は本当の意味で今しか生きられない。遠く過去にならない過去と、そこから途絶え続け繰り返される記憶。ジャケットに貼り付けてあるメモ書きを見て、自分の記憶が80分しかもたないことを知り、そのたび絶望するのだ。しかし、“そのたび”絶望することさえ忘れてしまうのだ。

家政婦は博士と出会う。それは毎回、はじめての出会い。そして会話する。

「君の靴のサイズはいくつかね?」
「24です。」
「実に潔い数字だ。4の階乗だ。」

(ロバ)



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