1927年、6月23日。アメリカはシカゴにその男は生まれた。13才ですでに
ダンサーとして舞台に上がり、第二次世界大戦後は舞台振付師、映画
監督としてTV、舞台、映画と、ショウビジネスの世界で縦横無尽に活躍した。
ブロードウェイの王様、ボブ・フォッシー。
「ミュージカルの神様」と呼ばれ
たフォッシーは、1987年、60歳で怒涛の生涯に幕をおろすまで、数々の傑
作を生み、記録的な受賞経歴を築いた。
フォッシーの残した足跡は、今も
鮮やかなステップを刻んでいる。
シカゴ
CHICAGO
(2002年 アメリカ 113分)
1920年代のシカゴで、スキャンダルを逆手にとってスターダムを駆け上がる二人の歌姫。セクシーでゴージャズ、きらびやかで猥雑。舞台も映画も超えた史上最高のエンタテインメント。
2006年11月11日から11月17日まで上映
■監督 ロブ・マーシャル
■原作 ボブ・フォッシー(ミュージカル『シカゴ』)
■脚本 ビル・コンドン
■出演 レニー・ゼルウィガー/キャサリン・ゼタ=ジョーンズ/リチャード・ギア/クイーン・ラティファ
■2002年アカデミー賞6部門(作品・助演女優・美術・衣装デザイン・音響・編集)受賞ほか
ミュージカル、と聞いただけで薄ら寒い気恥ずかしさを感じる人がいる。唐突になぜ踊る?なぜ唄う?道路の真ん中で!周りの人まで加わって!全くもって無理は無い。しかしあの不自然さに「YES!」と来るか来ないかがあなたのチョイスする映画の幅を縮めているとしたら、フォッシーと出会う機会を逃しているとしたら、それはアレルギーと思い込んでチョコレートを一生食べられないのと同じくらい惜しいことだ。
フォッシーのミュージカルは、愉快で健康的な人々が、ディズニーランドみたいなきらびやかな世界を演じている類のものとは、かけ離れた世界だ。鍋底にこびりついたギトギトの油汚れのような人間の本性。そのエッセンスに、指先まで計算された美しい振付をまぶして、これでもかと見せつける。
『シカゴ』(映画版『シカゴ』の監督はロブ・マーシャルだが、元になる舞台版『シカゴ』の原作・監督・振付はもちろんフォッシー)では自身のエゴのために人を殺めた女達と、彼女達を食い物にする弁護士、引いては世間の滑稽ぶりを描く。
『オール・ザット・ジャズ』はフォッシーの自伝的映画。ある舞台演出家が、死に直面するという最大の危機を、突き抜けたテンションでショウにしてしまう話。どちらも話の軸は重く暗い。なのにストーリーは深まっていくほど、ネオンの輝きを撒き散らして高速回転する。「お涙頂戴」がアホみたいに重宝される現代の流れをとっくの昔に振り切っている。
オール・ザット・ジャズ
ALL THAT JAZZ
(1979年 アメリカ 123分)
フェリーニの熱狂的なファンであるフォッシーが、ブロードウェイの世界を『81/2』の世界に見立てて作り上げた自伝映画。ちなみに劇中に登場するリハーサル中のミュージカル『NY/LA』は『シカゴ』のこと。
2006年11月11日から11月17日まで上映
■監督・脚本 ボブ・フォッシー
■出演 ロイ・シャイダー/ジェシカ・ラング/アン・ラインキング/エリザベート・フォルディ
■1980年カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞/
1979年アカデミー賞4部門(音楽/美術監督・装置/衣装デザイン/編集)受賞ほか
耐えて、忍んで、涙は上向いて我慢するような気の毒な人はどこにも出てこない。そんなものを美徳とする見方はそもそも根性が曲がっているのだ。『シカゴ』のロキシーときたら。お馬鹿で無邪気でオシリが軽くて、なんてスウィート!ロキシーの取る行動は全て純粋な欲望に直結している。「アタシを見て!」そのエネルギーたるや、反動で男にピストルをぶっ放すほど。へヴィシロップ級である。
「悪い男」に惹かれる女は多いが、「悪い女」を積極的に好く男はかなり珍しいんじゃないのだろうか。しかしフォッシーの映画に「悪い女」は欠かせない。『オール・ザット・ジャズ』で、フォッシーの分身でもある舞台演出家のギデオンは、フォッシー自らの手で薄皮をむくように弱味を暴かれていくが、そのひとつにこんなシーンがある。
病の床に伏せるギデオンに向かって、ある男がギデオンに、「あんたをゲイとまでは言わないが、女っぽい性格が強いだろう?」それをしれっと認めるギデオン。このワンシーンでみぞおちにジャブを喰らってしまった。ボブ・フォッシー。何て男。普通の男ならドン引きして当たり前な女の底意地の悪さも、計算高い思考も、母性の裏の冷酷ぶりも、ヨゴレ物全部ひっくるめて女という生き物を愛して、味わったのだろう。もしかしたら時にはストッキングに足を通すように、同じ女の気持ちで。
味も舌触りもまるでつまらないオーガニックフーズに飽きたら、フォッシーの甘い毒をのどがつまるほど、どうぞ召し上がれ。
(猪凡)