【2021/3/6(土)~3/12(金)】『鵞鳥湖の夜』『薄氷の殺人』

★3/12(金)は映写トラブルにより、終日休映となりましたことを深くお詫びいたします。ディアオ・イーナン監督特集『鵞鳥湖の夜』『薄氷の殺人』につきましては、再上映を検討しております。上映日程等はまた改めてお知らせさせていただきますので、今しばらくお待ちくださいませ。

ミ・ナミ

今週の早稲田松竹は、ディアオ・イーナン監督特集。彼のその名を映画史に刻み込んだ『薄氷の殺人』と、それから5年の歳月を経て撮り上げられた待望の新作『鵞鳥湖の夜』二本立てです。

血なまぐさい事件。弱さの中に燃える情動を抱えたような、いわく言い難い女。そんな彼女に、崩れそうな崖に手をかけるようにして魅了されてゆく男。この三つが絡み合いながら進行していくディアオ・イーナンの映画は、ジャンルに分けるならサスペンスやミステリーになります。また彼は、「中国映画の第六世代」の一人とも呼ばれています。狭義には1960年代生まれで1990年代以降に活躍し始めた映画作家を指し、身近な存在を主題に手持ちカメラを駆使することで生々しさを演出し、中国社会の矛盾や歪みによる痛みや悲しみに目線を向ける監督たちをこのようにまとめます。ただ、ディアオ・イーナン監督は、筋立てや小道具の使い方など細部まで行き届いた美意識により、たった二作品で既存のジャンルの中に“ディアオ・イーナン式”という新たな様式美を打ち立てたようであり、また第六世代に軸足を置きながらも彼らとは少々一線を画すようです。刃の切っ先のような『薄氷の殺人』を名刺代わりに世に放ったのだとすれば、その先端をさらに研ぎ澄ませたのが『鵞鳥湖の夜』でした。二作目にして、自分はこのスタイルで行くのだと高らかに宣言したような思いがします。

『薄氷の殺人』に登場する元刑事ジャンも、『鵞鳥湖の夜』の逃亡犯チョウも、踏み込んではいけないと頭の片隅で分かっていながら、心でウー(『薄氷の殺人』)やアイアイ(『鵞鳥湖の夜』)を拒むことができません。人には、間違っているとわかっていても抗えない何ものかがある―そんな、生きることの不可解さや業深さを教えてくれた映画が、私にとってはディアオ・イーナン監督の作品でした。そして監督は、社会倫理の中で罰せられる存在を映画の中で描きはしますが、作品の中で彼らは、間違った人生の選択であっても真実として全うしようと手を尽くします。その感情は、もしかしたら誰かへの愛と呼べるのかもしれない。だとするなら、何と健気で美しいのでしょう。

『薄氷の殺人』も『鵞鳥湖の夜』も、ともに悪や日陰の存在を魅惑的に描いています。言わば、原初的なフィクションの愉しみとでもいうのかもしれません。映画を言葉の説明に頼らないディアオ・イーナン作品は新奇性に満ちてもいますが、妥協なく作り出された見事な虚構である一方、ストーリーラインには生々しい説得力があります。氷(『薄氷の殺人』)や湖(『鵞鳥湖の夜』)が、我々が生きる現世(うつしよ)をぼかしながらも映して見せてしまうのは、氷や湖といった要素を介した彼の魔術的手法なのでしょうか。その投影された世界は、映画館の暗がりの中で時に華々しく時に幻のようにゆらめいているのです。

薄氷の殺人
Black Coal, Thin Ice

ディアオ・イーナン監督作品/2014年/中国・香港/109分/DCP/PG12/ビスタ

■監督・脚本 ディアオ・イーナン
■製作 ヴィヴィアン・チュイ/ワン・チュアン
■撮影 ドン・ジンソン
■編集 ヤン・ホンユー
■音楽 ウェン・ツー

■出演 リャオ・ファン/グイ・ルンメイ/ワン・シュエビン/ワン・ジンチュン/ユー・アイレイ/ニー・ジンヤン

■2014年ベルリン国際映画祭金熊賞・最優秀男優賞受賞

©2014 Jiangsu Omnijoi Movie Co., Ltd. / Boneyard Entertainment China (BEC) Ltd. (Hong Kong). All rights reserved.

【2021年3月6日から3月12日まで上映】

疑惑の女に堕ちていく――

1999年、中国の華北地方。6都市にまたがる15ヵ所の石炭工場で、ひとりの男の切り刻まれた死体の断片が次々と発見された。私生活に問題を抱えた刑事ジャンが捜査を担当するが、容疑者の兄弟が逮捕時に抵抗して射殺されたため、真相は闇の彼方に葬られてしまう。

そして2004年、しがない警備員となったジャンは、5年前と似た手口のふたつの殺人事件を警察が追っていることを知り、独自の調査に乗り出す。被害者たちは殺される直前、いずれも若く美しいウーという未亡人と親密な仲だった。そしてジャンもまた、はからずもウーに心を奪われていく…。

中国の気鋭監督ディアオ・イーナンが、独自のリズムと映像美で魅せるクライム・サスペンスの傑作!

『薄氷の殺人』はディアオ・イーナン監督の長編3作目。第64回ベルリン国際映画祭では、金熊賞(グランプリ)と銀熊賞(主演男優賞)をダブル受賞の快挙を達成。先鋭的なオリジナリティに世界が賞賛した。

主演は『戦場のレクイエム』『ライジング・ドラゴン』などで活躍するリャオ・ファンと、『藍色夏恋』『GF*BF』のグイ・ルンメイ。ふたりが体現する哀愁、官能、狂気をまとった罪深き愛のかたちは、ただならぬ凄みを発散し、観る者の胸をざわめかせ続ける。

本作の英語タイトル『BLACK COAL, THIN ICE』は、バラバラ死体の一部が発見される“黒い石炭”と、殺人現場となるスケート場の“薄氷”を意味し、中国語タイトル『白日焔火』は“白昼の花火”と訳される。まさしく苛烈な現実のなかに一瞬の幻のごとく“白昼の花火”がスクリーンに炸裂するラスト・シーンは、あらゆる観客を驚嘆させるに違いない。

鵞鳥湖の夜
The Wild Goose Lake

ディアオ・イーナン監督作品/2019年/中国・フランス/111分/DCP/PG12/ビスタ

■監督・脚本 ディアオ・イーナン
■撮影 トン・ジンソン
■美術 リュウ・チアン
■照明 ウォン・チーミン
■編集 コン・ジンレイ/マチュー・ラクロー
■音楽 B6

■出演 フー・ゴー/グイ・ルンメイ/リャオ・ファン/レジーナ・ワン/チー・タオ

■2019年カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品

©2019 HE LI CHEN GUANG INTERNATIONAL CULTURE MEDIA CO.,LTD.,GREEN RAY FILMS(SHANGHAI)CO.,LTD.,

【2021年3月6日から3月12日まで上映】

孤独に溺れて、闇夜を彷徨う――

2012年、中国南部。再開発から取り残された鵞鳥湖の周辺地域は、ギャングたちの縄張り争いが激化していた――。刑務所を出所して古巣のバイク窃盗団に舞い戻った裏社会の男チョウは、縄張りをめぐる揉め事に巻き込まれ、逃走中に誤って警官を射殺してしまう。たちまち全国に指名手配され、警察の包囲網に追いつめられたチョウは、自らに懸けられた報奨金30万元を妻のシュージュンと幼い息子に残そうと画策する。

そんなチョウの前に現れたのは、妻の代理としてやってきたアイアイという見知らぬ女。リゾート地の鵞鳥湖で水浴嬢、すなわち水辺の娼婦として生きているアイアイと行動を共にするチョウだったが、警察の捜索を指揮するリウ隊長、報奨金の強奪を狙う窃盗団に行く手を阻まれ、後戻りのできない袋小路に迷い込んでいく……。

魅惑的な闇と色彩が渦巻く鮮烈なヴィジュアルで現代中国の暗部をえぐる、革新的ノワール・サスペンス

前作『薄氷の殺人』で圧倒的な評価を受け、フランスとの合作で製作された本作『鵞鳥湖(がちょうこ)の夜』は、中国の気鋭監督、ディアオ・イーナンの5年ぶりとなる待望の新作。ノワール調のアーティスティックな映像感覚がいっそう研ぎ澄まされ、警官殺しの逃亡者となった男と謎めいたファムファタールが織りなす危ういクライム・ストーリーから、一瞬たりとも目が離せない。

主人公チョウに扮し、破滅的な運命に魅入られた男のあがきを熱演するのは、ジャッキー・チェン主演の歴史的大作『1911』のフー・ゴー。『薄氷の殺人』で主演を務めたグイ・ルンメイとリャオ・ファンが、それぞれアイアイ、リウ隊長役で再共演を果たした。

さらに、前作に続いてイーナンとコンビを組んだ撮影監督トン・ジンソン、ウォン・カーウァイ監督作品『花様年華』『2046』の照明監督ウォン・チーミン、『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』の美術監督リュウ・チアンといった優れたスタッフも集結。中国の知られざるアンダーグランドの犯罪や社会の底辺で生きる人間たちの現実をあぶり出し、本国チャートで初登場2位を記録する大ヒットとなった。