【2021/1/30(土)~2/5(金)】栄光と絶望の逆説 現代イタリア映画の美学

ぽっけ

今週の早稲田松竹は、現代イタリア映画において最前線で活動し続ける巨匠マルコ・ベロッキオ(なんと御年81歳!)の最新作『シチリアーノ 裏切りの美学』と、ドキュメンタリー作家という出自からジャック・ロンドンの古典『マーティン・イーデン』の大胆な映画化で一躍注目を集めるピエトロ・マルチェッロ監督の『マーティン・エデン』の二本立てです。

「マーティン・エデンは20世紀を通り抜けていくと同時に現代人でもある。」

上流階級の女性エレナとの恋をきっかけに無学だったマーティン・エデンの内に秘めていた文学への関心は開いていきます。しかし、下層から這い上がろうと切実な思いを抱えるマーティンが作家として描こうとするものは目の前にある貧しく、痛ましくもある生々しい労働者たちの姿でした。上流階級であるエレナに認めることができないこの大きなずれが二人の間に溝を生み出していきます。

どこか『ポーラX』(というよりも原作である「ピエール」)を彷彿とさせる悲恋と転落の物語の中で、マーティンは20世紀のヨーロッパを駆け抜けるようにしながら、自身の文学的なテーマとして「個人主義への批判」を掲げていつつも誰をも寄せつけない個人主義へと陥ってしまう。挿入されるアーカイブ映像と、(マーティンが見るはずもない)記憶と幻影が交錯する様々な時間の断層は、マーティンの思念をその狭間で永遠に彷徨わせてしまう迷路に迷いこむように最期の瞬間まで連れて行ってしまうのです。

「死が外部からやってくるように撮った」

シチリア最大のマフィアにして政治さえも牛耳るほどの力を持つ「コーザ・ノストラ」。組織のことを外部に漏らしてはいけない“血の掟”によって縛れた構成員の幹部、トンマーゾ・ブシェッタによる告白。組織を裏切れば己や家族を危険に晒すことも分かっていながら、彼が組織の内状を明かしたのはなぜでしょう。

すでに『ゴッドファーザー』や『アウトレイジ』を見たことがある者であれば、どこまで逃げても執拗に追われ、いつか必ず報復を受けるあの恐怖を知っているでしょう。残虐さを示すならば前例のように暗殺される瞬間を加害者側で描くこともできたはずです。しかしあくまでもマルコ・ベロッキオはその被害者の側にカメラを置きます。それがこの映画の主人公であるブシェッタがこの映画で唯一犯す殺人のシーンであっても。この殺される側への徹底した身の置き方が残酷さや恐怖を描きながらも、見事に「コーザ・ノストラ」を告発したあとのブシェッタが生きていく時間につながっていくのです。

エレナに憧れて追うものから、栄光を掴み追われるものになったマーティンがもうエレナに応えられないように、ブシェッタが殺しのターゲットに狙いを定め見るものから、告発後に死の影におびえ見られるものへ変化していく。欲望と絶望が交互に波のように押し寄せ、見るものをひとときも同じ場所に立ち止まらせることがありません。それは20世紀のダイナミックな時代の流れと戦争や暴力の歴史と分かつことができないものです。私たちは本当に21世紀という新しい時代を生きているのでしょうか?スクリーンに焼き付けられた死の影はいまだにその場所と地続きの地平を歩み続ける私たちをどこからかじっと見つめ続けているような気がしてならないのです。

シチリアーノ 裏切りの美学
The Traitor

マルコ・ベロッキオ監督作品/2019年/イタリア・フランス・ブラジル・ドイツ/152分/DCP/R15+/ビスタ

■監督 マルコ・ベロッキオ
■脚本 マルコ・ベロッキオ/ルドヴィカ・ランポルディ/ヴァリア・サンテッラ/フランチェスコ・ピッコロ
■撮影 ヴラダン・ラドヴィッチ
■編集 フランチェスカ・カルヴェリ
■音楽 ニコラ・ピオヴァ―ニ

■出演 ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ/ルイジ・ロ・カーショ/マリア・フェルナンダ・カーンヂド/ファブリツィオ・フェラカーネ/ファウスト・ルッソ・アレジ

■2019年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品/2020年アカデミー賞国際映画賞伊代表/2020年伊アカデミー賞6部門受賞

©Fabio Lovino
©LiaPasqualino

【2021年1月30日から2月5日まで上映】

真のプライド。そのために男は命を賭けた――

1980年代初頭、シチリアではマフィアの全面戦争が激化していた。パレルモ派の大物トンマーゾ・ブシェッタは抗争の仲裁に失敗しブラジルに逃れるが、残された家族や仲間達はコルレオーネ派の報復によって次々と抹殺されていった。

ブラジルで逮捕されイタリアに引き渡されたブシェッタは、マフィア撲滅に執念を燃やすファルコーネ判事から捜査への協力を求められる。麻薬と殺人に明け暮れ堕落したコーザ・ノストラに失望していたブシェッタは、固い信頼関係で結ばれたファルコーネに組織の情報を提供することを決意するが、それはコーザ・ノストラの ”血の掟” に背く行為だった…

国家を揺るがせた伊マフィア史上最大のミステリーを完全映画化。イタリアの巨匠マルコ・ベロッキオ81歳の最高傑作!

本作は政府に寝返った大物マフィアの真実を描く実録犯罪ドラマ。監督はイタリア最後の巨匠とも呼ばれる81歳のマルコ・ベロッキオ。本作では2019年カンヌ国際映画祭コンペティション部門や米アカデミー賞国際長編映画賞のイタリア代表に選出、イタリアのアカデミー賞たるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で最多6部門を受賞ほか数々の賞に輝いている。

主人公ブシェッタを入念な役作りで演じきったのは『フォンターナ広場 イタリアの陰謀』のピエルフランチェスコ・ファヴィーノ。『輝ける青春』『夜よ、こんにちは』のルイジ・ロ・カーショらの実力派キャストが脇を固め、重厚にして緊張感みなぎるアンサンブルを披露する。そして『ライフ・イズ・ビューティフル』でアカデミー賞を受賞したニコラ・ビオヴァーが音楽を手がけるなど、ベロッキオを支えるスタッフの確かな仕事ぶりも見逃せない。

マーティン・エデン
Martin Eden

ピエトロ・マルチェッロ監督作品/2019年/イタリア・フランス・ドイツ/129分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督 ピエトロ・マルチェッロ
■製作 ピエトロ・マルチェッロ/ベッペ・カスケット/トマ・オルドノー/ミヒャエル・ヴェバー/ヴィオラ・フーゲン
■原作 ジャック・ロンドン『マーティン・イーデン』(白水社刊)
■脚本 ピエトロ・マルチェッロ/マルリツィオ・ブラウッチ
■撮影 フランチェスコ・ディ・ジャコモ/アレッサンドロ・アバーテ
■編集 アリーヌ・エルヴェ/ファブリツィオ・フェデリコ
■音楽  マルコ・メッシーナ/サッシャ・リッチ

■出演  ルカ・マリネッリ/ジェシカ・クレッシー/デニーズ・サルディスコ/ヴィンチェンツォ・ネモラート/カルロ・チェッキ/マルコ・レオナルディ/ピエトロ・ラグーサ

■第76回ヴェネツィア国際映画祭男優賞受賞/第44回トロント国際映画祭プラットフォーム賞受賞/第65回伊アカデミー賞脚色賞受賞

©2019 AVVENTUROSA – IBC MOVIE- SHELLAC SUD -BR -ARTE

【2021年1月30日から2月5日まで上映】

絶望の青春

イタリア・ナポリの労働者地区出身で貧乏な船乗りのマーティンは、ブルジョワの令嬢エレナに恋したことから文学に関心を抱く。洗練された彼女に釣り合う人物になるべく猛勉強を始めたマーティンは、作家になることを夢見て原稿執筆に励むが、応募した作品は全て送り返されてしまう。創作はエレナにも理解されず生活は困窮し、絶望して文学を諦めかけたとき、彼の運命は一変する。

20世紀アメリカ文学の傑作、ジャック・ロンドンの自伝的小説がイタリアを舞台に甦る

労働者階級出身ながら、若き日の破天荒な生活を経て大作家になるというアメリカン・ドリームの体現者であり、冒険小説で一世を風靡した作家ジャック・ロンドン。代表作「野性の呼び声」がハリソン・フォード主演で映画化されるなど昨今再び注目を集めているが、遂にその波乱万丈な生きざまを元に生み出された自伝的巨編が、イタリア、ナポリ出身の気鋭のフィルムメイカー、ピエトロ・マルチェッロの手によって映画『マーティン・エデン』として蘇った。

舞台を原作の20世紀初頭のアメリカ西海岸オークランドから、イタリア、ナポリへ移し、撮影にはスーパー16mmフィルムを使用。ドキュメンタリーとフィクションの領域を自由に行き交う手法を駆使し、多様な記録映像を盛り込みながら、あえて厳密な時代設定を避けて時空を超えた普遍的な物語として語ってみせた。

主人公マーティン・エデンを演じるのは、『グレート・ビューティー/追憶のローマ』のルカ・マリネッリ。本作の演技により、2019年ヴェネツィア国際映画祭で『ジョーカー』のホアキン・フェニックスを抑えて見事男優賞に輝いた。