【2025/5/10(土)~5/16(金)】『憐れみの3章』『籠の中の乙女』/『アルプス』『キネッタ』// 特別レイトショー『アッテンバーグ』

しかまる。

好きな映画を聞かれたとき、私が真っ先に思い浮かべるのはヨルゴス・ランティモス監督の作品だ。けれど、相手が求めているのはたいてい “観やすくて、楽しくて、ハッピーエンドな映画”だろう。正反対の位置にいる彼の作品群を思うと、喉元まで出かかったその名前を飲み込んで、つい期待に沿った答えをしてしまう自分がもどかしい。

今回上映する作品たちも例外ではなくヨルゴス・ランティモス監督の創造する世界は、居心地がいいとは言いがたい。殺人事件の再現映像を撮るカメラマンとそれを演じる男女の狂気がエスカレートしていく『キネッタ』。父親の絶対的な支配によって外界から隔離された家族の崩壊を描いた『籠の中の乙女』。死者の代役を演じ遺族を慰めるという、やさしさが次第に暴走する『アルプス』。そして最新作『憐れみの3章』では、それぞれに奇妙なルールが支配する三つの物語が展開され、人はなぜ愛されたいのか。なぜ命令を受け入れ、他人に従うのか。どこまでが自分の意志で、どこからが他人の欲望なのか。そうした根源的な問いが、不条理とユーモアが入り混じる世界から、じわじわと染み出してくる。

家族、愛情、社会。そこにある制度やルールの輪郭は、一度ズレ始めると私たちの知っているそれとはまったく違う形を見せ始める。その様子をただ見つめることしかできない観客に監督は明確な答えや優しいヒントなんて与えてはくれない。私たちの思う「普通」って何なのだろう…? 答えのない問いを繰り返し、私たちの日常の中にも彼が描く「異常」がひそんでいることに気づかされるのだ。そこにこそ、ヨルゴス・ランティモス監督が作る映画の中毒性があるのかもしれない。

憐れみの3章
Kinds of Kindness

ヨルゴス・ランティモス監督作品/2024年/イギリス・アメリカ/165分/DCP/R15+/シネスコ

■監督 ヨルゴス・ランティモス
■脚本 ヨルゴス・ランティモス/エフティミス・フィリップ
■製作 エド・ギニー/アンドリュー・ロウ/ヨルゴス・ランティモス/ケイシア・マリパン
■撮影 ロビー・ライアン
■編集 ヨルゴス・モヴロプサリディス
■音楽 ジャースキン・フェンドリックス

■出演 エマ・ストーン/ジェシー・プレモンス /ウィレム・デフォー/マーガレット・クアリー /ホン・チャウ/ジョー・アルウィン/ママドゥ・アティエ/ハンター・シェイファー

■第77回カンヌ国際映画祭男優賞受賞/第82回ゴールデン・グローブ賞男優賞ノミネート

©2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.

【2025/5/10(土)~5/16(金)上映】

愛と支配をめぐる 大胆不敵な3つのストーリー

「選択肢を奪われ、自分の人生を取り戻そうと格闘する男」、「海で失踪し帰還するも別人のようになった妻を恐れる警官」、そして「卓越した教祖になると定められた特別な人物を懸命に探す女」。3つの独立した物語=章で構成された“愛と支配”をめぐる3つの奇想天外な物語。

支配と欲望、愛と服従、信仰と妄信の間で揺れ動く人間の本質を、時に残酷に、時にユーモラスに描き切る、ランティモス監督のひとつの集大成かつ到達点。

テーマや作劇、映像表現、そして俳優の演技に至るまで、どれもが奇想天外かつ斬新。強烈なインパクトを放ち、「かつて観たことのない」世界を創造するヨルゴス・ランティモス監督が、世界中で大ヒットを記録した『哀れなるものたち』から1年を待たずに完成した待望の最新作である本作は、またしても想像を超えたチャレンジで観る者を驚かせる。 

3章で構成された本作は、各章に同じメインキャストたちが登場し、それぞれ別のキャラクターを演じているという画期的な構成となっている。この独創的演出と、大胆を極める映像と音楽のコラボレーションによって、まったく接点のない3つの物語がいつしかリンクする。

キャストには前作で2度目のオスカーに輝き、ランティモス監督との最強最高のコラボが続くエマ・ストーンのほか、『哀れなるものたち』に引き続きランティモス作品出演となるウィレム・デフォー、マーガレット・クアリーが集結。そして本作の演技で見事にカンヌ国際映画祭の男優賞を受賞した若き名優ジェシー・プレモンスら実力派が顔を揃える。

籠の中の乙女 4Kレストア版
Dogtooth

ヨルゴス・ランティモス監督作品/2009年/ギリシャ/96分/DCP/R18+/シネスコ

■監督 ヨルゴス・ランティモス
■脚本 ヨルゴス・ランティモス/エフティミス・フィリプ
■製作 ヨルゴス・ツルヤニス
■撮影 ティミオス・バカタキス
■編集 ヨルゴス・マブロプサリディス

■出演 クリストス・ステルギオグル/ミシェル・ヴァレイ/アンゲリキ・パプーリァ/マリア・ツォニ/クリストス・パサリス/アナ・カレジドゥ

■第62回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」グランプリ受賞/第83回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート

©XXIV All rights reserved

【2025/5/10(土)~5/16(金)上映】

支配と服従、自我の目覚め。

ギリシャのとある家。ごく普通に見えるこの家には秘密があった。両親が子どもたちを「家の中」だけで育ててきたのだ。邸宅の四方に高い塀をめぐらせ、外の世界がいかに恐ろしいかを信じ込ませるために作られた奇妙で厳格なルールの数々。塀の外には恐ろしい生物“ネコ”がいて、鋭い歯で食いちぎられてしまうと説明する父親。子どもたちは恐怖におののき、ネコが家に侵入してきたときに備えて、四つん這いになり犬のように吠える訓練をしている。彼らの生活は普通の家庭とは全く異なっていたが、純粋培養の中、子どもたちは健やかに育ち、幸せで平穏な日々を送っていた。だが、青年期に達した子どもたちは、外の世界に興味を覚え始め…。

『哀れなるものたち』につながる監督の原点がここにある。

第77回カンヌ国際映画祭男優賞受賞の最新作『憐れみの3章』に至るまで傑作揃いのフィルモグラフィーを彩ってきたランティモス監督。『籠の中の乙女』はその原点ともいうべき、「支配と服従、自我の目覚め」についての物語である。本作は、アカデミー賞外国語映画賞ノミネート、カンヌ「ある視点」部門でグランプリを受賞。ランティモス作品を貫くテーマを鮮烈に宿した長編3作目にして、その名を知らしめた出世作でもある。

家族の絆を誰にも壊されたくない父親の「妄執」と、それに振り回されて育った子どもたちの生活を描いた本作は、人間の怖さ、エゴイズム、理想の家庭とは何か?といった問いを、微細な心理描写とアーティスティックな映像による演出で描き出す。「どの家族にもそれぞれのルールがある」とするヨルゴス・ランティモス監督。その“あまりにも極端な状況”がクライマックスに向かう際の緊張とともに、観る者の心を揺さぶるだろう。

アルプス
Alps

ヨルゴス・ランティモス監督作品/2011年/ギリシャ・フランス・カナダ・アメリカ/93分/DCP/シネスコ

■監督 ヨルゴス・ランティモス
■脚本 ヨルゴス・ランティモス/エフティミス・フィリプ
■撮影 クリストス・ヴードゥーリス
■編集 ヨルゴス・モブロプサリディス

■出演 アンゲリキ・パプーリァ/アリアン・ラベド/アリス・セルベタリス/ジョニー・ヴェクリス/スタブロス・シラキス

■第68回ヴェネチア国際映画祭最優秀脚本賞受賞

© Haos Film

【2025/5/10(土)~5/16(金)上映】

第68回ヴェネチア映画祭脚本賞受賞、ランティモスが2011年に発表した日本未公開作

救急救命士、看護師、新体操選手とそのコーチから成る“アルプス”は、愛する人を亡くした人々のために故人を演じ、共に時間を過ごし、すべての要望を叶えることで喪失感を癒すサービスを提供する謎の集団。彼らには秘密厳守や報告義務など外部には知られてはならない厳しい掟があったが、看護師は自分が担当していた患者でもあった事故死したテニス選手をその両親や恋人のために演じるうち、現実と演技の境界線が分らなくなり、報告会に参加しなくなる。看護師の行動に疑問を持った救急士は看護師の後をつけて行動を監視し、彼女が掟を破っていることを知り制裁を加える。やがて看護師はその行動をエスカレートさせ狂気を帯びていく…。

『女王陛下のお気に入り』、『哀れなるものたち』、『憐れみの3章』などの鬼才ヨルゴス・ランティモスが2011年に発表した、第68回ヴェネチア国際映画祭最優秀脚本賞受賞作。愛する人を亡くした人々の喪失感を癒すため、故人を演じる謎の集団“アルプス”。噛み合わない台詞、常識を超えた設定と予測不可能な展開…。異形と不条理、シニカルな笑いに満ちたランティモス節全開の怪作。『籠の中の乙女』で国際的に高い評価を受けた直後、本作を完成させたランティモスはイギリスのロンドンに移住し、『ロブスター』、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』『女王陛下のお気に入り』と、国際スターが競演する英語作品を撮り続けている。

キネッタ
Kinetta

ヨルゴス・ランティモス監督作品/2005年/ギリシャ/96分/DCP/ビスタ

■監督 ヨルゴス・ランティモス
■製作 アティナ・ラヒル・ツァンガリ
■撮影 ティミオス・バカタキス
■編集 ヨルゴス・モブロプサリディス

■出演 エヴァンジェリア・ランドウ/アリス・セルベタリス

© 2005 HAOS FILMS

【2025/5/10(土)~5/16(金)上映】

オフ・シーズンのリゾート地を舞台に奇妙な行動をともにする男女を描く野心的なランティモスの単独長編監督デビュー作

ギリシャ南部の海辺の町キネタ。オフ・シーズンで人気が途絶え、海辺のホテルは閑散としている。ホテルで働く女、カメラマンの男、事故を起こした高級車に執着する男の3人は、町で起きた連続殺人事件を再現し、それをカメラに収める。やがて彼らの行動はエスカレートし、狂気を帯びていく…。

ヨルゴス・ランティモスが2005年に発表した、オフ・シーズンのリゾート地キネタを舞台に描く大胆で野心的な単独長編監督デビュー作。製作を『アッテンバーグ』の監督であるアティナ・ラヒル・ツァンガリが務めている。出演は『アッテンバーグ』のエヴァンジェリア・ランドウ、『林檎とポラロイド』や『アルプス』のアリス・セルベタリス。トロント国際映画祭やベルリン国際映画祭など数々の国際映画祭で上映され高い評価を獲得した。

【レイトショー】アッテンバーグ
【Late Show】Attenberg

アティナ・ラヒル・ツァンガリ監督作品/2010年/ギリシャ/96分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 アティナ・ラヒル・ツァンガリ
■製作 ヨルゴス・ランティモス
■撮影 ティミオス・バカタキス

■出演 アリアン・ラベド/ヨルゴス・ランティモス/エヴァンジェリア・ランドウ/ヴァンゲリス・モーリキス/アレクサンドロス・二アゴス

■第67回ヴェネチア映画祭最優秀女優賞受賞

© MMX HAOS FILM ALL RIGHTS RESERVED

【2025/5/10(土)~5/16(金)上映】

ランティモスが製作・出演した"ギリシャの奇妙な波"を代表する1本

23歳のマリーナは、海岸沿いの工場の町で建築家の父と暮らしている。父が設計した工場の中で育った彼女は、人間嫌いで、デヴィッド・アッテンボローの動物ドキュメンタリーばかり見ていた。男性経験の無いマリーナは、経験豊富な親友ベラとキスの練習やセックスに関する相談を重ねていたが、ある日、レストランでテーブル・フットボールの勝負を挑んできた若いエンジニア相手に実践を試みる。一方、マリーナの父は病に侵されていて、余命が少ないことを感じていた。そんな父のためにマリーナは、ベラにある頼み事をする…。

ヨルゴス・ランティモスが製作・出演した"ギリシャの奇妙な波"と呼ばれるムーブメントを代表する1本。監督は第59回ロンドン映画祭最優秀作品賞を受賞した『ストロングマン』のアティナ・ラヒル・ツァンガリ。第67回 ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映され、本作で長編映画デビューしたアリアン・ラベドが最優秀女優賞を受賞するなど高く評価された。ラべドとランティモスはこの作品で出会い結婚している。