パズー
食事をとること。服を着ること。家に住み、机や椅子を使うこと。
人が生活するうえで必要不可欠な「衣・食・住」という要素。今週の上映作品は、その暮らし向きを彩り豊かにしてくれるアーティストたちと、そんな天才の傍にいるパートナーの物語です。
『ポトフ 美食家と料理人』の料理人ウージェニーと、良き理解者で彼女の料理の一番のファンでもある美食家ドダンの完璧な信頼関係は、人との関わり方の理想的な形にみえます。いっぽう『ファントム・スレッド』の当代一の仕立て屋レイノルズと、彼のミューズになったアルマのスリリングな駆け引きには息苦しさを感じ、なぜふたりは一緒にいるのだろうと思うかもしれません。フィンランドを代表する建築家アルヴァ・アアルトと最初の妻アイノの関係もまた、幸せだけとは言い難い、けれどお互いがお互いを必要としていたことが、ドキュメンタリー『アアルト』で読まれる二人の手紙から計り知ることができます。
料理は食べてもらう人がいる。ドレスは着てもらう人がいる。家や家具は住んで、使ってもらう人がいる。料理人も仕立て屋も建築家も、決して一人では完結できないものと向き合っているからこそ、作品が生み出される時、隣に誰かの存在があることは当たり前なのです。月並みな言葉だけれど、人の生活に関わるものづくりに必要な重要なエッセンスは、他者へ向ける「愛」なのかもしれません。今週の作品たちが芸術家たちの物語であると同時にラブストーリーでもあるのはとても自然なことのように感じます。
また、『ポトフ~』も『ファントム・スレッド』も、そして『アアルト』も、時代的にも業界的にも男性優位の社会のなかで、自立した女性たちの姿にフォーカスが当てられています。芸術史の文献には書かれていなくても、表舞台に立つ男性たちの影で実際は女性たちが大きく影響を及ぼしていたことは、3作品に共通するテーマになっています。
そして、映画という芸術を作り出す映画監督という職業にも、同じことがいえるのではないでしょうか。映画は一人ではできません。監督と俳優、監督とスタッフとの関係があってこそ出来るものだし、あるいは、「作る」監督と「観る」観客がいてはじめて映画は完成されるのです。『ポトフ~』のトラン・アン・ユン監督も『ファントム・スレッド』のポール・トーマス・アンダーソン監督も、唯一無二の美学をもつ完璧主義者というイメージがありますが、そんな彼らの作品もまた、一人では作れない。たくさんの他者のなかで自分の表現したいことを形にし、それをまた見知らぬ他者に届けることが映画監督の仕事なのです。また、二人とも自分の妻の存在が作品に影響を与えているとインタビューで答えています。どんなにプロフェッショナルでも誰かの支えが必要だと知っているから、監督たちは登場人物に自らの姿を重ねているように思います。
他者と創作する歓びや葛藤を描いた映画たち。完成された作品――絶品のフレンチ、オートクチュールのドレス、美しい椅子や花瓶――に惚れ惚れしつつ、その(時にビターな)裏側をのぞいてみてはいかがでしょう。
【モーニングショー】アアルト
【Morning Show】Aalto
■監督 ヴィルピ・スータリ
■脚本 ヴィルピ・スータリ/ユッシ・ラウタニエミ
■撮影 へイッキ・ファルム/ヤニ・クンプライネン/トゥオモ・フトゥリ/マリタ・ハッルフォルス/ヤニ・ハクリ
■編集 ユッシ・ラウタニエミ
■音楽 サンナ・サルメンカッリオ
■出演 アルヴァ・アアルト/アイノ・アアルト
■声の出演 ピルッコ・ハマライネン/マルッティ・スオサロ
■2021年ユッシ賞(フィンランド・アカデミー賞)音楽賞・編集賞受賞
©Aalto Family ©FI 2020 – Euphoria Film
【2024/5/11(土)~5/17(金)上映】
人に寄り添うデザインは、いかにして生まれたか。
フィンランドを代表する建築家・デザイナー、アルヴァ・アアルト(1898-1976年)。不朽の名作として名高い「スツール60」、アイコン的アイテムと言える「アアルトベース」、そして自然との調和が見事な「ルイ・カレ邸」など、優れたデザインと数々の名建築を生み出した。そんなアルヴァ・アアルトのデザイナーとしての人生を突き動かしたのは、一人の女性だった――。
フィンランドを代表する、建築家でデザイナーのアルヴァ・アアルト 。色褪せない名作の誕生を陰で支えたのは、最初の妻アイノだった――。
「幼い頃、アアルトが設計した図書館で過ごし、彼の建築の虜になった」と語るフィンランドの新鋭ヴィルピ・スータリが、アルヴァの最初の妻、アイノとの手紙のやりとり、同世代を生きた建築家や友人たちの証言などを盛り込みながら、アアルトの知られざる素顔を躍動感溢れるタッチで描き出す。主張しすぎない。けれど、側に置くだけで心が豊かになり、日常が彩られる。人と環境に優しいデザインで、現代の生活にも溶け込む逸品はどのようにして生まれたのか。
2023年で生誕125周年となったアルヴァ・アアルト。アルテックの家具やイッタラのアイテムなど、後世に残る名作の誕生秘話も必見!
ポトフ 美食家と料理人
The Taste of Things
■監督・脚本・脚色 トラン・アン・ユン
■製作 オリヴィエ・デルボス
■製作総指揮 クリスティーヌ・ドゥ・ジェケル
■撮影 ジョナタン・リッケブール
■編集 マリオ・バティステル
■美術 トマ・バクニ
■アートディレクション・衣装 トラン・ヌー・イェン・ケー
■料理監修 ピエール・ガニェール
■出演 ジュリエット・ビノシュ/ブノワ・マジメル/エマニュエル・サランジェ/パトリック・ダスンサオ/ガラテア・ベルージ/ヤン・ハムネカー/フレデリック・フィスバック/ボニー・シャニョー・ラヴォワール/ジャン=マルク・ルロ/ヤニック・ランドライン/サラ・アドラー
■第76回カンヌ国際映画祭最優秀監督賞受賞/第96回アカデミー賞国際長編映画賞フランス代表
©2023 CURIOSA FILMS – GAUMONT – FRANCE 2 CINÉMA
【2024/5/11(土)~5/17(金)上映】
19世紀末、フランス。極上の料理をつくってきた二人が愛と人生をかけて挑む〈究極のポトフ〉とは?
〈食〉を追求し芸術にまで高めた美食家ドダンと、彼が閃いたメニューを完璧に再現する料理人ウージェニー。二人が生み出した極上の料理は人々を驚かせ、類まれなる才能への熱狂はヨーロッパ各国にまで広がっていた。ある時、ユーラシア皇太子から晩餐会に招待されたドダンは、豪華なだけで論理もテーマもない大量の料理にうんざりする。〈食〉の真髄を示すべく、最もシンプルな料理〈ポトフ〉で皇太子をもてなすとウージェニーに打ち明けるドダン。だが、そんな中、ウージェニーが倒れてしまう。ドダンは人生初の挑戦として、すべて自分の手で作る渾身の料理で、愛するウージェニーを元気づけようと決意するのだが ── 。
食を芸術に高めた二人に心と味覚を揺さぶられる 新たなるグルメ映画の金字塔!
深い絆と信頼で結ばれ互いをリスペクトしているが、プロとして自立しているウージェニーは、ドダンのプロポーズを断り続けてきた。そんな二人の料理への情熱と愛の行方が描かれる本作。
ウージェニーを演じるのはフランスを代表する名優ジュリエット・ビノシュ(『ショコラ』『真実』)、ドダンにはブノワ・マジメル(『ピアニスト』『愛する人に伝える言葉』)。『年下のひと』で共演し、実生活でパートナー関係にあった二人の20年ぶりの共演が実現した。
監督は繊細な映像美で高く評価されるトラン・アン・ユン(『青いパパイヤの香り』『夏至』『ノルウェイの森』)。調理過程の撮影はワンカット、魚や肉を焼く音が音楽、ミシュラン三つ星シェフのピエール・ガニェールが完全監修。新たな文化が繁栄した時代"ベル・エポック"に、“美食”もまた芸術のひとつとして追求された。つまり、〈食〉とは一大エンターテインメントだということ。その深さと楽しさを存分に堪能させてくれる、〈新たなるグルメ映画の傑作〉が誕生した!
ファントム・スレッド
Phantom Thread
■監督・脚本 ポール・トーマス・アンダーソン
■製作 ジョアン・セラー/ポール・トーマス・アンダーソン/ミーガン・エリソン/ダニエル・ルピ
■編集 ディラン・ティチェナー
■プロダクションデザイナー マーク・ティルズリー
■衣装 マーク・ブリッジス
■美術 デニス・シュネグ/クリス・ピーターズ/アダム・スクワイアーズ
■音楽 ジョニー・グリーンウッド
■出演 ダニエル・デイ=ルイス/ヴィッキー・クリープス/レスリー・マンヴィル/ブライアン・グリーソン
■2018年アカデミー賞衣装デザイン賞受賞・作品賞、監督賞ほか主要5部門ノミネート
© 2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved
【2024/5/11(土)~5/17(金)上映】
男は完璧な身体を求め、女は究極の愛を与えた
1950 年代のロンドン。英国ファッションの中心的存在として社交界から脚光を浴びる、オートクチュールの仕立て屋 レイノルズ・ウッドコックは、若きウェイトレス アルマと出会う。互いに惹かれ合い、レイノルズはアルマをミューズとして迎え入れ、魅惑的な美の世界に誘い込む。しかしアルマの出現により、完璧で規律的だったレイノルズの日常は思わぬ方向へ進んでいく――。
オートクチュールのドレスが導く、禁断の愛。名優ダニエル・デイ=ルイス引退作。
運命の恋に落ちた男女は、相手をどこまで自分のものにできるのか? 愛に屈し、自分を失うことは悦びか悲劇か? ポール・トーマス・アンダーソン監督(PTA)の長編第8作目となる『ファントム・スレッド』は、極上の恋愛にひと匙の媚薬を垂らした至高のドラマだ。これまでカリフォルニアを主な舞台にしてきたPTAが、本作では第二次大戦後の英国オートクチュール界を背景に、狂おしいほどの愛の物語を作り上げた。
主演は、アカデミー賞主演男優賞に三度輝き、本作で俳優業引退を表明したダニエル・デイ=ルイス。撮影前に約1年間ニューヨークの裁縫師のもとで修行を積み、稀代のドレスメーカーを演じることに全身全霊を捧げた。脇を固めるのは、本作で世界中から注目され、『ベルイマン島にて』『エリザベート1878』など話題作に出演が続くルクセンブルク出身のヴィッキー・クリープス、マイク・リー監督作品の常連レスリー・マンヴィル。さらに、ディオール、バレンシアガなど世界的デザイナーから着想を得た衣装の数々、ジョニー・グリーンウッドのクラシカルな旋律が映画を彩っている。