【2023/10/21(土)~10/27(金)】 『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地 』/『ノー・ホーム・ムーヴィー』『家からの手紙』『街をぶっ飛ばせ』

2022年の暮れに英国映画協会(BFI)が発表した「史上最高の映画トップ10」。シャンタル・アケルマンの代表作『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』が『めまい』や『市民ケーン』などを抑え堂々の1位に選ばれたことは記憶に新しい。

ランキングが設立された1952年以来、女性監督の作品がトップ10に入ることすら初めてだったそうだ。再評価が高まるアケルマン監督作品のフィルモグラフィーにおいて、今回上映する4作品は『ジャンヌ・ディエルマン』を含め、彼女の映画を語る上で欠かせない重要作たちであると断言してまず違いない。

『家からの手紙』と『ノー・ホーム・ムーヴィー』は極私的な作品である。21歳でブリュッセルからニューヨークへ渡ったアケルマンが、慣れない大都市で過ごした当時の映像と共に、時おり母親から送られてきた手紙を自ら朗読する音声が流れる。娘を心配する母の手紙から、アケルマン自身があまり返事を書いていないことがわかる以外、我々は母の手紙を読み上げる彼女の声、薄暗いニューヨークの街並みからしか2人の関係性や心情を想像するしかない。

遺作となった『ノー・ホーム・ムーヴィー』ではそんな母との最期の日々が綴られる。小型カメラと携帯電話で撮影された映像は、一見してみるとよくわからない風景や日常の連続かもしれない。できることならば、『家からの手紙』を先に観ることを個人的におすすめする。『ノー・ホーム・ムーヴィー』の編集中に母が亡くなり、その後を追うようにアケルマン自身も自ら命を絶ってしまったことを思うと、見える景色が違ってくるはずだ。

一方、デビュー作『街をぶっ飛ばせ』と『ジャンヌ・ディエルマン』を観ると、アケルマン自身の内面に潜むテーマが一貫していることが伺える。どちらも閉鎖された空間の中を1人の女性がせわしなく動き回り、最後は自らの手で破滅へと向かう。彼女たちの行動ひとつひとつから生じる小さな歪みは次第に大きくなっていき、胸騒ぎがしてくるだろう。でも、日常とは何気ない歪みの積み重ねであり、平穏と狂気は紙一重だ。彼女の作品で描かれる狂気は、私たちの生きている日常と何一つ変わらない。誰もそんなことに目を向けたりしないから、彼女が鬼才といわれる所以なのかもしれない。

今回上映する作品たちは、どれもアケルマン自身の人生が見えてくる。どうして「ジャンヌ・ディエルマン」という女性が生まれたのか。いかに彼女の中で「母」の存在が大きかったか。『家からの手紙』のラストシーン、遠ざかっていく霞がかったニューヨークの風景を思い出しながら今は亡き2人のことを考えてしまう。

ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地
Jeanne Dielman, 23, quai du commerce, 1080 Bruxelles

シャンタル・アケルマン監督作品/1975年/ベルギー/200分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 シャンタル・アケルマン
■撮影 バーベット・マンゴルト

■出演 デルフィーヌ・セイリグ/ジャン・ドゥコルト/ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ

© Chantal Akerman Foundation

【2023/10/21(土)~10/27(金)上映】

ジャンヌは思春期の息子と共にブリュッセルのアパートで暮らしている。湯を沸かし、ジャガイモの皮を剥き、買い物に出かけ、“平凡な”暮らしを続けているジャンヌだったが…。

アパートの部屋に定点観測のごとく設置されたカメラによって映し出される反復する日常。その執拗なまでの描写は我々に時間の経過を体感させ、反日常の訪れを予感させる恐ろしい空間を作り出す。主婦のフラストレーションとディティールを汲み取った本作の製作時、アケルマンは若干25歳だった。ジャンヌを演じるのは『去年マリエンバートで』(61)、『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』(72)、『インディア・ソング』(74)のデルフィーヌ・セイリグ。

英国映画協会(BFI)の発行する映画雑誌、「サ イト&サウンド」誌が10年ごとに発表している「史上最高の映画トップ10」の2022年版にて、本作は『めまい』や『市民ケーン』などを抑え1位に選ばれた。

街をぶっ飛ばせ
Saute ma ville

シャンタル・アケルマン監督作品/1968年/ベルギー/12分/DCP/ビスタ

■監督・出演 シャンタル・アケルマン
■撮影 ルネ・フルシュター

Collections CINEMATEK – ©Fondation Chantal Akerman

【2023/10/21(土)~10/27(金)上映】

当時18 歳だったアケルマンが、ブリュッセル映画学校の卒業制作として初めて監督、主演を務めた記念すべき処女作。花束を手にアパートの階段を駆け上がったひとりの女。鼻歌を口ずさみながらパスタをつくって食べ、調理器具をばらまき、洗剤をまき散らし、マヨネーズを浴びる。狭いキッチンで縦横無尽に暴れ回った彼女の支離滅裂な行動は、驚くべき事態で幕を閉じる。その後の反逆的な作品群の原点とも言える破壊的なエネルギーに満ちた、あまりに瑞々しい短編。

家からの手紙
News from Home

シャンタル・アケルマン監督作品/1976年/ベルギー・フランス/85分/DCP/スタンダード

■監督 シャンタル・アケルマン
■撮影 バーベット・マンゴルト、リュック・ベナムー

Collections CINEMATEK – ©Fondation Chantal Akerman

【2023/10/21(土)~10/27(金)上映】

路地、大通りを走る車、駅のホームで電車を待つ人々、地下道… 1970年代ニューヨークの荒涼とした街並みに、母が綴った手紙を読むアケルマン自身の声がかぶさる。固定ショットやトラベリングで映し出される公共のロケーションと、時折車の音に掻き消されながらも朗読される、愛情溢れる言葉の融合。都会の寂しさと、遠く離れた家族の距離がエレガントな情感を持って横たわる、映画という〈手紙〉。

ノー・ホーム・ムーヴィー
No Home Movie

シャンタル・アケルマン監督作品/2015年/ベルギー・フランス/112分/DCP/ビスタ

■監督・撮影 シャンタル・アケルマン

Collections CINEMATEK – ©Fondation Chantal Akerman

【2023/10/21(土)~10/27(金)上映】

ポーランド系ユダヤ人であるアケルマンの母親の日常をアケルマン自身が撮影、ブリュッセルのキッチンで、時にはテレビ電話越しの会話で語られるのはささやかな日々の出来事や家族の思い出、そしてアウシュヴィッツ収容所で過ごした母の記憶。母は編集作業中に亡くなり、アケルマンも本作が完成した後にこの世を去った。女性たちの姿を描き続けた彼女が最後に探求した自らのアイデンティティとは。深い痛みと愛情に満ちたドキュメンタリー。