ぽっけ
アウシュビッツ以後、詩を書くことは野蛮である。―テオドール・アドルノ
今週の早稲田松竹は『アス』と『ハウス・ジャック・ビルト』の二本立て。ホラーやシリアルキラーもの、ある意味ではジャンル映画の形式を使って我々を驚かせながらも、さらに深淵なテーマに向かって映画を作り出す現代作家たちのハイブリットな感性は我々の常識を揺さぶり、多くの新たな感覚を呼び起こします。
建築家を夢見ながらも思い通りの家を建てることができずにいる建築技師ジャック。戯れに人を殺し、写真に撮る。平然としたその態度はまさしく快楽殺人者。一体次の瞬間に何をするのか分からない恐怖感は、その露悪的な内容とは裏腹に観ている私たちの目を釘付けにしてしまいます。(なぜ人はこういうものから目を離さないのでしょうね)
一人の快楽殺人者(シリアルキラー)を描いて、ある意味で西洋における人類の歴史を語ろうとする『ハウス・ジャック・ビルト』は(決して一緒にして欲しくないでしょうが)よりよく生きようとする一人の人間のエゴ、性(さが)が人を転落させていく様を描いています。その残酷さ、自己肯定的に哲学や言葉を展開させていく自我の強さはまさしく人間だけが持っている恐ろしさではないでしょうか。
ジョーダン・ピール監督の『アス』は今まで豊かな生活からは見えない場所に隠されていた「影」たち、ドッペルゲンガーが突然自分たちを襲う物語です。自分そっくりの者たちに襲われる恐怖。その恐怖の根源は自分自身の中にあります。ピール監督はこの物語を「これはプリヴィレッジ(恵まれていること)とギルト(罪悪感)についての物語なんだ」と話します。
映画の冒頭でTVに写される「ハンズ・アクロス・アメリカ※1」に象徴される「偽善的」慈善チャリティ。実際に生活に苦しむホームレスの姿は見えず、手をつないだ人々が大陸を縦断する姿は、むしろアメリカの影の姿を象徴的に表しています。その最も恐ろしいところは、貧困だけではなく、アメリカの歴史そのものをも覆い隠してしまうような人間たちの無自覚な偽善の姿かもしれません。
人類の歴史の影の部分を露わにする作家たち。それは文明批判でしょうか?いや、彼らは人類が過去に犯した罪、そしてそれを見て見ぬふりをしていることを断罪するものではありません。それよりもむしろその表面的な趣向に戯れながら、恐怖の自画像を描くことで、まだ自分のことを知らない私たちに初めて自分の姿を見るような新鮮さをもって無自覚な野蛮さを伝えようとしているのではないでしょうか。
※1
映画の冒頭TVの画面に映る「ハンズ・アクロス・アメリカ」というイベントは、1986年にアメリカの西海岸から東海岸、カリフォルニアからニューヨークまでの約6600キロを人々が手をつなぐという実際にあった慈善イベント。ホームレスや貧困層の救済のために行われたチャリティーイベントであったが参加者が思うように集まらず失敗に終わった。
(ぽっけ)
ハウス・ジャック・ビルト
The House That Jack Built
■監督・脚本 ラース・フォン・トリアー
■原案 イェンレ・ハロン/ラース・フォン・トリアー
■撮影 マヌエル・アルベルト・クラロ
■編集 モリー・マレーネ・ステンスゴード
■出演 マット・ディロン/ブルーノ・ガンツ/ ユマ・サーマン/シオバン・ファロン/ソフィー・グローベール/ライリー・キーオ/ジェレミー・デイビス
©2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN
【2020年1月25日から1月31日まで上映】
魅了され、狂わされ、果てしなく堕ちる――強迫性障害の殺人鬼、ジャック。12年間の告白。
1970年代の米ワシントン州。ハンサムな独身の技師ジャックが、車の故障で雪道に立ち往生している女性に請われ、彼女を修理工場まで送り届ける。しかしその女性の傲慢な振る舞いに怒りを爆発させたジャックは、工具で彼女を撲殺してしまう。
その後、アートを創作するかのように殺人に没頭し、見知らぬ他人から自分の恋人まで手当たり次第に惨殺したジャックは、湖畔のほとりの土地を購入し、理想の家を建てるという夢を実現しようとするのだが…。
カンヌで賛否まっぷたつの大反響を呼んだ破格の鬼才ラース・フォン・トリアーの最新作!
前作『ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2』以来5年ぶりのラース・フォン・トリアーの最新作『ハウス・ジャック・ビルト』は、ひとりのシリアル・キラーの12年間におよぶ軌跡をたどる物語。問題発言をしたことでカンヌから追放処分を受けたトリアーは本作のアウト・オブ・コンペティション出品で7年ぶりのカンヌ復帰を果たした。ところが、公式上映では過激な仕上がりゆえ途中退出者が続出、一方で上映終了後には盛大なスタンディングオベーションが沸き起こり、賛否まっぷたつの異様な興奮に包まれた。
主演に『クラッシュ』のマット・ディロンを迎え、共演にユマ・サーマン、ライリー・キーオ、ジェレミー・デイビス、そして惜しくも先頃逝去したブルーノ・ガンツほか、豪華個性派俳優が脇を固める。さらに、劇中ではジャックが敬愛するピアニスト、グレン・グールドの演奏風景、デヴィッド・ボウイの「フェイム」といった映像フッテージやヒットナンバーをフィーチャー。トリアーの過去作の場面をモンタージュしたシークエンスにもド肝を抜かれる。
米国映画協会(MPAA)の審査により全米公開時には一部本編がカットされたが、このたび日本では完全ノーカット版での上映が実現した。
アス
Us
■監督・脚本 ジョーダン・ピール
■製作 ジョーダン・ピール/ジェイソン・ブラム/ショーン・マッキトリック/イアン・クーパー
■撮影 マイケル・ジオラキス
■編集 ニコラス・モンスール
■音楽 マイケル・エイブルズ
■出演 ルピタ・ニョンゴ/ウィンストン・デューク/エリザベス・モス/ティム・ハイデッカー/シャハディ・ライト・ジョセフ/エヴァン・アレックス/カリ・シェルドン/ノエル・シェルドン
■2019年NY批評家協会賞主演女優賞受賞
© Universal Pictures
【2020年1月25日から1月31日まで上映】
“わたしたち”がやってくる
アデレードは夫のゲイブ、娘のゾーラ、息子のジェイソンと共に夏休みを過ごす為、幼少期に住んでいた、カリフォルニア州サンタクルーズの家を訪れる。早速、友人達と一緒にビーチへ行くが、不気味な偶然に見舞われた事で、過去の原因不明で未解決なトラウマがフラッシュバックする。
やがて、家族の身に恐ろしいことが起こるという妄想を強めていくアデレード。その夜、家の前に自分たちとそっくりな“わたしたち”がやってくる…。
『ゲット・アウト』のジョーダン・ピール監督最新作! 映画の歴史を塗り替えたサプライズ・スリラー
『ゲット・アウト』の監督ジョーダン・ピールと制作会社"ブラムハウス・プロダクションズ"が再びタッグを組んで贈るのは、オリジナリティあふれるサプライズ・スリラー『アス』。自分たちと瓜二つの姿をした集団に遭遇した一家に起こる惨劇を描く。
主演に挑むは『それでも夜は明ける』でアカデミー賞助演女優賞を受賞したルピタ・ニョンゴ。共演は『ブラックパンサー』のウィンストン・デューク、「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」のエリザベス・モス。
ある日突然、自分たちと姿かたちがそっくりな集団が襲ってきたら? あちこちに散りばめられたアメリカの社会問題への風刺や巧みな伏線、数々のジョークにも注目。そして最後に待ち受ける大どんでん返し・・・極上のエンターテイメント・ホラーが誕生した。