『侍タイムスリッパー』『碁盤斬り』/『切腹』『上意討ち 拝領妻始末』

【2025/6/28(土)~7/4(金)】『侍タイムスリッパー』『碁盤斬り』/『切腹』『上意討ち 拝領妻始末』

もっさ

今週の早稲田松竹は「武士道はつらいよ」と題しまして、新旧侍映画4選を日替わり二本立て上映にてお届けいたします。新作の二本立ては、『碁盤斬り』と『侍タイムスリッパー』。この二作品は、私が昨年鑑賞した作品の中で、超個人的ランキングトップ2…いや、どちらが1位か2位かと甲乙つけがたい、まさに大傑作! この組み合わせで上映できるなんて嬉しい限りでございます。

落語の演目「柳田格之進」をもとに作られた『碁盤斬り』は、囲碁×武士×復讐という異色の組み合わせ。落語では主人公・柳田格之進と、彼と囲碁を嗜む萬屋源兵衛とのすったもんだを軸に、誇り高き武士の生きざまを描く人情噺となっております。元のストーリーだけでも充分面白いのですが、映画では柳田が浪人になった真相と復讐劇が加わることで、怒涛の展開にどんどん引き込まれます。囲碁の真剣勝負だけでなく殺陣シーンも盛り込まれるなど、見事なエンタメ時代劇へと昇華しております。

対して、『侍タイムスリッパー』は、幕末から現代の時代劇撮影所にタイムスリップしてきちゃった侍・高坂新左衛門が、“切られ役”として生きていくという、笑いあり涙ありの感動ドタバタコメディです。時代劇といえば制作費が高く、普通は数億~数十億円もかかることもあるそうですが、それを自主映画で撮ろうとしたことがまず、すごい! 脚本が面白いからと、東映京都撮影所が特別協⼒したという話にもグッときますし、監督の預金残高が7000円になっていたという逸話にも泣けちゃいます。そして、単館上映されるやいなや、口コミが広がり全国ロードショーへと拡大。さらには日本アカデミー賞を受賞するという、時代劇が衰退しつつあるこの時代に奇跡の大躍進を遂げた、激烈・胸アツ作品なのです。

さて、旧作の二本立ては、両作ともに小林正樹監督の『切腹』と『上意討ち 拝領妻始末』。どちらも時代小説家・滝口康彦の原作をベースに、武士道精神の残酷性や、封建社会の非人道性を描いています。タイトルからして不穏な空気が漂っていますよね。新作の方では武士道の陽の部分が光りますが、旧作ではその陰の部分に焦点があたっております。

『切腹』は「切腹のために、玄関先を借りたい」と老浪人・津雲半四郎が井伊家の江戸屋敷を訪れるところから物語は始まります。一体どうしてそんな行動に出たのか…それが半四郎と井伊家の家老との会話と入り乱れる回想シーンから、徐々に真相が明らかになっていきます。この構成が見事で、ラストのどんでん返しに感服です。主演の仲代達矢は当時29歳という若さで50代の浪人を演じているのも衝撃。さらに、終盤で描かれる丹波哲郎との決闘シーンは真剣が使われており、ただならぬ緊張感が走ります。その迫力はぜひスクリーンで!

『上意討ち 拝領妻始末』もまた、時代と権力に翻弄される武士を描きます。殿との間に子を持つお市の方を、突然、長男の妻として拝領せよと命ぜられる笹原伊三郎。困惑しながら従うけれど、夫婦の仲も良く幸せに暮らしていたところで、また差し戻せとの命が下り…。という、なんて非情なやりとりなのかと面食らってしまいます。しかし、「女はモノじゃないんだよ!」という我々観客の気持ちを、伊三郎が勇ましく堂々と代弁してくれます。武士としては命令に背くというあるまじき行為ではありますが、その真っすぐな眼差しと佇まいは武士そのものであります。主演は貫禄たっぷりな三船敏郎。本作にも出演している仲代達矢との殺陣も必見です!

昨年、戦国時代を舞台にしたアメリカのドラマシリーズ「SHOGUN 将軍」がエミー賞を受賞したのは記憶に新しいですよね。プロデューサーであり主演を務めた真田広之さんのスピーチが忘れられません。「時代劇を継承し、支えてきてくださったすべての方々。あなた方から受け継いだ情熱と夢は海を渡り、国境を越えました。」――まさに、こうして引き継がれていくのだと、映画を観ながらこの言葉を思い浮かべるのでした。

映画としては、全作品「最高!」ですが、「正直、武士道って、つらいよ!!」の一言に尽きる一週間です。時代劇の全盛期に撮り上げられた『切腹』と『上意討ち 拝領妻始末』、そして先人たちの想いを継いで作られたであろう『碁盤斬り』と『侍タイムスリッパー』。心震える時代劇をたっぷりご堪能ください!

碁盤斬り
Bushido

白石和彌監督作品/2024年/日本/129分/DCP/シネスコ

■監督 白石和彌
■脚本 加藤正人
■撮影 福本淳
■編集 加藤ひとみ
■音楽 阿部海太郎

■出演 草彅剛/清原果耶/中川大志/奥野瑛太/音尾琢真/市村正親/立川談慶/中村優子/斎藤工/小泉今日子/國村隼

©2024「碁盤斬り」製作委員会

【2025/6/21(土)~6/27(金)上映】

「父は、一旦こうと決めたら、何があっても後には引きません。」

浪人・柳田格之進は身に覚えのない罪をきせられた上に妻も喪い、故郷の彦根藩を追われ、娘のお絹とふたり、江戸の貧乏長屋で暮らしている。しかし、かねてから嗜む囲碁にもその実直な人柄が表れ、嘘偽りない勝負を心掛けている。

ある日、旧知の藩士により、悲劇の冤罪事件の真相を知らされた格之進とお絹は、復讐を決意する。お絹は仇討ち決行のために、自らが犠牲になる道を選び…。

主演・草彅剛 ×監督・白石和彌 ある《冤罪事件》に巻き込まれた男の怒りを目撃せよ! 父娘の絆を斬ってもなお、武士には守らねばならない誇りがあった。

第44回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した『ミッドナイトスワン』の草彅剛が次に選んだ役は、囲碁の達人で、武士の誇りを賭けて復讐に燃える男・格之進。時代劇を初めて手掛ける『孤狼の血』の白石和彌監督と強力なタッグを実現し、新境地を切り開いた。共演は、一人娘を演じる清原果耶を始め、中川大志、市村正親、斎藤工、小泉今日子、國村隼と錚々たる豪華絢爛な顔ぶれが集結。

堅物なヒーローが囲碁を武器に死闘を繰り広げる、疑心と陰謀渦巻く愛と感動のリベンジ・エンタテイメントが誕生した。

侍タイムスリッパー
A Samurai in Time

安⽥淳⼀監督作品/2024年/日本/131分/DCP/ビスタ

■監督・脚本・撮影・照明・編集・車両他 安⽥淳⼀
■特別協力 進藤盛延
■殺陣 清家⼀⽃
■床⼭ 川⽥政史
■時代劇⾐装 古賀博隆/⽚⼭郁江
■照明 ⼟居欣也/はのひろし
■助監督 高垣博也/沙倉ゆうの

■出演 ⼭⼝⾺⽊也/冨家ノリマサ/沙倉ゆうの/峰蘭太郎/紅萬子/福田善晴/井上肇/田村ツトム/庄野﨑謙/安藤彰則

■第48回日本アカデミー賞最優秀作品賞・最優秀編集賞受賞、ほか5部門ノミネート

©2024未来映画社

【2025/6/21(土)~6/27(金)上映】

それがし、「斬られ役」にござる。

時は幕末、京の夜。会津藩士・高坂新左衛門は、密命のターゲットである長州藩士と刃を交えた刹那、落雷により気を失う。眼を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所。行く先々で騒ぎを起こしながら、江戸幕府が140年前に滅んだと知り愕然となる新左衛門。一度は死を覚悟したものの、やがて「我が身を立てられるのはこれのみ」と、磨き上げた剣の腕だけを頼りに撮影所の門を叩く。「斬られ役」として生きていくために…。

幕末の侍が時代劇撮影所にタイムスリップ?! 日本中に旋風を巻き起こした奇跡の大ヒット時代劇!

コメ農家でもある安田淳一監督の長編3作目である『侍タイムスリッパー』。「⾃主映画で時代劇を撮る」という無謀な試みに「脚本がオモロいから」と東映京都撮影所が特別協⼒した本作は、わずか10名⾜らずのロケ隊ながら奇跡的に完成、23年10⽉の京都国際映画祭でプレミア上映されると、笑あり涙ありのチャンバラ活劇でありながら、衰退しつつある時代劇への愛あふれるオマージュに場内は万雷の拍⼿と歓声に包まれた。

幕末の侍があろうことか時代劇撮影所にタイムスリップ、「斬られ役」として第二の人生に奮闘する姿を描いた本作は、コメディでありながら人間ドラマ、そして手に汗握るチャンバラ活劇でもある。昨年8月に単館公開後、SNSを中心に絶賛クチコミの嵐に包まれ、全国拡大上映へ。そしてついに、2025年の日本アカデミー賞において最優秀作品賞を受賞するという快挙を達成。奇跡のインディーズ時代劇が誕生した。

上意討ち 拝領妻始末
Samurai Rebellion

小林正樹監督作品/1967年/日本/121分/35mm/シネスコ

■監督 小林正樹
■原作 滝口康彦
■脚本 橋本忍
■撮影 山田一夫
■美術 村木与四郎
■音楽 武満徹

■出演 三船敏郎/司葉子/加藤剛/仲代達矢/神山繁/三島雅夫

■第28回ヴェネチア国際映画祭国際映画批評家協会賞受賞/第41回キネマ旬報ベスト・テン1位

© 1967 東宝

【2025/6/21(土)~6/27(金)上映】

三船敏郎主演!  組織と個人の問題に切り込んだ格調高い時代劇

会津藩馬廻り役の笹原家に藩命で嫁がされた主君の側室を、家の者たちは優しく受け入れた。しかし数年後、今度はいきなり返上せよとの勝手極まる理不尽な命が下り、憤った家の者たちが反旗を翻し、悲劇的顛末を迎える。

1962年の『切腹』に続いて滝口康彦の「拝領妻始末」を原作とし、改めて封建制度の非人道性を説いていく時代劇大作。そこには先の戦争へ至った日本人独自の精神構造を突き詰めていこうとする小林の意図もこめられているようだ。ヴェネチア国際映画祭映画批評家協会賞受賞。

切腹
Harakiri

小林正樹監督作品/1962年/日本/134分/35mm/シネスコ

■監督 小林正樹
■原作 滝口康彦
■脚色 橋本忍 
■撮影 宮島義勇
■照明 蒲原正次郎
■美術 大角純一/戸田重昌
■音楽 武満徹

■出演 仲代達矢/三國連太郎/石浜朗/丹波哲郎/岩下志麻

■第16回カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞/第17回毎日映画コンクール作品賞・音楽賞ほか2部門受賞/第13回ブルーリボン賞主演男優賞・脚本賞・録音賞受賞

『切腹』©1962 松竹株式会社

【2025/6/21(土)~6/27(金)上映】

“静”と“動”の絶妙な演出で虚飾にまみれた武家社会を豪快に暴く異色時代劇

寛永7年。井伊家の屋敷に津雲半四郎と名乗る浪人が訪れ、庭先を借りての切腹を申し出た。これは、生活に困った武士の当世流のたかりなのである。井伊家の家老は、しばらく前にも同じような申し出をした若い武士のことを思い出した。庭の真中で切腹に臨む半四郎。介錯人に不服を漏らすその口から、意外な事実が吐き出される。そして半四郎の娘婿の悲劇など、次々と人間性を抑圧する武士道社会の虚飾と残酷さが暴かれていった…。

小林正樹が初めて手掛けた本格時代劇映画。滝口康彦の「異聞浪人記」を原作に、橋本忍の時間軸を錯綜させた秀逸な脚本構成と、宮島義勇の重厚な撮影、そして武満徹の琵琶などの和楽器を主とした斬新な音楽などを得て、封建社会の非人道性を露にするとともに、世界に通用するエンタテインメント作品として屹立させた名作。

“HARAKIRI”の英題でカンヌ国際映画祭に出品された際は「ギリシャ悲劇が日本にもあったのか?」と喝采を浴び、小林の世界的名声を揺るぎないものとした。撮影当時29歳にして50代の浪人を演じた仲代達矢は、本身(真剣)を用いた殺陣の緊張感も含めて、もっとも忘れられない作品になったとのことである。