今回特集するのは現在最も注目されるヨーロッパの俊英監督ふたりの最新作です。どちらも共通するテーマを持ちながら、それぞれの主人公のキャラクターが好対照なのが面白いところです。
『未来よ こんにちは』の主人公の哲学者ナタリーは母の死や夫の不倫など、日常の平穏さを掻き乱す出来事をタイトル通りごく自然に迎え入れる強さを持っています。一見悲劇的に見える事柄も、漠然ととらわれていた「晩年」のイメージから彼女を解放し、新しい生き方を見つける転機へと変えてしまうのです。それはとりもなおさず、その先に待っている老いや死の予感すら恐れることなく新しい人生の局面として受け入れ、語弊を恐れずにいえば愉しみに変える強さを持っている、ということだと思います。簡単には言えても実際には難しいそんな「自然体」な生き方を、現在60代のイザベル・ユペールは軽やかに体現します。
ことさら派手にドラマチックなことは起こらない本作ですが、その背後には人間の生と死を自然の営みとして見る、小津安二郎映画にも通じる透徹したまなざしがあり、それが奥深いダイナミズムを生み出しています(こんなに円熟した作品をつくるミア監督がまだ三十代半ばなのには、改めてびっくりさせられます)。
過去を振り返らず毅然と未来へ歩むナタリーとは反対に、『ありがとう、ト二・エルドマン』のヴィンフリートお父さんは、これからの運命をひとりぼっちで受け入れることが寂しくて仕方ありません。孤独なうえに娘が心配な父と、彼への複雑な想いに引き裂かれる娘。その言葉にならない感情の推移がまるでドキュメンタリーのように生々しく描かれる本作は、全編リアリズムに貫かれているのに、呆れるほどの飛躍ある展開が不思議な笑いを生み出す破格のコメディです。決して説明的な描写はないのに、彼らの一挙手一投足の中にかつて過ごした親密で愛おしい時間が繊細に立ち現れるのです。とはいえ、そんな時間が浮き彫りになればなるほど、その時間はもう決して戻らない、という事実もはっきりしてくるところが本作の可笑しくも切ないところです。
「義務に追われているうちに人生は終ってしまう。後で大切さがわかる。でもその瞬間は…分からない」。『ありがとう トニ・エルドマン』の終盤に出てくるこのセリフは、『未来よ、こんにちは』のテーマとも通底します。誰にとっても限られた人生。過ぎ去っていく一瞬一瞬をどう生きるべきか。両作とも間口の広いユーモラスな語り口によって、わたしたち一人ひとりを人生の考察へと誘ってくれます。
未来よ こんにちは
L'avenir
(2016年 フランス/ドイツ 102分 ビスタ)
2017年12月9日から12月15日まで上映
■監督・脚本 ミア・ハンセン=ラブ
■製作 シャルル・ジリベール
■脚本 サラ・ル・ピカール/ソラル・フォルト
■撮影 ドニ・ルノワール
■編集 マリオン・モニエ
■出演 イザベル・ユペール/アンドレ・マルコン/ロマン・コリンカ/エディット・スコブ
■第66回ベルリン国際映画祭銀熊(監督)賞受賞
©2016 CG Cinema ・ Arte France Cinema ・ DetailFilm ・ Rhone-Alpes Cinema
パリの高校で哲学を教えているナタリーは、教師の夫と独立している二人の子供がいる。年老いた母親の面倒をみながらも充実していた日々。ところがバカンスシーズンを前にして突然、夫から離婚を告げられ、母は他界、仕事も時代の波に乗りきれずと、気づけばおひとり様となっていたナタリー。まさかというくらいに、次々と起こる想定外の出来事。だがナタリーは、うろたえても立ち止まりはせずに…。
第66回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品され、銀熊(監督)賞に輝いた『未来よ こんにちは』。 『グッバイ・ファーストラブ』、『EDEN/エデン』など瑞々しい感性と柔らかな語り口で、弱冠35歳にしてエリック・ロメールの後継者と称されてきたミア・ハンセン=ラブ監督が今回の主役に据えたのは50代後半の女性。 フランスの大女優イザベル・ユペールを想定して脚本を書いたというだけあって、彼女の魅力が最大限に引き出され、孤独や時の流れをしなやかに受け入れていくヒロインが鮮やかに誕生した。 今、フランスでもっとも注目を集める監督と女優が生み出した、愛に満ちた感動の人間ドラマだ。
ブルターニュの海、パリの新緑の輝き、フレンチ・アルプスに降り注ぐ美しい光線など、大いなる自然のおおらかさ、そして悲しみの中にも存在するユーモア。『未来よ こんにちは』からは、さまざまな色が混在して成立する点描画のような人生が浮かび上がってくる。 また、映像の美しさと共に、シューベルトの「水の上で歌う」、映画『ゴースト/ニューヨークの幻』でもおなじみの甘い旋律の「アンチェインド・メロディ」など、観る者を優しく包んでいく音楽も印象的だ。ボブ・ディランの師匠ともいえるウディ・ガスリーの楽曲でも監督のセンスが光る。
ありがとう、トニ・エルドマン
TONI ERDMANN
(2016年 ドイツ/オーストリア 162分 ビスタ)
2017年12月9日から12月15日まで上映
■監督・製作・脚本 マーレン・アデ
■製作 ヤニーネ・ヤツコフスキ/ヨナス・ドルンバッハ/ミヒェル・メルクト
■撮影 パトリック・オルト
■編集 ハイケ・パープリース
■出演 ペーター・ジモニシェック/ザンドラ・ヒュラー/ミヒャエル・ヴィッテンボルン/トーマス・ロイブル/イングリット・ビス
■2016年アカデミー賞外国語映画賞ノミネート/カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞受賞/ヨーロッパ映画賞作品賞・監督賞・男優賞・女優賞・脚本賞受賞/カイエ・デュ・シネマ 2016年映画ベスト1/サイト&サウンド 2016年映画ベスト1 ほか多数受賞・ノミネート
©Komplizen Film
悪ふざけが大好きな父・ヴィンフリートとコンサルタント会社で働く娘・イネス。性格も正反対なふたりの関係はあまり上手くいっていない。たまに会っても、イネスは仕事の電話ばかりして、ろくに話すこともできない。そんな娘を心配したヴィンフリートは、愛犬の死をきっかけに、彼女が働くブカレストへ。父の突然の訪問に驚くイネス。ぎくしゃくしながらも何とか数日間を一緒に過ごし、父はドイツに帰って行った。
ホッとしたのも束の間、彼女のもとに、<トニ・エルドマン>という別人になった父が現れる。職場、レストラン、パーティー会場──神出鬼没のトニ・エルドマンの行動にイネスのイライラもつのる。しかし、ふたりが衝突すればするほど、ふたりの仲は縮まっていく…。
カイエ・デュ・シネマ、サイト&サウンドといった各国の有力誌がこぞって2016年の映画ベスト1に選び、スクリーン・インターナショナルの星取りでは、歴代最高得点をたたき出した『ありがとう、トニ・エルドマン』。互いに思い合っているにも関わらず、今ひとつ噛み合わない父と娘の普遍的な関係を、温かさと冷静な視線をあわせ持った絶妙のユーモアで描きながら、グローバル化が進む社会で、人間にとって「本当の幸福」とは何かを問う。
本作が長編3作目となるマーレン・アデ監督は、第69回カンヌ国際映画祭において批評家から絶大なる支持を獲得。主要賞は逃したものの「観客と批評家にとってのパルムドール」と言わしめ、ドイツ、フランスでは異例の大ヒットを記録した。また、アメリカ公開の際に、本作を観て惚れ込んだジャック・ニコルソンが、自ら名乗りを上げハリウッド・リメイクが決定。引退表明を撤回し、リメイク版で自ら父親役を演じるという。