1924年グルジア(現・ジョージア)のトリビシに生まれたアルメニア人映画監督。鮮やかな色彩と様式による作風は世界映画史上、他に例がなく、死後は年ごとに評価が高まっている。1947年以後、数回に渡り投獄され、強制労働により不自由な生活を強いられながらも、監督や脚本家としてだけではなく、画家や工芸家としても素晴しい作品を残し、人々を魅了している。
・アンドリエーシ(55)
・村一番の若者(58)<未>
・ウクライナ・ラプソディー(61)<未>
・石の上の花(62)
・火の馬(64)
・ざくろの色(71)
・スラム砦の伝説(84)
・ピロスマニのアラベスク(85)
・アシク・ケリブ(88)
※長編監督作品
今回上映するパラジャーノフの映画群ほど「辺境的」という言葉がぴったりくる作品も珍しいと思います。毎回一応物語はあるのですが、そこではモンタージュや劇的な語りといった既存のフィクションの文法がことごとく無視されていきます。強烈な色彩感覚と絵画的な構図に貫かれたその作品世界は、まったくオリジナルとしか言いようのない独自の映画文法を編み出しているのです。パラジャーノフ自身は由緒あるモスクワの国立映画学校で学んでおり、映画の基本的な技術を知らないはずはありません。実際に初期には比較的オーソドックスな物語映画を作っていたにも関わらず、何故これほど極端な語り口を採用するに至ったのでしょう。
想像するに、彼が根っからのつむじ曲がりであるという以上に、グルジア(現 ジョージア)やアルメニアといった地方の物語を題材にしていることが大きく関係しているのだと思います。独特の文化や民族性を愛する彼にとって、古典的でオーソドックスな語り口では、その魅力を十分に伝えることはできないと考えたのでしょう。つまり奇をてらったわけではなく、その題材に適切な語り口を自ら発明したに過ぎないのだと思います。とはいえ、そんな真摯な芸術家の姿勢が社会主義国で歓迎されることはなく、上映禁止処分を受けるばかりか、五年近くも投獄されるという過酷な現実に晒されてしまいます。結局、『ざくろの色』以降、『アシク・ケリブ』や『スラム砦の伝説』といった作品が製作されるのは、ゴルバチョフによるソ連の自由解放が進んだ80年代以降になってしまうのでした。
命を賭してまで自らの芸術を貫いたパラジャーノフですが、その作品は少しも堅苦しくありません。異様な作品世界を難解だと身構えてしまう方もいらっしゃるとは思いますが、そこには常に観る者を陶酔させる色彩感覚と豪胆なユーモアがあり、地方色の濃厚な美しい音楽に彩られています。それは一般的な劇映画というより、音楽や舞踏、絵画のように観客の感覚に直接訴えかけてくる独自の芸術といった方が適切なのかもしれません。その奔放な作品群は、単なる映画を超え、私たちの価値観を変えてしまうほどの豊かなパワーが溢れています。まとめて観賞できるこのチャンスに、この魅惑の作品世界にぜひ身をゆだねて頂きたいと思います。
(ルー)
火の馬
Тени забытых предков
(1964年 ソ連 92分 SD)
2017年7月29日から7月31日まで上映
■監督・脚本 セルゲイ・パラジャーノフ
■原作 ミハイル・コチュビンスキー
■脚本 イワン・チェンディ
■撮影 ユーリー・イリエンコ
■美術 M・ラコフスキー/G・ラクートビッチ
■出演 イワン・ミコライチューク/ラリーサ・力ードチニコワ/タチヤーナ・ベスタエワ/スペルタク・バガシヴィリ
★3日間上映
ウクライナの南、カルパチア山地に住むペトリュクとグデニュクの二つの氏族は、何世代にもわたっていがみあいが続いていた。ある日、両家の車軸がふれあったことから、グデニュクはペトリュクを斧で殺してしまった。悲しみにくれるペトリュクの妻。しかし、敵同志であるはずの両家の子供たち、イワンコ・ペトリュクとマリチカ・グデニュクの二人は幼い時から兄弟のように遊びたわむれ、大人になったいま、互いに愛し合うようになっていた…。
原作はウクライナの文豪ミハイル・コチュビンスキーの「忘れられた祖先の影」。ウクライナの南、カルパチア山地に生まれた“ロミオとジュリェット”風の悲恋物語である。恋の幻影にとりつかれて死の苦悩におちこむ主人公イワンコの内面を、大胆で新鮮な映像感覚と独自の構成で幻想豊かな画面に描くとともに、鮮やかな色彩効果のなかに特異な民族の生活と風習が浮き彫りにされる。
それまでのソビエト映画からは想像することもできなかった宗教的で耽美的な映像で、パラジャーノフの名は一躍世界的に知られることになった。主人公イワンコは自らもカルパチア出身で監督・脚本家・俳優として将来を属望されていたが、1987年、天逝したミコライチュークが演じ、映画を彩る歌や踊りはすべてロケの現地で選ばれた素人によるもの。
ざくろの色
Sayat Nova
(1969年 ソ連 73分 SD)
2017年7月29日から7月31日まで上映
■監督・原案 セルゲイ・パラジャーノフ
■撮影 スゥレン・シャフバジャン
■美術 ステパン・アンドラニキャン
■音楽 チグラン・マンスゥリャン
■出演 ソフィコ・チアウレリ/M・アレクヤン/V・ガスチャン
★3日間上映
18世紀アルメニアの詩人サヤト・ノヴァの生涯にオマージュを捧げた美しい映像詩。サヤト・ノヴァの生涯を全8章に分けて追い、愛と才に溢れた詩人の生涯を宮廷や修道院を舞台に描く。
第1章:詩人の幼年時代◇雷雨に濡れた膨大な書物を干して乾かす日常の風景。幼いサヤト・ノヴァの、書物への愛の芽生え。 第2章:詩人の青年時代◇宮廷詩人となったサヤト・ノヴァは王妃と恋をする。彼は琴の才に秀で、愛の詩を捧げる。 第3章:王の館◇王は狩りに出かけ、神に祈りが捧げられる。王妃との悲恋は、詩人を死の予感で満たす――。
18世紀にアルメニアで活躍した宮廷詩人、サヤト・ノヴァの生涯をベースに、サヤト・ノヴァの詩的世界を描き出した代表作。静物画のような題名がしめす通り、絵画的な美しさを放ち、また神秘的で謎めいた儀式性と様式美の面でアンドレイ・タルコフスキーの『鏡』と並び称される作品である。またジャン=リュック・ゴダールはこの作品から多大な映画的信仰を与えられ、後年『パッション』を撮ったと伝えられている。
スラム砦の伝説
Легенда о Сурамской крепости
(1984年 ソ連 83分 SD)
2017年8月1日から8月4日まで上映
■監督 セルゲイ・パラジャーノフ/ダヴィッド・アバシーゼ
■脚本 ラジャ・ギガシュヴィリ
■撮影 ユーリー・クリメンコ
■美術 アレクサンドル・ジャンシヴィリ
■音楽 ジャンスゥグ・カヒーゼ
■出演 ヴェリコ・アンジャパリーゼ/タヴィッド・アバシーゼ/ソフィコ・チアウレリ
★4日間上映
度重なる敵の侵入のため多大な戦死者を出していた頃のグルジア。皇帝は祖国を護る砦の建設に立ち上がった。だがトビリシの南門のスラム砦だけは、何度建造してもすぐに破壊されてしまう。スラム砦建設はグルジア民族の宿願となっていた。
奴隷から解放されたドゥルミシハンには、ヴァルドーという恋人がいた。しかし、公爵に騙されたことを知るとすべてを捨て、放浪の旅に出る。彼は隊商を率いるザリカシヴィリと出会い、彼の懴悔を聞かされたことをきっかけに、隊に加わり、成功して妻を娶った。一方、恋人に捨てられたヴァルドーは悲嘆に暮れ、占い師の老婆のもとへ行き、みずから跡を継いで占い師になっていた。そこへドゥルミシハンの妻が、生まれる子供の性別を占いに来て――。
一組の恋人同士の数奇な運命を描いたファンタジー。中世グルジアの伝説に基づくこの映画は、彩色写本や中世のイコンから現実に踊り出たような謎めいたシークエンスで綴られる不思議なパノラマ。
共同監督のダヴィッド・アバシーゼは、パラジャーノフの幼な友達であり、グルジア共和国人民芸術家の称号を持つ俳優でもある。また、ペレストロイカによってパラジャーノフの生涯初めての公式プレミアが1985年のモスクワで行われた作品としても記憶される。
アシク・ケリブ
Ашик-Кериб
(1988年 ソ連 74分 SD)
2017年8月1日から8月4日まで上映
■監督・原案 セルゲイ・パラジャーノフ/ダヴィッド・アバシーゼ
■原作 ミハイル・レールモントフ
■脚本 ギーヤ・バドリーゼ
■撮影 アルベルト・ヤプリヤン
■美術 ゲオルギー・メスヒシヴィリ/ショタ・ゴゴラシヴィリ/ニコライ・サンドゥケリ
■音楽 ジャヴァンシル・クリエフ
■出演 ユーリー・ムゴヤン/ヴェロニカ・メトニーゼ/ソフィコ・チアウレリ/ラマズ・チヒクワーゼ
★4日間上映
心優しき吟遊詩人、アシク・ケリブは、領主の娘マグリ・メヘルと恋に落ちる。しかし彼女の父が結婚を許さなかったため、詩人は1000の夜と1000の昼の後に帰ると彼女に約束し旅へ出た。幾多の苦難を乗り越えながら冒険を続ける彼の前にある時、白馬に乗った聖人が現れ、故郷で待つ恋人の身に危機が迫っていることを告げる――。
ロシアの詩人ミハイル・レールモントフのおとぎ話をもとに、吟遊詩人と富豪の娘の恋物語を耽美的に描く映像絵巻。『スラム砦の伝説』同様、共同監督をダヴィッド・アバシーゼが務めた。当時のペレストロイカの進行によって、それまでにない自由な環境で製作された『アシク・ケリブ』は、海外の映画祭で大絶賛を受けるが、この作品がパラジャーノフの遺作となった。