今週上映する『五日物語―3つの王国と3人の女―』と『ネオン・デーモン』には、人間が欲望に食い破られてしまう、おぞましい姿が描かれています。それは残酷な姿を映し出すだけでなく、わたしたちが「本当は知っているけど、普段は無視しているような真実の姿」を照らし出します。
『五日物語―3つの王国と3人の女―』はシャルル・ペローやグリム兄弟など、ヨーロッパの童話に大きな影響を与えた民話集「ペンタメローネ/五日物語」(あるいは「物語の物語、または小さき者たちのための楽しみ」)を元に作られました。母になることに憧れる不妊の女王、若さと美貌に憧れる二人の老婆、恋に憧れていたのに鬼の妻になってしまった王女。監督のマッテオ・ガローネは、「ペンタメローネ」から各世代の女性を主役にしながら、3つの挿話を抜き出し、根底にある憧れや欲望の執着心を描きます。
『ネオン・デーモン』はモデル業界に現れた純粋無垢な美しい少女を巡って巻き起こる、夢を掴もうとする女性たちの話です。美に執着する人々の妄執と狂気が描かれたこの物語で、主人公の少女の無垢な美しさは、劇中でつぶやかれる「美とは唯一無二のものだ」という価値観と共鳴しながら彼女を覚醒させます。
魅惑されて目が眩んでしまうような憧れの姿。魔法のような力でそれに近づくことができたら。彼女たちはそのための努力を惜しみません。時に不平等とも言えるような輝きを手にしたものへの嫉妬、憎悪。どんなに願っても手に入らないその力に物語は支配されているのです。
欲望をあらわにして、おぞましささえ覚える人間たちの姿にも、どこかで嫌悪しきれないような人間らしさが共存するマッテオ・ガローネ流のリアリズム。そこには何でも自分の望みを叶える権力を手にした王族と、決して願いが叶うことのない庶民の構図があります。しかし欲望に塗れてしまった剥き出しの人間の姿には、高貴さも卑俗さもありません。誰もが欲望し、そして誰でもその憧れと現実の隙間に転落していってしまうという恐ろしさがあるという点において、人は誰でも平等でありうるということを逆説的に表しているかのようです。
ニコラス・ウィンディング・レフン監督は『ネオン・デーモン』でモデル業界の真実の姿を描いたわけではありません。美容整形への批判や美学をファンタジーの世界を通じて、美に憧れては美に従属させられ、そして美に食い破られるようなメカニズム。絶対的に不条理な力に潜む悪魔のような魅力の構造、欲望の法則を解き明かしています。
かつて坂口安吾は「文学のふるさと」でシャルル・ペローの「赤頭巾」を引用して、童話には大抵教訓やモラルというものがあるのにこの童話にはそれが欠けていると語りました。
愛くるしくて、心が優しくて、すべて美徳ばかりで悪さというものが何もない可憐な少女が、森のお婆さんの病気を見舞に行って、お婆さんに化けている狼にムシャムシャ食べられてしまう。私達はいきなりそこで突き放されて、何か約束が違ったような感じで戸惑いしながら、しかし、思わず目を打たれて、プツンとちょん切られた空しい余白に、非常に静かな、しかも透明な、ひとつの切ない「ふるさと」を見ないでしょうか。―坂口安吾「文学のふるさと」より
不条理で、唐突な幕切れ。モラルなきモラルのようなもの、そんな空しい余白に生まれる物語。 そこには思い続けてそれが叶うような夢物語ではなく、現実の恐ろしさが潜んでいます。「生まれ変わりたい」と望んだ途端に背筋を凍らせるような魔力。おぞましくも魅惑的な現代に召喚されたダーク・フェアリー・テイルの世界を覗いてみてはいかがでしょうか。
(ぽっけ)
五日物語 ―3つの王国と3人の女―
Tale of tales
(2015年 イタリア/フランス 133分 シネスコ)
2017年6月10日から6月16日まで上映
■監督・製作・脚本 マッテオ・ガローネ
■脚本 エドゥアルド・アルビナティ/ウーゴ・キーティ/マッシモ・ガウディオソ
■製作 アン・ラバディ/ジーン・ラバディ/ジェレミー・トーマス
■撮影 ピーター・サシツキー
■美術 マルコ・フルバト/マッシオ・ポーレット/ジャンパウロ・リフィーノ
■音楽 アレクサンドル・デスプラット
■出演 サルマ・ハエック/ヴァンサン・カッセル/トビー・ジョーンズ/ジョン・C・ライリー/シャーリー・ヘンダーソン/ヘイリー・カーマイケル/ベベ・ケイヴ/ステイシー・マーティン
■第68回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品
©2015 ARCHIMEDE S.R.L. - LE PACTE SAS
3つの王国が君臨する世界。ある王国では、不妊に悩む女王が“母となること”を追い求め、国王の命と引き換えに美しい男の子を出産した。また、ある王国では、老婆が熱望する“若さと美貌”を不思議な力で取り戻し、妃の座に収まった。そして、もう一つの王国では、まだ見ぬ“大人の世界への憧れ”を抱く王女の結婚相手が決められようとしていた。 しかし、3人の女たちの欲望の果てには、皮肉な運命の裏切りが待っていた…。
17世紀初頭にナポリ王国のジャンバティスタ・バジーレにより生み出された世界最初のおとぎ話「ペンタメローネ[五日物語]」。「シンデレラ」「白雪姫」の原型となり、グリム兄弟にも多大な影響を与えたこの物語の数々から選ばれた3つのストーリーを1つのテーマのもと結びつけ、独創的な美的感覚で映像化したのは、『ゴモラ』『リアリティー』でカンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを2度受賞した鬼才、マッテオ・ガローネだ。
初となる英語での作品に、サルマ・ハエック、ヴァンサン・カッセルなど国際的なキャストが集結。元画家の感性を十二分に発揮して、ゴヤの版画集や古典ホラー映画からのインスピレーションを得た壮麗な中に不気味さを漂わせる映像と、皮肉に満ちたストーリーを融合させ、どんな映画にも似ていない、唯一無二の大人のファンタジーを作り上げた。また、イタリアの歴史遺産を網羅した圧巻のロケーションも見どころのひとつである。
ネオン・デーモン
The Neon Demon
(2016年 アメリカ/デンマーク/フランス 118分 シネスコ)
2017年6月10日から6月16日まで上映
■監督・脚本 ニコラス・ウィンディング・レフン
■撮影 ナターシャ・ブライエ
■編集 マシュー・ニューマン
■美術 エリオット・ホステッター
■衣装デザイン エリン・ベナッチ
■音楽 クリフ・マルティネス
■出演 エル・ファニング/カール・グルスマン/ジェナ・マローン/ベラ・ヒースコート/アビー・リー/クリスティナ・ヘンドリックス/キアヌ・リーヴス
■第69回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品
©2016 Space Rocket, Gaumont, Wild Bunch
誰もが目を奪われる特別な美しさに恵まれた16歳のジェシーは、トップモデルになる夢を叶えるために、田舎町からロスへと やって来る。すぐに一流デザイナーやカメラマンの心をとらえるジェシーに、激しい嫉妬を抱くライバルたち。ジェシーに仕事を奪われた彼女たちは、常軌を逸した復讐を仕掛け始める。だが、ジェシーの中に眠る壮大な野心もまた、永遠の美のためなら悪魔に魂も売り渡すファッション業界の邪悪な力に染まっていく──。
『ドライヴ』で、世界の映画ファンに最高の刺激と興奮をもたらし、カンヌ国際映画祭監督賞を獲得したニコラス・ウィンディング・レフン監督。待望の最新作では一転して、究極の美を追い求めるファッション業界の裏側に渦巻く欲望を、白昼夢のような幻想的かつ煌びやかな映像で描き出す。主演はエル・ファニング。透明感溢れる愛らしさで『マレフィセント』のオーロラ姫になりきった彼女が、純真な少女が自身の心のダークサイドに目覚めていく様を鮮烈に演じている。
絶賛の拍手喝采と非難の嵐で2016年のカンヌを賛否両論の真っ二つに引き裂きつつも、監督自身は「観客の心に刺さることで、彼らの一部になる目的は達成された」と不敵に笑う。「美しさがすべてではない、美しさこそが唯一のものだ」と信じる、命さえも美に捧げる者たちの行きすぎた情熱を、ダークな大人のおとぎ話へと仕上げた。