1947年上海生まれ。2歳で家族と共に台湾へ移住。アメリカの大学で映画を学んだが中退し、台湾に戻って脚本家となり、1982年のオムニバス映画『光陰的故事』の1編を手掛けて監督デビュー。それまでの台湾映画とは一線を画す作風は話題となり、ホウ・シャオシェンらと共に“台湾ニューウェイブ”の代表格となる。
83年に『海灘的一天(海辺の一日)』で長編デビュー。以後、『牯嶺街少年殺人事件』(91)、『恐怖分子』(86)、『カップルズ』(96)など、7本の長編作品を撮った。カンヌ国際映画祭監督賞を受賞した『ヤンヤン 夏の想い出』(00)を完成させたあと病に倒れ、7年ほどの闘病生活ののち2007年6月29日、ビバリーヒルズの自宅で死去。59歳だった。
・光陰的故事※オムニバスのうち1編(82)
・海灘的一天(海辺の一日)(83)
・台北ストーリー(85)
・恐怖分子(86)
・牯嶺街少年殺人事件(91)
・エドワード・ヤンの恋愛時代(91)
・カップルズ(96)
・ヤンヤン 夏の想い出(00)
その名を口にすると、説明のつかない思いに胸がギュッとなる。エドワード・ヤンは、そういう映画監督ではないでしょうか。きっと短すぎた彼の生への惜別がそうさせるのでしょう。そして何より、彼の映画の中に理由があると、私は思っています。
たとえば、『台北ストーリー』。エドワード・ヤンが映画に切り出す1980年代の台湾は経済成長著しく、男女のファッションも生き方も都会的です。しかし、主人公男性アリョンは、どこか屈折した心を持て余しています。劇中で印象的に使われているカメラメーカーの鮮やかなネオンサインは、電飾が一部欠けています。それはまるで、きらびやかな都市に点在する孤独を象徴するかのようです。ヤンの作品には、光や色彩に対する繊細な配慮がありますが、そこで照らし出される寂しさに、私は引き寄せられるのです。
たとえば『恐怖分子』。小説家を志す妻と、管理職への野心を秘める夫の関係は、思いがけない“いたずら”が原因でさざ波が立つように見えます。けれど、関係とは一つのきっかけだけで大きく壊れるものではなく、少しずつひび割れ、どうしようもなくなくなってから気づくということが、にじみ出るように現れてくるのです。『恐怖分子』は、エドワード・ヤンの映画の中で特にサスペンスフルですが、この世界は何より複雑で、理解することは叶わないのだという憂鬱さへとみちびかれていきます。それはいつの時代でも普遍であるからこそ、本作は色あせることがないのだと思います。
残念ながら彼の遺作となってしまった『ヤンヤン 夏の想い出』は、彼のそれまでのヤンの作品とは少し違う雰囲気が漂います。忘れたはずの過去の恋に再会した父NJと、思いがけない恋に戸惑う女子高校生ティンティンを主旋律に、小さな弟ヤンヤンのみずみずしい日常を描いているのですが、何よりワンシーンごとのデリケートな美しさに魅了されます。初めて観た時、何でもない瞬間がこうまで観る者の深い追憶を呼び起こすのかと、震える思いがした記憶があります。
国際映画祭での高い評価や多くのファンの熱視線とは裏腹に、興行面では幾たびもの不遇に泣かされた映画人でありました。エドワード・ヤンの映画をこうして観られることは、もしかすると奇跡なのかもしれません。ヤンのフィルモグラフィは、短編を含めたった8本でしたが、そこには、人生の悲喜のすべてとささやかな慰めがあります。だからこそ、ヤンの映画は愛され続けるのではないでしょうか。
(ミ・ナミ)
恐怖分子 デジタル・リマスター版
恐怖份子/The Terrorizers
(1986年 香港/台湾 109分 ビスタ)
2017年10月7日から10月13日まで上映
■監督・脚本 エドワード・ヤン
■脚本 シャオ・イエー
■撮影 チャン・ツァン
■編集 リャオ・チンソン
■音楽 ウォン・シャオリャン
■出演 コラ・ミャオ/リー・リーチュン/チン・シーチェ/クー・パオミン/ワン・アン/マー・シャオチュン/ホアン・チアチン
■1986年台湾金馬最優秀作品賞/1987年ロカルノ国際映画祭銀豹賞/1988年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門正式出品
©CENTRAL PICTURES CORPORATION
銃声が響き渡る朝。警察の手入れから逃げだした混血の少女シューアン。その姿を偶然カメラでとらえたシャオチェン。上司の突然の死に出世のチャンスを見出す医師のリーチョンと、執筆に行き詰まる小説家の妻イーフェン。何の接点もなかった彼らだが、シューアンがかけた一本のいたずら電話が奇妙な連鎖反応をもたらし、やがて悪夢のような悲劇が起こる…。
ホウ・シャオシェンと並び台湾ニューシネマを牽引した映画監督エドワード・ヤンの長編3作目となる『恐怖分子』は、1986年に発表されるとカンヌ国際映画祭、ロカルノ国際映画祭(銀豹賞受賞)で絶賛されヤンの名前を一躍世界に知らしめた。無軌道に犯罪へと向かう10代の少女の心理を繊細にとらえた視線は、14歳の少年による実際の女子学生殺人事件をもとにした次作『牯嶺街少年殺人事件』へとつながっていく。
本作の構想は、シューアン役のワン・アンが実際に見知らぬ番号へいたずら電話をしたことがある、と監督に告白したことから始まったという。少女の何気ない行為が見知らぬ人々の平穏な日常生活を破壊するように、誰もがまた知らぬ間に他人を傷つける「恐怖分子」になり得るという、現代社会が抱える危機。結婚の破綻、少年少女の犯罪、不正行為、暴力の衝動。人々が日常のなかに隠していた狂気と孤独を描き出す本作は、独創的なミステリー群像劇である一方で、現代に生きる私たちすべてに通じる普遍的な人間ドラマである。
台北ストーリー
青梅竹馬/Taipei Story
(1985年 台湾 119分 ビスタ)
2017年10月7日から10月13日まで上映
■監督・共同脚本 エドワード・ヤン
■製作・共同脚本 ホウ・シャオシェン
■脚本 チュー・ティエンウェン
■撮影 ヤン・ウェイハン
■音楽 ヨーヨー・マ
■出演 ホウ・シャオシェン/ツァイ・チン/ウー・ニェンチェン/クー・イーチェン
■1985年ロカルノ国際映画祭審査員特別賞
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台北市内のガランとしたマンションの空き家を訪れる男女2人。女は、ステレオをあそこに、テレビはここに、と夢を膨らませている。男は気のない様子でバッティングの素振りのフォームをしながら「内装に金がかかりそうだ」、「わたし、今度昇進するから大丈夫」。
過去に囚われた男と未来に想いを馳せる女のすれ違いが、変わりゆく台北の街並みに重ねられ、やがて思いもよらない結末を呼び込む…。
エドワード・ヤンが、『恐怖分子』の前年に撮りあげた長篇第2作。すでに『風櫃の少年』『冬冬の夏休み』などを発表していた盟友ホウ・シャオシェンが、エドワード・ヤンのために自宅を抵当に入れてまで製作費を捻出し完成へとこぎつけた、凄まじい強度を孕んだ野心作だ。ホウ・シャオシェン自身が主演を務め、この後エドワード・ヤンと結婚することになる台湾の人気シンガー、ツァイ・チンが共演している。
「『台北ストーリー』の主人公2人は、それぞれ台北の過去と未来を表している。過去から未来への移行というのがテーマだ」とエドワード・ヤンがいう通り、80年代なかば、日に日に変貌を遂げていたアジアの大都市・台北そのものが映画のもう一人の主役といえる。
ながらく日本で見られる機会がなかった本作だが、マーティン・スコセッシ率いるフィルム・ファウンデーションにより4Kデジタル修復が実現、エドワード・ヤンの生誕70年・没後10年となる今年、ついに幻のヴェールを脱ぐ。
★『ヤンヤン 夏の想い出』2011年上映時の特別ページはこちらから。