今週の早稲田松竹は『湯を沸かすほどの熱い愛』と『聖の青春』の二本立て。
憚らず言ってしまえば、余命もの、難病ものと言われる物語です。
普段生活しているときに意識することのない自分の死、残された時間。
これらの物語には「人間はいつか死んでしまう」という簡単な事実を明らかにする力があります。
そこに生きていることの新鮮さや、きらめきを見てとることができるのがこれらの物語の醍醐味です。
しかし、そもそも「生と死」に関わる問題はこういった物語だけでなく、
映画や文学、音楽や絵画などの芸術作品が取り組んできた主題でもあります。
日常の側「生の側」からではなく、非日常の「死の側」から世界を覗くことで、
未だ知らない人間の本当の表情や哲学を知ることができるのです。
銭湯を経営する家族の心を支えてきた母・双葉。(『湯を沸かすほどの熱い愛』)
29才でこの世を去ってしまった棋士界の怪童・村山聖。(『聖の青春』)
この二作品には、いわゆる難病ものや余命ものにおける、
苦しくて悲しい涙を誘うだけの演出はあまり見られません。
むしろ人を愛すことや愛されたいと願う人の、現実と向き合う厳しい姿や、
勝負の世界に生きることの過酷さが描かれています。
双葉が、自分がいなくなった世界を想像したとき、残された時間でできることは何だろうか。
将棋に勝つこと、その神秘に触れることを目指して生きてきた村山聖にとっての勝負の一瞬はどんなものだろうか。
彼女たちの厳しさを伴った懸命な姿を見ていると、
死が、生きることと常に密接に関わっていることは明白だと気づかされます。
残された時間がどれほどあるかは、誰にもわかりません。
ただその一瞬に永遠を感じさせるほどの「生」が宿るその時を彼女たちと一緒に生きてみませんか?
聖の青春
(2016年 日本 124分 シネスコ)
2017年4月29日から5月5日まで上映
■監督 森義隆
■原作 大崎善生「聖の青春」(角川文庫/講談社文庫刊)
■脚本 向井康介
■撮影 柳島克己
■音楽 半野喜弘
■出演 松山ケンイチ/東出昌大/染谷将太/安田顕/柄本時生/鶴見辰吾/北見敏之/筒井道隆/竹下景子/リリー・フランキー
■2016年ブルーリボン賞主演男優賞受賞
©2016「聖の青春」製作委員会
幼少期より腎臓の難病・ネフローゼを患い、入退院を繰り返していた村山聖。入院中のある日、聖少年は父が何気なく勧めた将棋に心奪われる。その日から彼は、将棋の最高峰・名人位を獲る夢を抱いて、将棋の道をまっしぐらに突き進み始める。そんな聖の前に立ちはだかったのは、将棋界に旋風を巻き起こしていた同世代の天才棋士・羽生善治。どうしても羽生の側で将棋を指したいと思った聖は上京を決意。家族や仲間の反対を押し切り、大阪を離れて東京へと向かう――。
弱冠29歳の若さで亡くなった実在の天才棋士・村山聖。難病と闘いながら将棋に全てを懸けた壮絶な生きざまを描く、感動のノンフィクション小説が映画化。原作は、生前に村山聖と交流のあった作家・大崎善生の渾身のデビュー作。映画は聖が短い余命を覚悟し、「どう死ぬか、どう生きるか」に対峙した最期の4年間の姿にフォーカスして描く。
主人公・村山聖を演じるのは、松山ケンイチ。驚異的な役作りで精神面・肉体面の両方から村山聖の真実にアプローチした。聖の最大のライバル・羽生善治を演じるのは、東出昌大。今なお棋界の頂点で活躍する実在の人物という難しい役どころを、徹底した役作りで見事に演じる。また、聖の弟弟子・江川貢役に染谷将太、支えた師匠・森信雄役にはリリー・フランキー。母・村山トミコ役に竹下景子。監督は『ひゃくはち』『宇宙兄弟』でヒットを飛ばした俊英・森義隆が務めた。
企画から10年――。村山聖の生涯に感銘を受け集まった最高のキャストとスタッフで贈る、感動のノンフィクション・エンタテインメントが誕生した。
湯を沸かすほどの熱い愛
(2016年 日本 125分 シネスコ)
2017年4月29日から5月5日まで上映
■監督・脚本 中野量太
■撮影 池内義浩
■音楽 渡邊崇
■出演 宮沢りえ/杉咲花/篠原ゆき子/駿河太郎/伊東蒼/松坂桃李/オダギリジョー
■2016年日本アカデミー賞主演女優賞・助演女優賞・新人俳優賞受賞ほか3部門ノミネート/2016年ブルーリボン賞助演女優賞受賞
©2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会
銭湯「幸の湯」を営む幸野家。しかし、父が1年前にふらっと出奔し、銭湯は休業状態。母・双葉は、持ち前の明るさと強さで、パートをしながら娘を育てていた。そんなある日、突然「余命わずか」という宣告を受ける。その日から彼女は「絶対にやっておくべきこと」を決め、実行していく。
「家出した夫を連れ帰り家業の銭湯を再開させる」「気が優しすぎる娘を独り立ちさせる」「娘をある人に会わせる」。その母の行動は、家族からすべての秘密を取り払うことになり、彼らはぶつかり合いながらもより強い絆で結びついていく。そして家族は、究極の愛を込めて母を葬ることを決意する。
“死にゆく母と、残される家族が紡ぎだす愛”という普遍的なテーマを、想像できない展開とラストにより、驚きと感動の詰まった物語に昇華させた本作。自身が手がけたオリジナル脚本で商業映画監督デビューを飾ったのは、自主制作映画『チチを撮りに』が、ベルリン国際映画祭他、国内外10を超える映画祭で絶賛された、中野量太監督。
その脚本に、「心が沸かされた」と出演を決めたのは、『紙の月』でその年の主演女優賞を総なめにし、名実ともに日本を代表する女優となった宮沢りえ。母の死に向かい合い、たくましく成長していく娘・安澄を演じるのは注目の若手実力派女優・杉咲花。そして頼りないけどなぜか憎めないお父ちゃんにオダギリジョー、旅先で知り合った双葉の母性に触れ、人生を見つめ直していく青年・拓海役に松坂桃李。ほか、篠原ゆき子、駿河太郎、オーディションで選ばれた期待の新人子役・伊東蒼が新しい家族の物語を彩る。