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グアテマラの高地、火山のふもとで暮らすマヤ族の娘マリア。若く美しい彼女は、年の離れた地元有力者と結婚させられようとしていた。貧しい農家に生まれ、国の公用語であるスペイン語も話せない。決められた人生を粛々と受け入れていくしかないのかと諦めながらも、アメリカに行きたいという村の青年に想いを寄せている。

アウシュビッツ、ビルケナウ収容所。ユダヤ人のサウルは同胞の死体処理を行う労務部隊「ゾンダーコマンド」として働いている。収容所に運ばれてくる人々をガス室に押し込め、恐ろしい悲鳴を聞きながら全員が息絶えるまでドアのそばで待つ。そして“こと”が終わったあとは夥しい死体をまるで物のように片付ける日々。人であることを忘れてしまうような地獄が目の前で繰り返されている。

物語の主人公たちは、ともに言葉をあまり語らず、感情を押し殺している。閉ざされた場所では明日を夢見ることなんてできない。だがそんな彼らに、ある日、“わが子”という光が射す。

マリアは青年の子を妊娠し、その日から彼女のなかで何かが変化していく。青年は消えてしまい、親につらくされても、自分の腹に授かった小さな命が、自由を希求する彼女の意志とともに、マグマのように熱くなっていく。

サウルは自分の息子の遺体を見つける。いや、それは本当の息子ではなかったかもしれない。それでも、人間性が失われた異常な世界で、その幼い亡骸を弔うことに、サウルはわずかな救いを見出すのだ。

この二作で描かれる“わが子”は、主人公たちの“生きる意味”を象徴している。マリアは自らの自由のため、サウルは自己の尊厳のため、その存在が一縷の希望となる。たとえ先に待つ結末が、悲劇に変わりなくとも。

『火の山のマリア』はこれまでほとんど紹介されることのなかったグアテマラ映画である。マヤの地で実際に暮らした経験のあるハイロ・ブスタマンテ監督は、初長編作にしてベルリン映画祭銀熊賞、米アカデミー賞グアテマラ代表作品に選ばれた。

いっぽう『サウルの息子』のネメシュ・ラースロー監督も、本作がデビュー作。ハンガリー映画の巨匠タル・ベーラに師事したラースロー監督は、カンヌ映画祭グランプリ、アカデミー賞外国語映画賞に輝き、その内容とともに、世界中に衝撃を与えた。

若い作家たちが挑む渾身のドラマ。歪曲されてしまう社会問題や歴史の事実に正面から立ち向かった覚悟と情熱が、並々ならぬパワーを作品に与えている。

(パズー)

火の山のマリア
IXCANUL(VOLCANO)
(2015年 グアテマラ/フランス 93分 DCP シネスコ) pic 2016年7月9日から7月15日まで上映 ■監督・製作・脚本 ハイロ・ブスタマンテ
■製作 マリナ・ペラルタ/ピラール・ペレド/エドガルド・テネンバウム
■撮影 ルイス・アルマンド・アルテアガ
■編集 セザール・ディアス
■美術 ピラール・ペレド
■音楽 パスカル・レイェス

■出演 マリア・メルセデス・コロイ/マリア・テロン/マヌエル・アントゥン/フスト・ロレンツォ/マーヴィン・コロイ

■第65回ベルリン国際映画祭銀熊賞(アルフレッド・バウアー賞)受賞/アカデミー賞外国語映画賞グアテマラ代表

わたしは、この熱い大地から生まれた

pic17歳になるマヤ人のマリアは、火山のふもとで農業を営む両親と共に暮らしていた。過酷な自然に囲まれたその生活は極めて原始的であり、借地での農業は家族を経済的に圧迫していた。そこでマリアの両親は、土地の持ち主でコーヒー農園の主任であるイグナシオにマリアを嫁がせようとする。しかし、マリアはコーヒー農園で働く青年ペペに惹かれており、ある時、彼の子を妊娠してしまう…。

ベルリン国際映画祭が驚嘆した
新人監督による渾身のデビュー作!
太古の記憶を呼び覚ます、大いなる「生」の物語

pic2015年ベルリン国際映画祭で銀熊賞(アルフレッド・バウアー賞)に輝いた『火の山のマリア』。その世界的評価を受けて、グアテマラ史上初の米国アカデミー賞外国語映画賞へのエントリーを果たした。本作が初長編となるハイロ・ブスタマンテ監督が題材として選んだのは、自身が幼少期を過ごしたマヤ文明の地で力強く生きる先住民たち。現地の人々を役者として起用し、グアテマラが抱える社会問題を取り入れながら、ドキュメンタリーのような臨場感を持つ力強い母娘の物語を作り上げた。

映画の舞台は古代マヤ文明の繁栄したグアテマラの高地である。火山のふもとで畑を耕し、土地の神への感謝と畏怖を忘れない先住民たちは、昔ながらの習慣や伝統を守りながら慎ましく生きる。だが、その若い世代はアメリカ文化への憧れを持ち合わせ、昔ながらの生活にも近代化の影響が見え隠れする。スペイン語を理解できない主人公一家は充分な福祉を受けることもできず、ある事件へと巻き込まれていく。そこには、矛盾を孕むグアテマラの今が浮き上がってくる。

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サウルの息子
SON OF SAUL
(2015年 ハンガリー 107分 DCP SD)
pic 2016年7月9日から7月15日まで上映 ■監督・脚本 ネメシュ・ラースロー
■脚本 クララ・ロワイエ
■撮影 エルデーイ・マーチャーシュ
■編集 マチェー・タポニエ
■美術 ライク・ラースロー
■音楽 メリシュ・ラースロー

■出演 ルーリグ・ゲーザ/モルナール・レヴェンテ/ユルス・レチン/トッド・シャルモン/ジョーテール・シャーンドル

■第68回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞/第88回アカデミー賞外国語映画賞受賞/第73回ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞受賞 ほか多数受賞

最期まで<人間>であり続けるために――

pic1944年10月、アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所。サウルは、ハンガリー系のユダヤ人で、ゾンダーコマンドとして働いている。ゾンダーコマンドとは、ナチスが選抜した、同胞であるユダヤ人の死体処理に従事する特殊部隊のことである。彼らはそこで生き延びるためには、人間としての感情を押し殺すしか術が無い。

ある日サウルは、ガス室で生き残った息子とおぼしき少年を発見する。少年はサウルの目の前ですぐさま殺されてしまうのだが、サウルはなんとかラビ(ユダヤ教の聖職者)を捜し出し、ユダヤ教の教義にのっとって手厚く埋葬してやろうと、収容所内を奔走する。そんな中、ゾンダーコマンド達の間には収容所脱走計画が秘密裏に進んでいた…。

カンヌ映画祭グランプリ、
アカデミー賞外国語映画賞受賞!
極限の状況でも人間の尊厳を貫こうとした
一人のユダヤ人を描く衝撃作!

pic 強制収容所に送り込まれたユダヤ人が辿る過酷な運命を、同胞をガス室に送り込む任務につく主人公サウルに焦点を当て、サウルが見たであろう痛ましい惨劇を見る者に想像させながら描いた『サウルの息子』。これまでの映画で描かれた事の無いほどリアルなホロコーストの惨状と、極限状態におかれてもなお、息子を正しく埋葬することにより、最後まで人間としての尊厳を貫き通そうとした、一人のユダヤ人の二日間を描いた衝撃の感動作だ。

監督は長編デビュー作となるハンガリー出身のネメシュ・ラースロー。『ニーチェの馬』の名匠タル・ベーラの助監督をしていた彼は、忠実で結束の固い少人数のチームで、5年の歳月をかけて本作を完成させた。2015年のカンヌ映画祭で無名の新人ながらコンペ部門に選出されると、その卓越した撮影法と演出により見事グランプリを受賞。さらには、米アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞両賞の外国語映画賞に輝くという、異例の快挙を成し遂げた。

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