フランスを代表する20世紀モード界の帝王、イヴ・サンローラン。2008年に亡くなって以降、立て続けに3本も彼に関する映画が公開されました。公私共にパートナーだったピエール・ベルジェが思い出を語るドキュメンタリー('10)。イヴ・サンローラン財団公認の本物の衣装やアトリエを見ることが出来る伝記映画('14)。その2つの作品を経て、今回上映する『SAINT LAURENT/サンローラン』は2015年に公開されました。史実だけではなくイヴ・サンローランの内なる感情に近づいた本作は、その才能と繊細さゆえに自分を追い詰めながらも、“時代の寵児・サンローラン”を不動のものにしていった最も精力的でスキャンダラスな10年間にフォーカスを当てています。
この作品の重要なポイントである1971年の春夏コレクション。サンローランは、オートクチュールの伝統を引き継ぐ、ラグジュアリーなデザインを展開すると思われていました。しかし彼は、パリ中の誰もが思い出したくない第二次世界大戦中のエレガンスへのオマージュを捧げ、大変な批判を受けてしまいます。結果的にそれは、後に大流行する70年代のスタイルへと変貌を遂げるのですが、先見の明があり過ぎた事によって、彼の苦悩が始まります。
『SAINT LAURENT/サンローラン』で描かれる時代と同時期に、アジア人初のパリコレクションモデルが誕生しました。切りそろえた黒髪から覗く、切れ長で憂いを帯びた瞳。日本的な美しさを肯定しながら、凄まじいエネルギーを放つスーパーモデル、山口小夜子です。『氷の花火 山口小夜子』はそんな彼女の素顔に迫るドキュメンタリーです。
1973年から専属モデルとなった資生堂の広告で一躍有名になり、80年代にはサンローランをはじめ、ディオール、ヴァレンティノ、ゴルチエなどの名だたるショーに起用されるモデルとして最先端で活躍し、ショーモデル引退後も、美を限界まで追い求めていた山口小夜子。その姿は、過酷なプレッシャーの中で犠牲を払い、デザイン画を描き続けた末に、代名詞といわれる1976年の“バレエ・リュス”を完成させたイヴ・サンローランの姿と重なります。
美とは、ストイックにその存在を追い求めたものだけが辿りつける到達点だと、私は思っています。「美しいことは苦しいこと」と語る山口小夜子も、「自分が創った“怪物”と生きなくては―」と才能への評価に闘い続けたイヴ・サンローランも、だからこそ、今なお輝きを失わない美の先駆者として存在し続けられるのではないでしょうか。
「火を起こす人がいるから、我々は現実を知る事ができる」イヴ・サンローランが、引退会見の際に引用したアルチュール・ランボーの言葉です。
創造する者たちが、その身を焦がしながら火を起こすからこそ、私たちはその美に触れる喜びを知り得るのではないでしょうか。新しい美の可能性を発信し続けた2人の生き様を、どうぞお見逃しなく。
SAINT LAURENT/サンローラン
SAINT LAURENT
(2014年 フランス 151分 ビスタ)
2016年5月7日から5月13日まで上映
■監督・脚本・音楽 ベルトラン・ボネロ
■脚本 トマ・ビデガン
■撮影 ジョゼ・デエー
■美術 カーチャ・ヴィシュコフ
■衣装 アナイス・ロマン
■編集 ファブリス・ルオー
■出演 ギャスパー・ウリエル/ジェレミー・レニエ/ルイ・ガレル/レア・セドゥ/アミラ・カサール/エイメリン・バラデ/ミシャ・レスコー/ヘルムート・バーガー/ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ/ヴァレリー・ドンゼッリ/ジャスミン・トリンカ/ドミニク・サンダ
■第67回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品/第87回アカデミー賞外国語映画賞フランス代表選出作品/第40回セザール賞最多10部門ノミネート衣装デザイン賞受賞
1967年、パリ。カトリーヌ・ドヌーヴの衣装の次は、マルグリット・デュラス作の舞台衣装、秋冬コレクションのデザインを終えれば、12月のプレタポルテ、そしてオートクチュールの春夏ものデザイン──イヴ・サンローランの過密スケジュールは、果てしなく続いていた。
「僕たちは20世紀後半の2大アーティストだ」とアンディ・ウォーホルに称えられたイヴだが、新しいデザインを生み出すプレッシャーに苦しんでいた。ブランドのミューズ・ルルやお気に入りのモデル・ベティ、危険な愛人ジャックと刹那的な快楽を追い求めているうちに、遂にイヴは1枚のデザイン画も描けなくなってしまう…。
1970年代半ば、世界で最も有名なデザイナーの死亡説が流れた。モードの帝王としてファッション界に君臨していた、イヴ・サンローランだ。まだ若く絶頂期だったはずの彼に何があったのか──そこには、華麗な成功の裏に隠された、命を削るほどの創造の苦しみと葛藤があった。“モンドリアン・ルック”や“ポップアート”コレクションで大ブレイクした後の激動の10年間を描き、公では語れなかった<真実>に迫るのは、『メゾン ある娼館の秘密』のベルトラン・ボネロ。サンローラン・スタイルのクリアだが艶と奥行きもある独特の色合いを再現するために全編を35mmで撮影し、アートとして楽しめる映像を創り上げた。
サンローランに扮するのは、『ハンニバル・ライジング』のギャスパー・ウリエル。常人には見えないヴィジョンを捉える瞳を持つ「美しき怪物」に完璧に、そしてフェロモンたっぷりに変身した。その他、『アデル、ブルーは熱い色』のレア・セドゥ、ダルデンヌ兄弟作品常連のジェレミー・レニエ、フィリップ・ガレルの息子であるルイ・ガレル、巨匠ヴィスコンティに愛された名優ヘルムート・バーガー等豪華キャストが出演している。
氷の花火 山口小夜子
(2015年 日本 97分 ビスタ)
2016年5月7日から5月13日まで上映
■監督 松本貴子
■プロデューサー 於保佐由紀
■撮影 岸田将生
■編集 前嶌健治
■音楽 久本幸奈
■出演 山口小夜子/天児牛大/天野幾雄/生西康典/入江末男/大石一男/大塚純子/掛川康典/ザンドラ・ローズ/下村一喜/セルジュ・ルタンス/ダヴェ・チュング/田賢三/高橋靖子/立花ハジメ/富樫トコ/富川栄/中尾良宣/藤本晴美/松島花/丸山敬太/山川冬樹/山本寛斎
世界中の人々に“東洋の神秘”と称賛された伝説のモデル、山口小夜子。 しかし、その人生は多くの謎に包まれていた…。没後8年、彼女が愛した膨大な数の服やアクセサリー等の遺品を開封した。山口小夜子の止まった時間が動き出し、今まで触れることの出来なかった彼女に少しだけ近づいていく。
1970年代以降、ファッションモデルとしてパリ、NYコレクションを中心に数多くのコレクションに出演し、山本寛斎、高田賢三、イヴ・サンローラン、ジャンポール・ゴルチエら一流のファッションデザイナーに愛され、セルジュ・スタンス、横須賀功光などトップクリエイターのミューズとなってイマジネーションを与え、ミック・ジャガー、スティーリー・ダンら世界のスターと渡り合い常に時代の先端を走り続けた山口小夜子。
なぜ彼女はモデルの道に進むことになったのか。表現者として大きな存在感を示し、映画・演劇・衣装デザインなど多彩なジャンルに進出し、そのすべてに妥協を許さなかった彼女は、何処を目指していたのだろうか――。親交のあった人々の証言と、遺された貴重な映像に触れながら、「山口小夜子」を探す旅に出る。