『あの頃ペニー・レインと』の主人公、ウィリアムのモデルは監督のキャメロン・クロウ本人だ。1973年、15歳にしてローリング・ストーン誌のライターとなったクロウは、ニール・ヤングやレッド・ツェッペリンなど数々のアーティストを取材した。その体験をもとにしたこの作品は、彼の自伝的青春ストーリーであると同時に、70年代ロック・シーンの内側を描く記録映画のようでもある。
原題は「Almost Famous」。タイトルそのまま、ウィリアムは“ブレイク直前”のバンド、スティルウォーターのツアーに同行し、そこでグルーピーのペニー・レインと出会う(もっとも、ペニーいわく自分はグルーピーではなくバンドの音楽を愛してバンドを助ける“バンドエイド”なんだそう)。
間近で見るライブの高揚感、人気の裏でギクシャクしていくバンドのメンバーたち、厳格すぎる母親との関係、そしてペニー・レインへの憧れに似た恋…誰にでも経験できることではないけれど、誰もが共感できるような甘くてしょっぱい青春の日々を通して、少年ウィリアムは成長していく。
映画のなかで、ウィリアムが家出した姉の残したたくさんのレコードを見つけるシーンがある。彼にとってロックとの初めての出会いであったこの時、一枚目に手にするレコードがザ・ビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」だ。
今日でこそ歴史的名盤と名高い「ペット・サウンズ」が生まれたのは1966年。当時、サーフィン・ホットロッドなどといわれた軽快でノリノリな楽曲で人気絶頂だったビーチ・ボーイズが、いきなり複雑でユニークすぎる作品を発表し、リスナーは戸惑った。そしてその怪作を生み出した張本人がバンドのリーダー、ブライアン・ウィルソンだ。
『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』は、バンドの成功の中で苦しみ、徐々に心が壊れていく60年代のブライアンと、運命の女性との出会いでどん底から抜け出そうとする80年代の彼とを交互に描いている。
音楽が頭の中に溢れて止まらないというブライアン。犬の鳴き声から電車の音まで録音してしまう、普通の人には考えられないようなアイディアから生み出される曲たちは、美しく繊細で、彼の人柄のようにとても優しい。でも、そんな天才が創り上げた世紀の傑作「ペット・サウンズ」は世間には理解されず、ブライアンはどんどん追い込まれてゆく。映画では描かれない70年代の彼の苦しみは、想像を絶するものだったろう。
輝かしい舞台に棲む、ドラッグや金儲け、孤独や絶望といった魔物。それでも、傷ついた心を癒してくれるのもまた音楽(それからやっぱり、少し気恥ずかしいけれど、愛)だということを、二本の映画は教えてくれる。クロウ監督は言う。「音楽は、思い出とともにずっと心に留まるもの。」ずっと前に生れた数々の名曲たちが、今も色褪せることなく私たちのそばにあることが、それを証明してくれる。
今週は、至福のメロディーに包まれるとびっきりの幸福感を、あなたにお届けします。
あの頃ペニー・レインと 特別編集版
ALMOST FAMOUS
(2000年 アメリカ 161分 ビスタ)
2015年12月19日から12月25日まで上映
■監督・製作・脚本 キャメロン・クロウ
■撮影 ジョン・トール
■編集 ジョー・ハッシング/サー・クライン
■音楽 ナンシー・ウィルソン
■出演 ビリー・クラダップ/ケイト・ハドソン/パトリック・フュジット/フランシス・マクドーマンド/ジェイソン・リー/アンナ・パキン/ファイルザ・バーク/ノア・テイラー/ズーイー・デシャネル/フィリップ・シーモア・ホフマン/テリー・チェン
■2000年アカデミー賞脚本賞受賞・助演女優賞・編集賞ノミネート/LA批評家協会賞助演女優賞受賞/ゴールデン・グローブ賞作品賞・助演女優賞受賞・脚本賞ノミネート/英国アカデミー賞オリジナル脚本賞・音響賞受賞・作品賞ほか3部門ノミネート/ほか多数受賞・ノミネート
ウィリアムは15歳。弁護士を目指す優等生の彼が、ロック・ミュージックを聴き始めたのは姉の影響から。伝説的なロック・ライター、レスター・バンクスに気に入られ、雑誌や地元の新聞に掲載された彼の原稿がローリングストーン誌の編集者の目にとまり、ブレイク寸前のロック・バンドのツアーに同行取材する仕事を得る。そこでウィリアムは、グルーピーのリーダー的存在、ペニー・レインと出会う。彼女の姿を見ているだけで、彼女が微笑んでくれるだけで、すべてが光に包まれる。≪切ない≫って息苦しいことだと知ったウィリアム、初めての恋だった。
製作・監督・脚本は『ザ・エージェント』や『バニラ・スカイ』のキャメロン・クロウ。実は主役のウィリアムは、キャメロン・クロウ自身がモデルである。クロウがロック・ジャーナリストとしてデビューしたのが、やはり15歳の時。その頃の経験はクロウに大きな影響を与え、彼はいつかこの時のことを映画化しようと考えていたという。
圧倒的な存在感と、純粋さと妖艶さを併せ持つペニー・レインを演じたのは、ケイト・ハドソン。キャメロン・クロウの分身であるウィリアムを演じるのは、映画初主演のパトリック・フュジット。その他、ビリー・クラダップ、フランシス・マクドーマンド、フィリップ・シーモア・ホフマンが脇を固める。
サイモン&ガーファンクル、ザ・フー、レッド・ツェッペリン、オールマン・ブラザーズ――。70年代ロック・ミュージックの名曲の数々が心に熱く響く。
ラブ&マーシー 終わらないメロディー
LOVE & MERCY
(2015年 アメリカ 122分 ビスタ)
2015年12月19日から12月25日まで上映
■監督・製作 ビル・ポーラッド
■製作 クレア・ラドニック・ポルスタイン/ジョン・ウェルズ
■脚本 オーレン・ムーヴァーマン/マイケル・アラン・ラーナー
■撮影 ロバート・イェーマン
■編集 ディノ・ヨンサーテル
■音楽 アッティカス・ロス
■出演 ジョン・キューザック/ポール・ダノ/エリザベス・バンクス/ポール・ジアマッティ/ジェイク・アベル/ケニー・ウォーマルド/ブレット・ダバーン/グレアム・ロジャース
1960年代、カリフォルニア。夏とサーフィンの歌が大ヒットし、ザ・ビーチ・ボーイズは人気の頂点にいた。だが、新たな音を求めてスタジオで曲作りに専念するブライアン・ウィルソンと、ツアーを楽しむメンバーたちの間に亀裂が入り、さらには威圧的な父との確執も深まって、ブライアンはドラックに逃避するように。心血を注いだアルバムの不振をシングルで挽回するが、新作へのプレッシャーから心が完全に折れてしまう。
それから20余年、彼に再び希望の光をもたらしたのは、美しく聡明な女性メリンダとの出会いだった。しかし、惹かれ合う二人の間に、ブライアンのすべてを管理する精神科医ユージンが立ちはだかる。メリンダの協力のもと、遂にブライアンは自分の本当の歌を取り戻すために立ち上がるのだが──。
誕生から半世紀を経た今も、時代を超えて愛され続けている名曲を生み出したザ・ビーチ・ボーイズの中心的存在ブライアン・ウィルソン。だが、それらの曲を作っていた時、ブライアン自身は苦悩に引き裂かれ、極限まで壊れていた。いったい何がそこまで彼を追いつめたのか? 数々の名曲が彩るブライアン・ウィルソンの衝撃の半生が、本人公認のもと、初の映画化となった。
監督は、『それでも夜は明ける』のプロデューサー、ビル・ポーラッド。異なる二つの時代のブライアンを二人一役で描くという大胆なアイデアで、いくつもの魅力的な顔を描き出すことに成功した。60年代のブライアンをポール・ダノ、80年代のブライアンをジョン・キューザックという、新旧実力派俳優が競演した。
想像を絶する苦闘の果てに、希望を見つけるブライアン。映画の最後には、そんな彼からの贈りものが用意されている。自分と同じ孤独を抱えたすべての人たちへ、愛と慈愛に満ちた幸せの贈りものが──。