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イングマール・ベルイマン

1918年7月14日、スウェーデンのウプサラの、牧師の家に生まれる。ストックホルム大学在学中に演劇を学び、1944年にアルフ・シェーベルイ監督『もだえ』の脚本を手がけたのち、『危機』('46)で映画監督デビュー。

『不良少女モニカ』('53)でヌーヴェルヴァーグの作家たちに激賞され、『第七の封印』('57)、『野いちご』('57)、『処女の泉』('60)が各国の映画祭で受賞し、国際的評価が高まった。

60年代には<神の沈黙>と呼ばれる三部作を発表し名声を確立する。70年代に入ると、パートナーであったリヴ・ウルマンを主役に据えた数多くの傑作を輩出する。

5時間超にわたる大作『ファニーとアレクサンデル』('82)を撮影後、事実上の監督引退宣言をしたが、2003年に突如として20年ぶりの監督作となる『サラバンド』を発表。これが遺作となった。2007年、89歳で死去。

フィルモグラフィ

・危機('46)<未>
・われらの恋に雨が降る('46)
・インド行きの船('47)
・闇の中の音楽('48)
・愛欲の港('48)
・牢獄('49)
・渇望('49)
・歓喜に向かって('50)<未>
・それはここでは起こらない('50)<未>
・夏の遊び('51)
・シークレット・オブ・ウーマン('52)
・不良少女モニカ('53)
・道化師の夜('53)
・愛のレッスン('54)
・女たちの夢('55)<未>
・夏の夜は三たび微笑む('55)
・第七の封印('57)
・野いちご('57)
・女はそれを待っている('58)
・魔術師('58)
・処女の泉('60)
・悪魔の眼('60)<未>
・鏡の中にある如く('61)
・沈黙('63)
・冬の光('63)
・この女たちのすべてを語らないために('64)<未>
・仮面/ペルソナ('66)
・ダニエル('67)
・狼の時間('68)<未>
・恥('68)<未>
・沈黙の島('69)<未>
・愛のさすらい('71)<未>
・叫びとささやき('73)
・ある結婚の風景('74)
・魔笛('75)
・面と向かって('76)
・蛇の卵('77)<未>
・秋のソナタ('78)
・フォール島の記録1979('79)<未>
・夢の中の人生('80)<未>
・ファニーとアレクサンデル('82)
・サラバンド('03)

※主に劇場用監督作品

スウェーデンの巨匠イングマール・ベルイマン監督の作品といえば、私にはモノクロ作品の光に満ちた美しいイメージの数々が真っ先に思い浮かびます。

もちろん、映画の内容は人間精神を厳しく見つめるシリアスなドラマが多く、グルーミーな描写にもこと欠かないのですが、描かれる闇が深ければ深いほど、それと対比をなす、光の鮮やかさが心に焼きついて離れないのです。

映画史に残る名作『処女の泉』は、光と闇のコントラストの見事さの最たる作品です。撮影監督のスヴェン・ニクヴィストのカメラが捉える北欧の澄み切った陽光と自然のきらめき、後に被害者となる少女の無垢な輝きが溢れんばかりの魅力を放つからこそ、惨たらしい事件のおそろしさと、それを知った父の決断の痛ましさが明確に浮かび上がります。

静謐な光に満ちた神秘的なラストシーンには、心を揺さぶられずにはおれません。本作は、モノクロの映像美のひとつの頂点ともいうべき作品です。

一方、『野いちご』で印象的なのは、主人公の78歳の医師イーサクの夢の中の光景です。彼は長年医学に身を捧げてきた功績が認められ、表彰されることになるのですが、表彰式に向かう旅の道程で生家の近くに咲く野いちごを見たことを発端として、青年期の記憶がありありと甦ってきます。イーサクはいつしか現実の旅の光景と、過去の幻影に満ちた夢の世界を彷徨うようになります。夢を通して目前に迫った死への不安と、人生への後悔に直面していくイーサク。映画は彼の主観的な世界を描いていきます。

決して軽いとはいえない題材です。しかしながら、初恋の相手が野いちごをつむ場面をはじめ、イーサクの記憶のなかの光景に漲る光の美しさが、映画に不思議なほどの瑞々しさを与えています。ラストシーンでは、イーサクの幸福だった幼年期の光景が映し出されます。その場面の穏やかな光の横溢は、イーサクだけでなく、私たちをもやさしく包み込んでいくようです。透徹した視点で人生を見つめながら、かけがえのない生の輝きも伝えてくれる、こちらも名作です。

イーサクを演じるヴィクトル・シェーストレムは、サイレント時代に一時代を築いた大監督でもあります。俳優として参加した本作では、不安と悔恨に絡め取られそうになりながらも、若者たちに見せるあたたかいまなざしが感動的です。

(ルー)

野いちご
Smultronstallet
pic (1957年 スウェーデン 91分 ブルーレイ SD)
2015年4月4日-4月10日まで上映

■監督・脚本 イングマール・ベルイマン
■プロデューサー アラン・エーケルンド
■撮影 グンナール・フィッシェル
■録音 アービイ・ヴェデーン
■編集 オスカル・ロサンデル
■衣装 ミリー・ストレム
■音楽 エリック・ノードグレーン

■出演 ヴィクトル・シェーストレム/グンナー・ビョーンストランド/イングリッド・チューリン/ビビ・アンデショーン/フォルケ・スンドクヴィスト/ビョーン・ビェルヴヴェンスタム/ユッラン・シンダール/グンナール・シューベルイ/グンネル・ブルーストレム/ナイマ・ヴィーウストランド/マックス・フォン・シドー

■1958年ベルリン国際映画祭金熊賞受賞/1959年ゴールデン・グローブ賞外国映画賞受賞/1958年ヴェネチア国際映画祭イタリア批評家賞(コンペティション外)受賞/1959年アカデミー賞脚本賞ノミネート

<老医師の追憶>
ベルリン映画祭グランプリ受賞
ベルイマンの名を世界に轟かせた傑作!

pic78歳の孤独な医師イーサク・ボルイ。妻を亡くし、子供は独立して、今は家政婦と二人きりの日々を送っている。彼は長年の功績を認められ、名誉博士号を受けることになっていた。しかし授与式の前夜、イーサクは奇妙な夢を見る。
――人影のない街、針のない時計。彼の前で止まった霊柩車。中の棺には彼そっくりの老人がいて、手をつかんで引きずり込もうとする――
夢から覚めたイーサクは、授与式が行われるルンドまで飛行機で行く計画を取りやめ、車で向かうことに。車の旅には息子の妻・マリアンが同行し、その道中にさまざまな人物に出会うことになるが…。

pic黒澤明、フェデリコ・フェリーニとならび「20世紀最大の巨匠」と称されるベルイマンは、1918年スウェーデン生まれ。シャープな映像感覚と文学的な象徴性、緻密なリハーサルを基にした演技の即興性を極限まで追求した彼の作品は、ウディ・アレン、スティーブン・スピルバーグ、スタンリー・キューブリックやトリュフォー、ゴダール等ヌーヴェルヴァーグの作家まで、映画史にその名を轟かす多くの監督たちに影響を与えた。

アンドレイ・タルコフスキーがオールタイム・ベストの一本として挙げた本作『野いちご』。人生の終わりにさしかかって旅をする老医師の一日を通じて、人間の老いや死、家族をテーマに、夢や追想を織り交ぜて描いたこの映画は、青春時代の失恋の思い出を野いちごに託した叙情的な一編。女性を描く名手であるベルイマンのミューズ、ビビ・アンデショーンとイングリット・チューリンが艶やかに競演している。人生の豊かさとやさしさに満ちあふれた本作は、初めて彼の映画を御覧になる方におすすめ。

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処女の泉
Jungfrukallan
pic (1960年 スウェーデン 89分 ブルーレイ SD)
2015年4月4日-4月10日まで上映

■監督 イングマール・ベルイマン
■脚本 ウッラ・イーサクソン
■撮影 スヴェン・ニクヴィスト
■録音 アービイ・ヴェデーン
■編集 オスカル・ロサンデル
■衣装 マリク・ヴォス
■音楽 エリック・ノードグレーン

■出演 マックス・フォン・シドー/ビルギッタ・ヴァルベルイ/ビルギッタ・ペテルソン/グンネル・リンドブロム/アラン・エドヴァル/アクセル・デューベルイ/トール・イセダール/オーヴェ・ポラート

■1960年アカデミー賞外国語映画賞受賞/1960年カンヌ国際映画祭FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞・特別賞受賞/1960年ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞受賞

<恥辱と復讐>
復讐という概念を乗り越えてこそのキリスト教信仰を、
ベルイマンが静謐な映像で問いただす。

pic16世紀のスウェーデン。豪農テーレの屋敷。召使のインゲリは、朝の支度の手を止め、異教の神オーディンに祈りを捧げていた。家の中ではテーレと、敬虔なキリスト教徒の妻が朝の祈りを捧げている。寝坊して朝食に遅れた一人娘のカーリンは、父親のいいつけで教会に寄進するロウソクを届けに行くことになる。母親の心配をよそに、一張羅の晴れ着をまとって上機嫌のカーリン。美しく世間知らずの彼女を妬むインゲリは、お弁当のサンドイッチにヒキガエルを挟み、ささやかな復讐を試みるのだが…。

pic アカデミー賞、ゴールデングローブ賞外国語映画賞をはじめ、数々の賞に輝くベルイマンの代表作。可憐な少女に起こった悲劇と、残された父親の痛烈な復讐を描いた本作は、名カメラマン、スヴェン・ニクヴィスト撮影による北欧の清らかな光と影のコントラストが絶品だ。黒澤明監督を敬愛するベルイマンが、『羅生門』に深い感銘を受け、その強い影響のもとに本作が誕生したエピソードも手伝い、日本では今も多くの映画ファンに愛され続けている珠玉の名作。フランソワ・トリュフォーが指摘した役者への演出の素晴らしさが見事に結実している。

半世紀にわたるキャリアのなかでも、1950年代の10年間は、世界の熱いまなざしが北欧に注がれた、文字通り“ベルイマンの時代”と呼んでも過言ではない。心の内に響き渡る深い精神性、人生の意味を考えさせる彼の映画は、混乱の時代を生きる私たちに大きな希望と感動をもたらすだろう。

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