1910年東京生まれ。36年P・C・L(現:東宝)入社。助監督として主に山本嘉次郎監督に就く。43年、『姿三四郎』でデビュー。50年に『羅生門』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞、米アカデミー賞名誉賞(最優秀外国語映画賞)を受賞してからは“世界のクロサワ”と呼ばれ、日本を代表する監督として活躍。90年アカデミー賞特別名誉賞受賞。98年9月6日没。遺作は93年『まあだだよ』。
・姿三四郎(1943)
・一番美しく(1944)
・續姿三四郎(1945)
・虎の尾を踏む男達(1945)
・わが青春に悔なし(1946)
・素晴らしき日曜日(1947)
・酔いどれ天使(1948)
・静かなる決闘(1949)
・野良犬(1949)
・醜聞〈スキャンダル〉(1950)
・羅生門(1950)
・白痴(1951)
・生きる(1952)
・七人の侍(1954)
・生きものの記録(1955)
・蜘蛛巣城(1957)
・どん底(1957)
・隠し砦の三悪人(1958)
・悪い奴ほどよく眠る(1960)
・用心棒(1961)
・椿三十郎(1962)
・天国と地獄(1963)
・赤ひげ(1965)
・どですかでん(1970)
・デルス・ウザーラ(1975)
・影武者(1980)
・乱(1985)
・夢(1990)
・八月の狂詩曲(ラプソディー)(1991)
・まあだだよ(1993)
*監督作のみ。他脚本など多数。
真実と嘘、善と悪、美しさと醜さ、強さと弱さ。黒澤明映画を観る醍醐味は、この人間普遍の価値観のコントラストの深さに価値観を揺さぶられることだと思う。
題材に合わせた数々の意匠への探究心と、「映画は世界の共通言語」と言われるような、
見ているだけですべてを分からせてしまう圧倒的な表現力。さらに自ら「悪魔のように細心に、天使のように大胆に」
という精密で力強いタッチを生かして、数多くの名作を世に送り出した。
その監督作品は『姿三四郎』から『まあだだよ』まで、全部で31作品にもなる。
日本が初めて手に入れた海外映画祭の重賞。第12回(1951年)ヴェネチア国際映画祭でのグランプリ、黒澤明監督の『羅生門』。
黒澤明はその後、彼のヒューマニズムの頂点を描いたと言われる『生きる』をはじめ、世界中の活劇を撮る映画監督たちをも虜にした『七人の侍』、
シェイクスピアを翻案した『蜘蛛巣城』、娯楽時代活劇としてスターウォーズにも大きな影響を与えたと言われる『隠し砦の三悪人』、
カンヌ国際映画祭に輝く『影武者』など、今でも世界の映画史に残るような作品を何本も製作し、
「世界のクロサワ」と呼ばれるようになった。
フェリーニ、ベルイマン、スピルバーグ、ルーカス、ペキンパー、コッポラ、スコセッシ、
イーストウッド、タルコフスキー、ウディ・アレン・・・・
並べればきりがないほど数多くの偉大な映画監督が、彼に尊敬の声を寄せている。
芸術、産業として両面を持った映画に、まだ大きな夢のあった幸せな時代、戦後5、6年で、
海外に負けないほど優秀な作品を連発するこの黒澤明という国民的な作家が、
どれだけの人たちを勇気づけてきたのだろう、とそのフィルモグラフィを見ながら想像する。
今週上映する『羅生門』と『醜聞』はどちらも1950年に公開された映画だ。
当時、東宝争議と呼ばれる撮影所の混乱を経て、東宝を退社後、
山本嘉次郎、成瀬巳喜男、黒澤明、谷口千吉で映画芸術協会を成立して、
それぞれ大映と松竹撮影所で製作された作品。
一つの死体を横に、検非違使と呼ばれる法の番人の前で繰り広げられる三者三様の供述。
誰も知らない鬱蒼と茂った藪の中に隠された、人間たちの剥き出しの姿。
真実と嘘、美醜をない交ぜに私たちを幻惑する『羅生門』のまばゆいほどに輝く生命力と、
歪んだ人間の狂気との強い対比。
画家と歌手の根拠なきスキャンダルを巡る社会の騒々しさを背景に、
『生きる』の原型とも言えるような、黒澤流ヒューマニズムドラマ。
『醜聞』で描かれる人間の強さと弱さ、それは、黒澤が社会悪と正義との葛藤から磨きあげ、強く生み出した至極の人間性だ。
この清らかさを讃える映画の終わりが残す強い余韻は、時代を越えて今も私たちの心に響くことは間違いない。
一度映画を見たら、二度と忘れられない体験になることがある。私にとって、黒澤明の映画は人生で最初のそれだった。
(ぽっけ)
醜聞(スキャンダル)
(1950年 日本 104分 SD/MONO)
2013年5月4日から5月10日まで上映
■監督・脚本 黒澤明
■脚本 菊島隆三
■撮影 生方敏夫
■美術 浜田辰雄
■編集 杉原よ志
■音楽 早坂文雄
■出演 三船敏郎/山口淑子/桂木洋子/千石規子/小沢栄/志村喬
新進画家の青江は、絵を描きに出かけた山で人気歌手の西条美也子と偶然出会った。ところが美也子と宿で話しているところを、雑誌社「アムール」のカメラマンに撮られ、嘘の熱愛記事を書かれてしまう。腹を立てた青江はアムール社に乗り込み、社長の堀を殴ってしまった。騒ぎはさらに大きくなり、青江は遂に訴訟を決心し、蛭田という弁護士を雇う。蛭田の一人娘で、結核を患う正子の清純な心にすっかりひかれた青江は、蛭田の事も信頼するようになるが…。
黒澤明が菊島隆三と共同で執筆した脚本をもとに、自らメガホンをとった人間ドラマ。報道の暴力に対する腹立たしさから、黒澤は本作を執筆したという。東宝争議の余波の混乱のなか、黒澤にとっては初めての松竹映画となった。ストーリー展開に女性の比重が多く、他の作品には見られない要素が見出だされる。撮影は生方敏夫、音楽は早坂文雄が担当した。出演は三船敏郎、山口淑子、志村喬、桂木洋子、小沢栄。このドラマの影の主役である弁護士・蛭田を演じた志村喬は、この役が自分の演じた中で一番好きな人間像だと語った。
羅生門
(1950年 日本 88分 SD/MONO)
2013年5月4日から5月10日まで上映
■監督・脚本 黒澤明
■原作 芥川龍之介「藪の中」より
■脚本 橋本忍
■撮影 宮川一夫
■美術 松山崇
■音楽 早坂文雄
■出演 三船敏郎/京マチ子/森雅之/志村喬/千秋実/上田吉二郎/本間文子/加東大介
■第12回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞・イタリア批評家賞/米アカデミー賞外国語映画賞
平安の頃、雨が降りしきる「羅生門」の軒下で、杣受と旅法師が下人に、彼らが体験した奇妙な出来事を語りだした。山科の藪の中で、都の侍・金沢武弘の死体が発見された。発見者の杣売と、三日前に美しい妻をつれた侍を見た旅法師が検非違使に呼び出された。また放免によって捕らえられた盗賊の多襄丸と、死んだ侍の妻・真砂も使庁に引かれた。
ところが、多襄丸と真砂の証言が全く違っていた。多襄丸は自分と武弘は男らしく堂々と戦った末に倒れたと言った。真砂は多襄丸に辱めを受けた自分を殺してくれるよう夫に懇願したが、聞き入れてもらえず、錯乱自失して夫を殺してしまったと言う。そして今度は夫の証言を得ようと巫女が呼ばれる。すると巫女の口を借りた武弘の死霊はまた違った証言をし…。
芥川龍之介の小説「藪の中」を、黒澤明が映画化した『羅生門』。黒澤と橋本忍が脚色し、撮影は「水墨画のように映画を撮る」と称された名カメラマン宮川一夫が担当した。出演者は、黒澤組常連だった三船敏郎、志村喬に加え、森雅之、加藤大介、千秋実、京マチ子ら日本映画を支える名優たちが集まった。
知ることの出来ない真実に翻弄される人間たちのエゴイズムを、美しい映像とユニークな構成で描き、世界中に衝撃を与えた『羅生門』は、1951年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、翌1952年米アカデミー賞名誉賞(最優秀外国語映画賞)を受賞。日本映画が戦後、海外で認められたのは、この作品が初めてのことだった。そして今も尚、全世界から尊敬を集め、日本のみならず世界の映画史に残る傑作と称されている。