『もうひとりの息子』のロレーヌ・レヴィ監督はインタビューでこのように発言しています。
一本の映画が戦争を終結させたり、人種間の格差や確執を直接解消することはできないかもしれない。
しかし、観る人ひとりひとりの心にほんの少し変化を与え、世界をちょっと違う視点から見つめるきっかけになることは出来る。
そしてほんとうの変革には、強引な主義主張や実力行使ではなく、
人々の心に静かに伝わって根を下ろすものこそ必要なのだ――
そんな信念も伝わってくる言葉です。
『もうひとりの息子』でイスラエルとパレスチナの2つの家族が体験する過酷な試練は、
見ようによってはあまりに極端な状況に見えるかもしれません。
しかし、その設定が単にドラマチックな効果を狙ったものでないことは、先に引用した監督のコメントからも明らかだと思います。
本作には、いまなお解決の糸口が見えない対立を抱えながらも、それを乗り越える可能性をもった人間への深い信頼があります。
そして、この映画の迎える結末が決して楽天的な絵空事でないことは、
フランス・イスラエル・パレスチナのスタッフ、キャストが力を合わせることでこの映画が作られたこと、
それ自体が鮮やかに示してくれているように思います。
『ある愛へと続く旅』もまた、紛争に翻弄される人間を描きながら、悲劇だけに終わらない物語です。
青春時代、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の最中で恋人と永遠の別れを経験したぺネロぺ・クルス演じるジェンマ。
高校生の息子を持つ母親となりローマで暮らす現在の彼女の元にかかってきた一本の電話から、
彼女はふたたび息子とサラエボへと向かう決心をします。
自らの過去を巡る旅の最後に彼女が向き合うことになる真実は残酷です。
しかし、それに向き合う彼女には他者の痛みに共感し、涙し、赦すことのできる強さがあります。
ラスト近くで、ジェンマが見せる微笑みは私たちに突き刺さります。
対立や紛争を乗り越えるために必要な強さを、あなたも持てるでしょうか。
その微笑みは私たちにそう問いかけているように思います。
ローマに暮らすジェンマのもとに、ある日1本の電話がかかってきた。それは青春時代を過ごしたサラエボに住む旧友ゴイコからのものだった。ジェンマは16歳になる息子ピエトロとの難しい関係を修復するためにも、彼を伴って自らの過去を訪ねる旅に出ることを決意する。長い月日を経て、もう一度過去の思い出をたどるジェンマに、思いもしない真実と大きくてとてつもなく深い愛の赦しが訪れる――。
監督は世界中で絶賛を受けた『赤いアモーレ』のセルジオ・カステリット。原作(「VENUTO AL MONDO」)は、監督の妻でもあるマルガレート・マッツァンティーニによる小説で、2008年に発表され、2009年にカンピエッロ賞を受賞。その後35ケ国で翻訳されその感動が世界中に広がった。本作は、まだ記憶に新しい激動のヨーロッパを背景に、男と女の普遍的な愛、母性や父性といった人間としての愛の深さを緻密に描写し、忘れることのできない深い感動を与える愛の物語となった。
主人公ジェンマを演じたのは、スペインを代表する世界的女優ペネロペ・クルス。本作では初々しい女子大学生の時代から16歳の高校生の息子と向き合う母親まで、女性としての長い年月をリアルに体現。観る者を共感させずにはいられないその演技に誰もが驚嘆し、称賛を送った。共演は『イントゥ・ザ・ワイルド』で鮮烈な印象を残したエミール・ハーシュ。正義感と優しさにあふれるディエゴを演じ、彼の新たなキャリアを決定的なものにした。
ある愛へと続く旅
VENUTO AL MONDO/TWICE BORN
(2012年 イタリア/スペイン 129分 シネスコ)
2014年4月12日から4月18日まで上映
■監督・製作・脚本 セルジオ・カステリット
■製作 ロベルト・セッサ
■原作・脚本 マルガレート・マッツァンティーニ
■撮影 ジャンフィリッポ・コルティチェッリ
■編集 パトリツィオ・マローネ
■音楽 エドゥアルド・クルス
■出演 ペネロペ・クルス/エミール・ハーシュ/アドナン・ハスコヴィッチ/サーデット・アクソイ/ピエトロ・カステリット/ジェーン・バーキン
■第37回トロント国際映画祭正式出品作品/第60回サン・セバスティアン国際映画祭コンペティション作品
もうひとりの息子
LE FILS DE L'AUTRE/THE OTHER SON
(2012年 フランス 105分 シネスコ)
2014年4月12日から4月18日まで上映
■監督・脚本 ロレーヌ・レヴィ
■原案・脚本 ノアン・フィトゥッシ
■脚本 ナタリー・ソージェン
■撮影 エマニュエル・ソワイエ
■美術 ミゲル・マルキン
■音楽 ダッフェル・ユーセフ
■出演 エマニュエル・ドゥヴォス/パスカル・エルベ/ジュール・シトリュク/マハディ・ザハビ/アリーン・ウマリ/ハリファ・ナトゥール
■第25回東京国際映画祭東京サクラグランプリ・監督賞受賞
テルアビブに暮らすフランス系イスラエル人の家族。ある日、18歳になった息子が兵役検査を受ける。そして残酷にも、その結果が証明したのは、息子が実の子ではないという信じ難い事実だった。18年前、湾岸戦争の混乱の中、出生時の病院で別の赤ん坊と取り違えられていたのだ。やがてその事実が相手側の家族に伝えられ、2つの家族は、それが“壁”で隔てられたイスラエルとパレスチナの子の取り違えだったと知る…。
イスラエル人、パレスチナ人撮影スタッフの意見を日々取り入れて、この衝撃的な題材をリアルで感動的な家族の物語に完成させたのはフランスの女性監督ロレーヌ・レヴィ。育てた子と産んだ子の狭間で揺れる2人の母に、フランスのトップ女優エマニュエル・ドゥヴォスとパレスチナ映画界の大女優アリーン・ウマリ、その息子を子役時代から活躍するジュール・シトリュクと美しき新進俳優マハディ・ザハビが演じた。
フランス、パレスチナ、イスラエル…異なる背景を持つ俳優たちの、このうえなく繊細で献身的な演技を、世界中のメディアが絶賛。対立を乗り越え希望を見いだそうとする人間の強さに、誰もがもう一度、未来を信じたくなる名作が誕生した。
アイデンティティ を揺さぶられ、家族とは何か、愛情とは何か、という問いに直面する2つの家族。はたして、彼らは最後にどんな選択をするのだろうか…。