自分の内側にある抑えにくい欲求は、その身勝手さゆえに周りに迷惑をかけてしまう。
だからこそ心の奥底にしまいこみ、誰の目に触れても安全で棘のないものに変化させて、
なんとか周りに馴染ませようとする。
抑えきれないはずだったある衝動は、飼いならされ、
操作可能なロボットのようになってしまう。
「ムーンライズ・キングダム」でサムとスージーの逃避行を、
「ハッシュパピー〜バスタブ島の少女〜」のバスタブ島の人々の暮らしを目撃したとき、
その安全で飼いならされた衝動が、もう一度元の抑えきれないものに戻ろうとする。
こみ上げる本能のようなエネルギーが自分の中に満ち、
即座に何かできてしまいそうな猛々しさがこみ上げ、
安全で退屈な世界と対立し始めようとする。
「俺たちはワイルドアニマルなんだ」と。
しかしこの二つの作品の中で、
本能的な衝動と社会的な規範との間に大きな溝による隔たりがあるわけではない。
それぞれの登場人物が動き、会話をするだけで
あたかも一つの塊のように調和へと向かっているように思えてくる。
それぞれのエゴも、大人や社会のルールも、野生動物さえもすべてそのまま受け入れ、
より大きく温かい視点がすべてを包みこんでしまうようだ。
笑いと涙に溢れた「ムーンライズ・キングダム」と
「ハッシュパピー〜バスタブ島の少女〜」が、
考え躊躇しがちなところから一歩踏み出すことを後押ししてくれるだけでなく、
引き延ばすことで見えなくしていた、人間関係、生活環境、
あらゆるしがらみと自分の衝動との関係性を
もう一度取り戻し、新たな決意へと向かわせてくれる。
ムーンライズ・キングダム
MOONRISE KINGDOM
(2012年 アメリカ 94分 ビスタ)
2013年8月10日から8月16日まで上映
■監督・製作・脚本 ウェス・アンダーソン
■製作 スコット・ルーディン/ステーヴン・レイルズ/ジェレミー・ドーソン
■脚本 ロマン・コッポラ
■撮影 ロバート・イェーマン
■音楽 アレクサンドル・デスプラ
■出演 ブルース・ウィリス/エドワード・ノートン/ビル・マーレイ/フランシス・マクドーマンド/ティルダ・スウィントン/ジェイソン・シュワルツマン/ボブ・バラバン/ジャレッド・ギルマン/カーラ・ヘイワード
■第65回カンヌ国際映画祭オープニング作品・コンペティション部門正式出品/アカデミー賞脚本賞、ゴールデン・グローブ作品賞(コメディ・ミュージカル)、インディペンデント・スピリット賞他多数ノミネート
1965年、ニューイングランド沖にある小さな島で12歳のサムとスージーは恋に落ちた。ボーイスカウトのキャンプから脱走したサムと、両親の目をかいくぐって家出したスージーは、秘密の場所“ムーンライズ・キングダム”を目指して駆け落ち。そんなふたりを、親、警官、福祉局、ボーイスカウトの子供たち&スカウト犬のスヌーピーらが大追跡! 島中巻き込んでの“愛の逃避行”が始まる…。
『ザ・ロイヤル・テネンバウムス』『ファンタスティック Mr.FOX』など、そのユニークなセンスでファンを刺激し続けてきたウェス・アンダーソン。彼の最新作は、第65回カンヌ国際映画祭でオープニング作品とコンペティション部門に同時選出という極めて稀な事態を引き起こした話題作だ。全米ではウェス作品最大のヒット作となり、最高傑作の呼び声も高い。“ひと夏の冒険”という誰もが共感や郷愁を感じるテーマで、ウェス監督の新境地を開拓した本作は、観客みんなをハッピーな気持ちで包み込む。
ウェス作品にはいつも豪華キャストが集まるが、今回もハリウッドスターが大挙して出演を希望した。島でたったひとりの警官シャープをブルース・ウィルス、ボーイスカウトのウォード隊長をエドワード・ノートンが演じるほか、フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントン、ビル・マーレイ、ジェイソン・シュワルツマンなどが絶妙なアンサンブルを奏でる。特に、中年男性の悲哀とおかしみを表現するブルース・ウィルスは、普段のマッチョなイメージからは遠いこの役に見事にはまっている。
「こんな子供時代が過ごせたらいいなという願望を込めて作ったんだ」とウェス監督がいう通り、誰もが経験したいと願う、魔法にかかったような映画が誕生した。
ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜
BEASTS OF THE SOUTHERN WILD
(2012年 アメリカ 93分 ビスタ)
2013年8月10日から8月16日まで上映
■監督・共同脚本・作曲 ベン・ザイトリン
■原作戯曲・脚本 ルーシー・アリバー
■撮影 ベン・リチャードソン
■音楽 ダン・ローマー
■出演 クヮヴェンジャネ・ウォレス/ドゥワイト・ヘンリー
■2012年アカデミー賞作品賞・主演女優賞・監督賞・脚色賞ノミネート/カンヌ国際映画祭カメラ・ドール受賞/LA批評家協会賞助演男優賞・音楽賞・ニュー・ジェネレーション賞受賞ほか多数
世界で一番美しい島、通称“バスタブ”に父親・ウィンクと暮らす6歳の少女ハッシュパピー。彼女は自分には特殊な能力があると信じていた。それは動物と会話ができること、予知能力があること。いつか自然の秩序が崩壊し、氷河に閉じ込められた獰猛な野獣が眠りから覚めることを恐れていた。
そんなある日、百年に一度の大嵐が“バスタブ”に襲い掛かる。バラック小屋で一晩中じっと身を潜め、何とか難を逃れたハッシュパピーだったが、今度はたった一人の家族ウィンクが重病に倒れてしまう。残されたわずかな時間。父が愛する娘に伝え、教えたいこととは――。
2012年1月、サンダンス映画祭は製作費わずか200万ドル、若干29歳の新人監督ベイ・ザイトリンが創り上げた一人の少女の物語に瞬く間に虜になった。6歳の少女ハッシュパピーの目線を通して描かれる想像豊かでファンタジック、それでいて厳しい現実をも描きだしたオリジナリティあふれる本作に観客は熱狂し、見事グランプリと撮影賞に選出された。そして同年カンヌ国際映画祭でもカメラドールなど4冠に輝き、遂には米アカデミー賞で主演女優賞(史上最年少!)を含む主要4部門にノミネートされる快挙を成し遂げた。
主人公ハッシュパピーを演じるのは、4000人のオーディションを経て見出された少女、クヮヴェンジャネ・ウォレス。趣味は読書と歌といういたって普通の小学生。しかし監督に「彼女を見た時、小さな自然児というだけでなく、その眼は生命力に溢れ大胆不敵な戦士のようだった。」と言わしめるほど、本作では神がかりな演技を披露した。