カトリックの本拠地ヴァチカン。システィーナ礼拝堂ではいま、
新たな最高指導者を決める法王選挙(コンクラーヴェ)が開かれようとしている。
赤い礼服に身をつつみ、荘厳な雰囲気の枢機卿たち。
だが心の中で全員が祈っているのは…「どうか私が選ばれませんように!」
――『ローマ法王の休日』はこんな風に幕を開ける。
一方『塀の中のジュリアス・シーザー』の舞台は、ローマ北東に位置するレビッビア刑務所。
ここでは一風変わった実習が行われている。それは、受刑者による演劇だ。
今年の演目はシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」。
出演希望者がオーディションに続々と参加する。
彼らはみな、麻薬売買、累犯、殺人などを犯してきた、ほとんどが終身刑の囚人たちだ。
同じローマにある、正反対の場所。
でもわたしには、このふたつの映画から同じ匂いが感じられる。
コンクラーヴェとはラテン語で “cum clavi” 、「鍵がかかった」という意味だそうだ。
礼拝堂という密室空間に閉じ込められた枢機卿たちが、息抜きのバレーボールに興じる姿は、
刑務所の中庭で一所懸命に演技の練習をする受刑者たちと、何故だか重なるような気がする。
カトリック教徒は全世界11億人以上にものぼる。そのトップ、“法王”になるという重責。
運悪く(といって良いものか…)選ばれてしまった主人公メルヴィルは、
思わず逃げ出したローマの町で、本来の自分の姿を見つめ直すことになる。
「ジュリアス・シーザー」の主役ブルータスは、
愛国心のあまり、親子のような信頼関係のあったシーザーの暗殺に加担してしまう。
そしてそのブルータス役を演じることになった男。
演技にのめり込み、役柄が、セリフが、自分自身に突き刺さる。
人生について、過去の自分について振り返る彼ら。
法王も受刑者も、悩める一人の人間に変わりないのだ。
『ローマ法王の休日』の監督はナンニ・モレッティ。
イタリアのウディ・アレンとの異名をとる彼の作風は、
鋭い人間観察から生まれる独特なユーモアだ。
悩みに悩んだ新法王が出した答えとは…これがまたあまりに人間らしい。
『塀の中のジュリアス・シーザー』を創り上げたのは巨匠タヴィアーニ兄弟。
フィクションとドキュメンタリーの間を自由に行き交い、不思議な感覚を覚える本作。
だが、斬新な手法の中に、圧倒的リアリズムが充満している。
舞台を終え、監獄に帰ってゆく受刑者たちの姿は、限りなく本物の“刑務所”の光景だった。
ローマに生きる男たちがそれぞれ抱える苦悩、葛藤。
それはコンクラーヴェが終わっても、劇の本番が終わっても、
決して無くなるものではない。
(パズー)
ローマ法王の休日
HABEMUS PAPAM
(2011年 イタリア 105分 ビスタ)
2013年7月6日から7月12日まで上映
■監督・脚本・出演 ナンニ・モレッティ
■脚本 フランチェスコ・ピッコロ/フェデリカ・ポントレモーリ
■撮影 アレッサンドロ・ペシ
■音楽 フランコ・ピエルサンティ
■出演 ミシェル・ピッコリ/イエルジー・スチュエル/レナート・スカルパ/マルゲリータ・ブイ
■2011年カンヌ国際映画祭コンペティション正式出品
ローマ法王死去――。この一大事を受けヴァチカンで開催される法王選挙(コンクラーヴェ)。サン・ピエトロ広場には、新法王誕生を祝福しようと民衆が集まり、世紀の瞬間を心待ちにしている。そんな中、投票会場のシスティーナ礼拝堂に集められた各国の枢機卿たちは、全員が心の中で必死に祈っていた。
「神さま、一生のお願いです。どうか私が選ばれませんように――。」
そんな祈りもむなしく新法王に選ばれてしまったメルヴィル。早速バルコニーにて大観衆を前に演説をしなければならないが、内気な彼はあまりのプレッシャーからローマの街に逃げ出してしまうのだった…。
自ら脚本、演出、出演までこなす創作スタイルと、現代が抱える問題を人間的な視点でユーモラスかつシニカルに描く作家性によって、イタリアのウディ・アレンとも呼ばれるナンニ・モレッティ監督。2001年の『息子の部屋』で、カンヌ国際映画祭パルムドールに輝いたイタリアの若き巨匠の最新作は、全世界11億人にのぼるカトリック教徒の最高指導者たる「法王」を主人公に据えた、挑戦的な一作だ。
主演は、フランス映画界の重鎮ミシェル・ピッコリ。ジャン=リュック・ゴダール監督『軽蔑』や、ルイス・ブニュエル監督『昼顔』など、これまで100本以上もの作品に出演している名優である。また、ヴァチカン報道官役で、クシシュトフ・キェシロフスキ監督作常連のポーランドを代表する俳優イエルジー・スチュエルが出演している。秘密のベールに包まれてきたヴァチカンを舞台に、モレッティ監督独特の眼差しで法王を悩める一人の人間として描いた、コミカルにして深遠なドラマが誕生した。
塀の中のジュリアス・シーザー
CESARE DEVE MORIRE
(2012年 イタリア 76分 ビスタ/SRD)
2013年7月6日から7月12日まで上映
■監督・脚本 パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ
■劇中戯曲 ウィリアム・シェイクスピア「ジュリアス・シーザー」
■撮影 シモーネ・ザンパーニ
■音楽 ジュリアーノ・タヴィアーニ/カルメロ・トラヴィア
■出演 コジーモ・レーガ/サルヴァトーレ・ストリアーノ/ジョヴァンニ・アルクーリ/アントニオ・フラスカ/フアン・ダリオ・ボネッティ/ヴィンチェンツォ・ガッロ/ロザリオ・マイオラナ/ファビオ・カヴァッリ
■2012年ベルリン国際映画祭金熊賞(グランプリ)・エキュメニカル審査員賞受賞/ダヴィッド・ディ・ドナテッロ(イタリア・アカデミー賞)作品賞・監督賞ほか主要5部門受賞/米アカデミー賞外国語映画賞イタリア代表作品
イタリア、ローマ郊外にあるレビッビア刑務所。ここでは囚人たちによる演劇実習が定期的に行われている。 毎年様々な演目を囚人たちが演じて、所内劇場で一般の観客相手にお披露目するのだ。 指導している演出家ファビオ・カヴァッリが今年の演目を、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」と発表した。 早速、俳優のオーディションが始まり、ブルータスが、シーザーが、キャシアスが…配役が次々と決まっていく。 演じるのは重警備棟の囚人たち。本公演に向けて所内の様々な場所で稽古が始まる…。
『父/パードレ・パドローネ』でカンヌ国際映画祭パルムドール、『サン・ロレンツォの夜』で同映画祭審査員グランプリに輝いた、イタリアの巨匠パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟が、2012年ベルリン国際映画祭でまたも世界を揺るがす作品を世に送り出した。実在の刑務所に服役中の囚人たちが演ずる、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」をカメラで捉えた本作は、フィクションとドキュメンタリーの要素が混在した異色作だ。
各々の監房で、廊下で、遊戯場で、一所懸命に台詞を繰り返す俳優たち=囚人たち。 それぞれの過去や性格などが次第にオーバーラップして演じる役柄と同化していく。現実と虚構の境を越えていく、映画ならではのマジカルな瞬間。そのとき、刑務所自体がローマ帝国へと変貌する――。タヴィアーニ兄弟の全映画人生の集大成とも言える奇跡的な傑作。たった76分の物語の、驚くほど濃密な時間に圧倒される。