私の実家の近所にはラブホテルが沢山あった。
「ラブホ街」と呼ばれるほどあった。
小学生の頃、集団下校するときは必ずその前を通った。
家があまりにも近いので、あるのが当たり前だった。
夜になるとキラキラ輝いて、お城みたいで憧れてた。
いつか行ってみたいと思ってた。
中学生になると、みんなが「恥ずかしい」と言った。
“いかがわしい場所”なのだと知った。
朝の通学時間にホテルから出て行く車を沢山見た。
軽蔑の眼で、見送った。
こんなところ、絶対行かない。そう思った。
大学生になり、上京した頃、実家の近所で殺人事件が起きた。
そのホテルだった。
不倫で揉めた末に、女は殺された。
なんて迷惑な話・・・自業自得だと思った。
社会人になると、不倫なんてどこにでもあると知った。
特別ではない、日常茶飯事だった。
いつしか私は本人が良ければいいと思うようになった。
そういうのも悪くないとさえ思うようになった。
数年後、あのホテルは閉鎖した。
一歩、踏み入れたら抜け出せない地獄。
それはあまりに遠く、あまりに近くに存在している。
「恋の罪」で描かれる女たちが堕ちて行く世界は、“普通に暮らしている私たち”にも扉を開いている。
なぜ踏みいれてしまうのだろうか。何不自由ない生活を送っているのに。
「ヒミズ」の主人公・住田(染谷将太)は、“普通の大人になること”に憧れている。
自分は特別な存在ではない。大きな夢を持たずただ誰にも迷惑をかけずに生きたい。と。
しかし彼は知らなかった。自分が"普通の子供ではないこと"を。
子供は間違いを許さない。
間違えたら大人に正されてきた。
しかし大人は罪を犯す。
歳を重ねるごとに正してくれる大人がいなくなるからだ。
だから子供は大人を許さない。
そんな子供のころに思い描いていた立派な大人になっているだろうか。
どこかで"普通"であればいいと折れたことはないだろうか。
その結果逃げ出したくなって踏み外したことはないだろうか。
どれもこれもありふれている、普通な出来事なんじゃないか。
そう、思うのである。
女のドロドロをこれでもかというくらい見せつける。
青春の真っただ中をあんなにももがき苦しんでいる。
スクリーンの中で繰り広げられるこの二つの“非日常”は私たちの“日常”から生まれたものだ。
私たちが犯せない罪を、出口のない青春を、園子温は体感させてくれる。
今週お送りする映画は園子温監督特集。
成熟した大人の女性を、そして愛を描いた“大胆な女の映画”「恋の罪」と
純粋に人生に悩む子供たちの、現代の青春像を描いた、監督初の原作映画化「ヒミズ」の二本立て。
ようこそ、園子温の世界へ。
恋の罪
(2011年 日本 144分 ビスタ/SR)
2012年6月23日から6月29日まで上映
■監督・脚本 園子温
■プロデューサー 千葉善紀/飯塚信弘
■撮影 谷川創平
■編集 伊藤潤一
■音楽 森永泰弘
■出演 水野美紀/冨樫真/神楽坂恵/児嶋一哉/二階堂智/小林竜樹/五辻真吾/深水元基/内田慈/町田マリー/岩松了(友情出演)
■日本映画プロフェッショナル大賞特別賞(千葉善紀:「恋の罪」の製作に対して)・ベスト10第4位
本作は、21世紀直前――世紀末の渋谷区円山町ラブホテル街で、実際に起きた殺人事件からインスパイアされたオリジナルストーリーである。
大都会の片隅、どしゃぶりの雨が降りしきる中、ラブホテル街の木造アパートで、女が無残な死体となって発見された。刑事・和子は謎の猟奇殺人事件を追ううちに、大学のエリート助教授・美津子と人気小説家を夫に持つ清楚で献身的な主婦・いずみの驚くべき秘密に触れひきこまれていく。事件の裏に浮かび上がる真実とは?そんなサスペンスを軸に、3人の美しい女たちの運命が交錯する。なぜ、女は殺されたのか?誰も見たことのない壮絶な愛の地獄が始まる――。
今、世界中から新作が待ち望まれる映画監督、園子温。自身が「代表作」と語る本作は、カンヌ国際映画祭の監督週間でワールドプレミア上映され、興奮のスタンディングオベーションが巻き起こり大きな話題を呼んだ。
悪の華をスクリーンに咲かせる妖艶なヒロインたち。自ら演劇ユニットを主宰するなど精力的な活動で注目を集める水野美紀は、仕事と幸せな家庭を持つにも関わらず、愛人との関係を断てない女の渇きを繊細かつリアルに演じ新境地を披露。『犬、走る』など数多くの映画・舞台で活躍する富樫真が演じるのは、社会的な地位がありながら狂ったように体を売る女。役柄に憑依したような怪演で観る者を物語に引き込む。そして、『冷たい熱帯魚』の人妻・妙子役で開花した神楽坂恵が迫力ある演技で貞淑なセレブ妻の変貌を見事に魅せる。セックスと愛、言葉とカラダ、背徳と家族、昼とは別の顔を持つ夜の女たち。身も心もむきだしで魅せる女の生き様に心震える!
ヒミズ
(2011年 日本 129分 ビスタ/SR)
2012年6月23日から6月29日まで上映
■監督・脚本 園子温
■原作 古谷実
■撮影 谷川創平
■編集 伊藤潤一
■音楽 原田智英
■出演 染谷将太/二階堂ふみ/渡辺哲/諏訪太朗/川屋せっちん/吹越満/神楽坂恵/光石研/渡辺真起子/モト冬樹/黒沢あすか/堀部圭亮/でんでん/村上淳/窪塚洋介/吉高由里子/西島隆弘/鈴木杏
■ヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞:染谷将太/二階堂ふみ)受賞
住田祐一、15歳。彼の願いは、「普通」の大人になること。大きな夢を持たず、ただ誰にも迷惑をかけずに生きたいと考える住田は、実家の貸しボート屋に集う震災で家を失くした大人たちと、平凡な日常をおくっていた。茶沢景子、15歳。夢は、愛する人と守り守られ生きること。住田に恋焦がれる彼女は、疎ましがられながらも住田との距離を縮めていけることに、日々喜びを感じていた。
借金を作り、蒸発していた住田の父が帰ってきた。金の無心をしながら、住田を激しく殴りつける父親。さらに、母親もほどなく中年男と駆け落ちしてしまい、住田は中学生にして天涯孤独の身となる。そんな住田を必死で励ます茶沢。そして、彼女の気持ちが徐々に住田の心を解きほぐしつつあるとき、その“事件”は起こった――。
奇才、古谷実の超問題大ヒットコミック「ヒミズ」。渇望されつつも「まさか」と思われていた実写化を実現させたのは、今最も目が離せない監督、園子温。2人が放つ驚愕の化学反応は、猛々しく狂暴にして、壮絶に切ない。刃の切っ先を突き付けられたような緊張感の極限から、激しく抱きしめるかのようなラストへ。こみ上げる熱いものに誰もが嗚咽をもらさざるを得ない。
主演に抜擢されたのは染谷将太と二階堂ふみ。身を切るようにぶつかり合う壮絶な演技で、日本人としては初となるヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)をW受賞する快挙を成し遂げた。脇を固める俳優陣には渡辺哲、諏訪太郎、吹越満、神楽坂恵、光石研、渡辺真紀子、黒沢あすか、でんでん、吉高由里子、西島隆弘と、これまでも園作品で異彩を放ってきた面々が勢揃い。窪塚洋介と鈴木杏は初めての参加となった。