監督■サム・メンデス
1965年イギリス、バークシャー州レディング生まれ。ケンブリッジ大学卒業後、チチェスター・フェスティバル劇場やロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで舞台監督としてキャリアをはじめる。ロンドンにドンマー・ウェアハウスを設立し、1992年から2002年まで経営に携わる。
この10年間のドンマー製作作品には、「キャバレー」「グレンガリー、グレンロス」「ガラスの動物園」「ワーニャ伯父さん」「十二夜」などがある。
また、共同で製作を行っているキャロ・ニューリングと共に60を超える舞台をプロデュースし、「エレクトラ」「True West」「Juno and the Paycock」、そしてトニー賞を受賞した「The Real Thing」を含む数多くがニューヨークでも上演された。
その他、ブロードウェイ、ナショナル・シアター、ウェストエンドなどでプロデューサー、監督、演出家として活躍。2002年にはロンドンのイブニング・スタンダード・アワードの最優秀演出家賞を受賞。またオリヴィエ賞の最優秀演出賞に5度ノミネートされ、そのうち3度受賞し、ロンドン批評家賞は3度受賞している。
映画監督としては、初監督作品『アメリカン・ビューティー』でアカデミー賞監督賞、ゴールデングローブ賞監督賞を受賞。2000年にはイギリス王室より大英帝国勲章を与えられた。
・アメリカン・ビューティー(1999)監督
・ロード・トゥ・パーディション (2002)監督/製作
・ジャーヘッド (2005)監督
・君のためなら千回でも (2007)製作総指揮
・悲しみが乾くまで (2008)製作
・レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで(2008)監督/製作
・お家(うち)をさがそう(2009)監督
英語でよく使われるフレーズのひとつ、“THERE'S NO PLACE LIKE HOME(我が家にまさるところなし)”。アメリカの劇作家ジョン・ハワード・ペインが1823年に作詞した曲“Home! Sweet Home!(埴生の宿)”の歌詞の一部です。この言葉を決定的に有名にしたのは、映画「オズの魔法使(The Wizard of Oz/1939年・アメリカ)」で、ドロシーがオズの国からカンザスへ帰る際の魔法の呪文として使われたことでしょう。「家よりステキな場所はない」…北の良い魔女・グリンダと共に繰り返しつぶやいたドロシーはやがて、懐かしい我が家のベッドで目を覚ますのです。
「トト、私たち帰ってきたわ。もう二度と離れない…お家がどこよりいちばん!」
家や故郷に対する「帰りたい場所」「唯一無二の大切な場所」というイメージ<理想>は、世界中どこでも共通のもの。しかし、そんな我が家が永遠に私たちの帰りたい場所であってくれる保証などないという現実も、誰もが暗黙のうちに理解していることではないでしょうか。“THERE'S NO PLACE LIKE HOME”――あまりにも有名であるがゆえに、このフレーズは時に皮肉な意味合いで使用されることがあります。すなわち、「家よりひどい場所はない」と。
今週ご紹介するのは、サム・メンデス監督作品「お家(うち)をさがそう」と「アメリカン・ビューティー」の二本。前者ではこれから家庭を築こうとする若いカップルが希望の中家探しの旅に立ち、後者ではある平凡な中流家庭が日常のストレスと家族間の不協和音の中で崩壊していきます。
はじまりと終わりという全く逆のベクトルを指す2作品ですが、根底にあるテーマはどちらも「家庭」。メンデス監督は特に「現代(当時)」の「アメリカ」という国における「普通の人々」に焦点をあて、家庭の、そして家庭を構成する家族一人ひとりの物語をひも解いていきます。家庭と家庭のあいだ、家族と家族のあいだにある親密さと、しかし同時に限りなくプライベートである近づき難さ。この奇妙なバランスの中で、どの「家庭」も「家族」それぞれの人生を抱えながら運命を共に歩んでいくのです。はじまりも、もちろん終わりも。
メンデス監督の描く家々に一歩足を踏み込めば、めくるめく小宇宙のようなドラマが私たちを待ち受けています。時に幸せに溢れ、時に滑稽なほど不幸で、おかしくも愛おしい、愛おしくも最も憎い、我が家。まさに、“THERE'S NO PLACE LIKE HOME”――家のような場所はほかにない。果たしてそこは、私たちをいつでも心地よく出迎えてくれる場所でしょうか。それとも……?
それでは、覗いてみましょう。サム・メンデスのお家(うち)のなかを。
アメリカン・ビューティー
AMERICAN BEAUTY
(1999年 アメリカ 117分 シネスコ/SRD)
2011年10月1日から10月7日まで上映
■監督 サム・メンデス
■脚本 アラン・ボール
■撮影 コンラッド・L・ホール
■音楽 トーマス・ニューマン
■出演 ケヴィン・スペイシー/アネット・ベニング/ソーラ・バーチ/ウェス・ベントリー/ミーナ・スヴァーリ/ピーター・ギャラガー/クリス・クーパー
■アカデミー賞作品賞・主演男優賞・監督賞・脚本賞・撮影賞/全米批評家協会賞撮影賞/LA批評家協会賞監督賞/ゴールデン・グローブ作品賞(ドラマ)・監督賞・脚本賞/英国アカデミー賞作品賞・主演男優賞・主演女優賞/作曲賞(アンソニー・アスクィス映画音楽賞)・撮影賞・編集賞/放送映画批評家協会賞作品賞・ 監督賞・オリジナル脚本賞 ほか多数
閑静な住宅地にある庭付き一戸建て。ここにはサラリーマンの父・レスターと、不動産ブローカーで家や庭の手入れにも熱心な母・キャロリン、それから高校生の娘・ジェーンが住んでいる。家族仲が良いかと言えばそうでもない。レスターはリストラの危機を迎えているし、キャロリンは取り柄のない夫にうんざりしながら、自分の仕事も失敗続きでイライラを募らせている。ジェーンは反抗期らしくいつもむっつり黙り込んで、父親とは口も聞かない。今にも「お父さんのパンツとは一緒に洗わないで」なんて言いだしそうな様子だ。だがこれこそが、世界中にごまんといる「ごく普通」の家族の姿だろう。
しかし、レスターがジェーンの友達に一目惚れをしたことから事態は急展開。相手のアンジェラは、セクシービームを友達の父であるレスターにこれでもかと浴びせるブロンドの美しい少女だ。「もう少し筋肉をつけたら寝るわ」…彼女は自分が美しいことを知っていて、それを最大の武器にしている。レスターは地下室へ飛んでいき、即刻鉄アレーで筋トレ開始。夜は妻の隣でアンジェラを思い出しながら自慰にふける。少しずつ、だが確実に、家族の何かが壊れいていく。普通が異常に、異常が普通に。燃え上がる中年男の恋が、すべてを危険な方向へと変えていく――。
監督のサム・メンデス、脚本のアラン・ボールともに映画デビューであるにもかかわらず、全米で驚異的なヒットを記録した本作は、その年の賞を総ナメにして世界中の話題をさらった。登場する「ごく普通」だったはずの一般家庭が、あれよあれよと崩壊へ堕ちていく様…その中で、私たちは普段こんなにも自分を抑圧し、ストレスを抱え込み、息も絶え絶えに生きているのかという新鮮な驚きを覚え、やがて静かな恐怖に囚われる。普通の人生こそが狂気への近道なのかもしれない、と。
人は誰しも、自分にとっての“ビューティー(美)”を夢見る。レスターが自分の娘と同い年の少女に恋をしたとたん変態としか思えないような変貌を遂げてしまったように、美に目覚め、「普通に生きる」という制約から解放された人々の表情は、晴れ晴れとしながらもどこか危うい。そんな彼らの人生が絡み合い、自分の家族が今まさに崩壊へと近づいている時、不動産ブローカーとして空っぽの薄汚れた家をピカピカに磨き上げ、売り飛ばそうと必死になるキャロラインの姿はなんとも物悲しく胸に残る。公開から10年以上たった今もなお色鮮やかさを失わなず、私たちに夢と希望と失望を与えてくれる時代を越えた名作。一度観た方も、初めての方も、ぜひスクリーンでこの感慨を味わって欲しい。(かくいう私もDVDでしか観てません。皆さまと一緒に劇場で観賞するのを楽しみにしております!)
お家(うち)をさがそう
AWAY WE GO
(2009年 アメリカ 98分 シネスコ/SRD)
2011年10月1日から10月7日まで上映
■監督 サム・メンデス
■脚本 デイヴ・エッガース/ヴェンデラ・ヴィーダ
■撮影 エレン・クラス
■編集 サラ・フラック
■音楽 アレクシ・マードック
■出演 ジョン・クラシンスキー/マーヤ・ルドルフ/ジェフ・ダニエルズ/マギー・ギレンホール/アリソン・ジャネイ/クリス・メッシーナ/キャサリン・オハラ/ポール・シュナイダー/カルメン・イジョゴ/ジム・ガフィガン/ジョシュ・ハミルトン/メラニー・リンスキー
「いつもと味が違う(なんのことかはここではちょっと書けません)」――コロラド州在住のバートとヴェローナに、予期せぬ転機が訪れた。ヴェローナが妊娠し、さらには自分たちの生活基盤が何ひとつ固まっていないことに気づいてしまったのだ。30代も半ばなのに、窓も割れてる。そうだ、ここでは暮らせない! こうして2人は、家探しのために北米各地をめぐる旅へと出発した。
友人や知人を訪ねていろいろな家族に出会う2人だったが、個性が強烈すぎたり屈折したポリシーを持っていたりと多様な家族の有り様に少々面喰い気味。ちょっとエキセントリックな家族でも本人たちはとても幸せそうだったり、最高に素敵な家族でも言い知れぬ悲しみを抱えていたりと、理想と現実のあいだで2人の心は次第に揺れ動き、いつしか悩みだしてしまう。「本当の幸せってなんだろう?」…果たして2人の終着点=“私たちのお家”は見つかるのだろうか?
サム・メンデス監督待望の新作『お家をさがそう』は、『かいじゅうたちのいるところ』の脚本家デイヴ・エガースがヴェンデラ・ヴィーダとともに執筆したオリジナル・ストーリー。日本では単館で公開されただけの小ぶりな作品ではあるが、見逃すにはあまりにも惜しい秀作のひとつ。スタジオから抜け出し北米各地でのロケを敢行したことで、「家」というまさにアットホームな題材と雰囲気に奥行きと解放感がプラスされ、たびたび挿入されるユーモアには弾けるような元気と愛情が感じられる。よし、家を探そう!と決心したバートとヴェローナのように自由で明るく、足取りも軽やかなロードムービーに仕上がっている。
典型的な普通の(だが観終わった後にはとても普通とは思えない)家族が主人公だった『アメリカン・ビューティー』から10年以上が経った今、家族の在り方はさらに多種多様化している。同性間の結婚が認められたり、結婚しなくても夫婦と同じ権利が認められるパートナーシップ法ができたりと、90年代から現在に至るまで、ヨーロッパや北米を中心に新しいライフスタイルが生まれ、また浸透しつつある。あまり深くは描かれていないが、本作の主人公であるバートとヴェローナも、夫婦同然だが実は結婚を選ばなかったカップルであり、肌の色も違う。アメリカにおけるファミリー・バリューの変化を感じると同時に、時代を的確に反映しさらりと盛り込んでみせる脚本の秀逸さが光る。家族の愛情のような温もりに包まれた旅の中、より自由な幸せの可能性に希望を抱いた。
(デザイン・文 by ザジ)