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男性が多く活躍している映画監督の世界ですが、第82回アカデミー賞では、歴史が塗り替えられる瞬間に世界が注目していました。『ハート・ロッカー』の監督、キャスリン・ビグローが、女性監督として初のアカデミー賞を受賞したのです。そればかりか、9部門ノミネート、そのうち作品賞、監督賞、オリジナル脚本賞、編集賞、音響効果賞、録音賞の6部門を受賞するという偉業を成し遂げました。

『ハート・ロッカー』では、イラクの現実が垣間見れます。自分の暮らしている街に、市民に紛れて敵がいる。誰が敵だか分からない。仕掛けられている爆弾が突然爆発するかもしれない。この物語に登場する爆弾物処理班は、そんな危険な街で、時には大切な人や仲間を失いながらも爆弾の処理を遂行していきます。戦場を日常とする彼らのリアルをあぶり出したこの作品は、数々のメディア、批評家から「完璧に近い映画」「最高傑作」と賞賛を受けました。

『フローズン・リバー』の監督コートニー・ハントも、長編初脚本・初監督ながら、アカデミー賞2部門にノミネートされるという快挙を達成した人物です。コロンビア大学在学中に卒業制作の短編作品が映画祭で上映された経験こそありますが、結婚後は家庭と育児を優先し、また当時は女性監督という職業自体が少なかったこともあり、プロとして働くことは難しいと考えていました。しかし映画を撮ることを諦められず、いくつか脚本を書き溜めていました。『フローズン・リバー』の基になった作品は、ストックしていた作品の一つであり、弁護士である夫が企画書を作成して出資者を探し、彼女の映画製作をバックアップしたといいます。そして、この映画で自主制作映画を対象にしたサンダンス映画祭のグランプリを受賞しました。映画製作時、彼女は44歳でした。通常の撮影現場では、一人のリーダーが指揮を取り進行していくケースが多い中、彼女の現場は多くのスタッフが女性で、上下関係なくみんな同じ立場で一緒に働いたといいます。

この作品の背景にはアメリカの移民問題があります。移民を取り上げた映画は、昨年早稲田松竹でも上映された『扉を叩く人』という作品が記憶に新しいところです。今回登場するのは、アメリカに不法入国しようとする中東やアジアの人たちを密入国させてお金を稼ぐ2人の母親。子供と幸せに暮らしたいけれど、お金がなくて生活が苦しい…そんなギリギリのところで生きる人たち、英雄的行為ではなく、懸命に生きる普通の人々をこれからも描写していきたいというコートニー・ハント。この物語では、親子愛という女性的な視点以外にも、移民問題を扱った着眼点、人種の違いや思い込み等による心の境界の描写にも、彼女の個性が印象深く感じられます。

女性監督の魅力とパワーを力強く感じさせ、映画界に大きな躍進をもたらした2本、『ハート・ロッカー』、そして『フローズン・リバー』。取り上げられているテーマから深刻な印象を持たれるかもしれませんが、あまり重くならずに、じーんと感動できる後味ですので、躊躇せずにご覧になっていただけたらと思います。

(こりす)

フローズン・リバー
FROZEN RIVER
(2008年 アメリカ 97分 ビスタ/SRD)pic
2010年8月21日から8月27日まで上映 ■監督・脚本 コートニー・ハント
■製作 ヘザー・レイ/チップ・ホーリハン
■撮影 リード・モラーノ
■編集 ケイト・ウィリアムズ

■出演 メリッサ・レオ/ミスティ・アッパム/チャーリー・マクダーモット/マーク・ブーン・ジュニア/マイケル・オキーフ/ジェイ・クレイツ/ ジョン・カヌー /ディラン・カルソーナ/マイケル・スカイ

■NY批評家協会賞新人監督賞/インディペンデント・スピリット賞主演女優賞

タランティーノ絶賛!
「最高にエキサイティングで息をのむほどすばらしい」
――家族のため必死に生きる、2人の母親の壮絶なドラマ!

picカナダとの国境に面し、モホーク族の保留地を抱えるニューヨーク州最北部の町。2人の息子を育てる白人女性のレイは焦っていた。新居を買うために家族で貯めた大金を、ギャンブル依存症の夫が持ち逃げしてしまったのだ。夫の行方を探すレイは、モホーク族の女・ライラが夫の車を運転しているのを発見する。車は“拾った”と主張するライラは、義理の母に奪われた自分の子供をいつか引き取り、一緒に暮らしたいと願っていた。まとまったお金を稼ぐために、ライラは凍った川を車で渡り、カナダとの国境を越え、アジアからの不法移民を1人当たり1200ドルでアメリカ側に密入国させるという危険な「裏仕事」に手を染めていた。

picその夜も国境を越えるために車が必要だったライラは、レイもお金に困っていると知り、儲けを山分けすることを条件に、共犯パートナーに引き入れた。白人と先住民という人種の違いゆえ、初めは不信感を抱きながらも、次第に信頼関係を築いていった2人。だが、待ち受けていたのは過酷な現実だった。やがて取り返しのつかない最悪の事態へ追い込まれてしまったとき、2人は「究極の決断」を迫られるが…

長編初監督・初脚本ながらアカデミー賞2部門にノミネート!
世界各国で賞賛された珠玉の名作!

pic新人監督とは思えぬ繊細かつ感情豊かなキャラクター描写は、全米公開時に多くの批評家から高い評価を受け、第81回アカデミー賞では、デビュー作でありながらオリジナル脚本賞にノミネートされるという快挙を達成。現在、アメリカのインディペンデント映画界でもっとも熱い注目を集めている女性監督の1人である、本作の監督と脚本を務めたコートニー・ハントは、コロンビア大学の映画学部でポール・シュレイダー(『タクシードライバー』、『レイジング・ブル』などの脚本家)らに学び、04年に本作の基となった短編版『フローズン・リバー』を発表。そこからさらに4年の歳月を費やし、長編監督デビュー作となる本作を妥協なきビジョンで完成にまでこぎつけた。


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ハート・ロッカー
THE HURT LOCKER
(2008年 アメリカ 131分 PG12 ビスタ/SRD) 2010年8月21日から8月27日まで上映 ■監督 キャスリン・ビグロー
■製作 キャスリン・ビグロー/マーク・ボール/ニコラス・シャルティエ/グレッグ・シャピロ
■脚本 マーク・ボール
■撮影 バリー・アクロイド

■出演 ジェレミー・レナー/アンソニー・マッキー/ブライアン・ジェラティ/レイフ・ファインズ/ ガイ・ピアース /デヴィッド・モース/エヴァンジェリン・リリー/クリスチャン・カマルゴ

■アカデミー賞作品賞・監督賞・ 脚本賞・音響賞(編集)・音響賞(調整)・編集賞/全米批評家協会賞作品賞・主演男優賞・監督賞/NY批評家協会賞作品賞・監督賞/LA批評家協会賞作品賞・監督賞/英国アカデミー賞作品賞・監督賞・オリジナル脚本賞・撮影賞・編集賞・音響賞 ほか

世界の映画賞104冠!アカデミー賞最多6部門受賞!
彼らは、数えきれない命を救う。
たったひとつの命をかけて――

pic2004年夏。イラク、バグダッド郊外。アメリカ軍の爆発物処理班は、死と隣り合わせの前線の中でも最も死を身近に感じながら爆弾の処理を行うスペシャリストたち。殉職する者も出る中、新しい中隊のリーダーに就任したウィリアム・ジェームズ二等軍曹は、基本的な安全対策も行わず、まるで死に対する恐れがないかのように振る舞う。

補佐につくJ.T.サンボーン軍曹とオーウェン・エルドリッヂ技術兵は、いつ死ぬかもしれない緊張感、特に一瞬の判断ミスが死に直結する爆発物処理の任務の中で、徐々にジェームズへの不信感を募らせていく。彼は、虚勢をはるただの命知らずなのか、それとも勇敢なプロフェッショナルなのか…任務明けまで、あと38日。

戦場と言う名の日常――
現代の知られざる真実をあぶり出す問題作!

pic『K-19』以来、7年ぶりの長編映画に取り組んだキャスリン・ビグロー監督が、脚本家兼ジャーナリストであるマーク・ボールが執筆したオリジナル脚本を映画化した本作、『ハート・ロッカー』。二度の世界大戦、ベトナム戦争、湾岸戦争、そしてイラク戦争にまつわる幾つもの映画が作られてきたハリウッド史上において、このジャンルに新たな視点をもたらす野心的作品と断言しうるセンセーショナルな戦場ドラマである。

監督は、物語や主題を台詞で説明するのではなく、観客の本能をダイレクトに揺さぶる映画を目指し、イラクの隣国ヨルダンで炎天下の撮影を敢行。『麦の穂をゆらす風』『ユナイテッド93』などで知られる名手、バリー・アクロイドを撮影監督に起用。4台のカメラを同時にまわす独自のスタイルで、ドキュメンタリーと見紛うほどの圧倒的なリアリティと臨場感がみなぎる映像を創造した。切なさと苦みが入り混じるラストシーンの衝撃性は、この映画が現在進行形の出来事であることを強烈に印象づけ、観客の心をざわめかせることだろう。



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