様々な人種が入り乱れる巨大国家、アメリカ。
全世界を震撼させた未曾有の同時多発テロが起こってから8年が経つ。
あの事件以降、アラブ系の人々は根拠のない差別を受け、死人が出る惨事にも至った。
アメリカ国内では一時全ての国境が閉鎖され、
その後も厳戒態勢が取られた(空港で靴の中までチェックされた時は驚いた!)。
不法入国/滞在者に対しても、厳重な取り締まりが行われるようになった。
一方、アメリカ史上初のアフロアメリカンの血を引く大統領が誕生したことは、
まだ記憶に新しい。彼が勝利を収めた瞬間、歓喜の声がそこら中に響いた。
「オバマが勝った!」
逞しい国、アメリカ。230年余りの歴史しか持たずして、世界一の大国へ成長した。
数々の人種を抱え、対立や差別を乗り越えてきた。
10月に上映した『レイチェルの結婚』のような黒人と白人の結婚も今や珍しいものではない。
『ミルク』で描かれた同性愛に対する差別も少なくなり、結婚を認める州もできた。
それでもまだ、刻み続けられる激動の歴史。その裏には、必ずドラマが存在する。
『扉をたたく人』は、ポスト911のニューヨークで出会うシリア出身の青年と初老の大学教授が、
ジャンベという楽器を通じて心を通わせる様子を描いている。
不法滞在を理由に拘束されてしまう青年を救おうとする教授、そして家族。
日本にも11万人の不法滞在者がいることを考えれば人事とは思えない。
『キャデラック・レコード』は、音楽史に名高いシカゴ・ブルーズをリードした
“チェス・レコード”のオーナーとミュージシャンたちの栄光と衰退を描いた。
まだブルーズが黒人のものであった頃、白人であるチェスは彼らをメインストリームへ導いた。
その短くも強烈なパワーに充ちた時代は、人種の差を縮め、音楽の発展に貢献した。
青年と教授の間、オーナーとミュージシャンたちの間。
そこには差別も偏見もなく、ただ音楽があるだけだ。肌の色・宗教・法律・国境、
全てを越えて心に届く音楽。人々の心を通わせ、ぬくもりを与える不思議な力。
圧倒的な生命力に満ちたジャンベのリズム、ソウルフルに人生を唄うブルーズ…
2つの音楽が心の奥深くまで沁み渡る時、人生もまた新たな局面を迎える。
扉をたたく人
THE VISITOR
(2007年 アメリカ 104分 ビスタ/SRD)
2009年11月21日から11月27日まで上映
■監督・脚本 トム・マッカーシー
■出演 リチャード・ジェンキンス/ヒアム・アッバス/ハーズ・スレイマン/ダナイ・グリラ/マリアン・セルデス/マギー・ムーア/マイケル・カンプスティ/リチャード・カインド/アミール・アリソン
■2009年アカデミー賞主演男優賞ノミネート/2009年インディペンデント・スピリット・アワード 最優秀監督賞受賞、主演男優賞ノミネート(リチャード・エンキンス)、助演男優賞ノミネート(ハーズ・スレイマン)ほか
大学教授のウォルターは、愛妻に先立たれて以来心を閉ざし、孤独に毎日を過ごしていた。ある日、出張のため別宅のニューヨークにあるアパートへ帰ると、そこには見ず知らずのカップルの姿が。シリア出身の移民タレクと、セネガル出身の恋人ゼイナブだ。2人は詐欺にあい、ウォルターのアパートに越してきたのだった。ビザの無い2人は、警察沙汰になるのを恐れすぐに出て行こうとする。だが、心配したウォルターは彼らを引き留めた。
ウォルターの優しさに感動したタレクは、ジャンベという民族楽器をウォルターに教え始める。最初は戸惑いながらも、ウォルターは次第にジャンベの楽しさを見出し、冷え切っていた心を開いていく。
そんな中、思いがけない事件が起こる。地下鉄でタレクが無賃乗車を疑われ、誤解にもかかわらず警察に連行されてしまったのだ。弁護士を雇い、なんとかタレクを救いだそうと必死になるウォルターだが…。
アメリカでの封切時はたった4館のみの上映だった本作は、口コミにより評判を得て270館にまで拡大。興行収入ではトップ10入りするほどの話題作となった。ウォルターを演じるリチャード・ジェンキンスは、50本以上の出演作を持つ大ベテラン。俳優生活40年目にしてなんと本作が初主演、更にはアカデミー賞にノミネートされた。
タイトルの秀逸さにも触れておきたい。原題の“The Visitor”といい、邦題の「扉をたたく人」といい、その言葉の深遠な意味合いには複雑な気持ちにさせられる(「扉をたたく人」は、最も優れた日本語のタイトルに贈られるゴールデンタイトル・アワードを受賞した)。
扉とは、911以降閉ざされたニューヨークの扉であり、孤独から閉ざされたウォルターの心の扉である。その扉をたたく“Visitor(来訪者)”とは、ウォルターの家に転がり込んだ、そしてアメリカにとって移民であるタレクであり、ジャンベという音楽でもある。観終わった後、私たちは自分が閉ざした扉の存在に気付くのかもしれない。
キャデラック・レコード
音楽でアメリカを変えた人々の物語
CADILLAC RECORDS
(2008年 アメリカ 108分 シネスコ/SRD)
2009年11月21日から11月27日まで上映
■監督・脚本 ダーネル・マーティン
■製作総指揮 ビヨンセ・ノウルズ/マーク・レヴィン
■出演 エイドリアン・ブロディ/ジェフリー・ライト/ビヨンセ・ノウルズ/コロンバス・ショート/モス・デフ/セドリック・ジ・エンターテイナー/イーモン・ウォーカー/ガブリエル・ユニオン/エマヌエル・シュリーキー
At last my love has come along …遂に、わたしの愛がかなって
My lonely days are over …孤独な日々はもう終わり
And life is like a song …そして人生はまるで歌のよう
オバマ夫妻が初めて公式に大統領とファーストレディとしてダンスを披露した“Neighborhood Ball”の夜。ダンスにあわせてビヨンセが歌ったのが、アメリカを代表するブルーズシンガー、エタ・ジェイムズの“At last”だった。直後、ビヨンセは興奮を抑えきれない様子で、涙ぐみながらインタビューに答えた。「この国を誇りに思うわ。今日はきっと、人生で一番大切な日ね」。
オバマ大統領が政治家としてのキャリアをスタートさせたシカゴのサウスサイドは、世界中に名を馳せたシカゴ・ブルーズ発祥の地、この映画の舞台となる場所である。
今から50年前、まだ黒人差別があからさまに行われ、黒人大統領の誕生など誰も予想しなかった時代。ポーランド移民のレナード・チェスは、この地にクラブをオープンさせた。そこで演奏させたマディ・ウォーターズの音楽がビジネスになると確信したレナードは、彼を誘ってレコードを売り出す。かつて一世を風靡した「チェス・レコード」、通称「キャデラック・レコード」の誕生である。
レコードは驚異的なヒットとなり、褒美としてキャデラックがマディに与えられた。そして次々に、リトル・ウォルター、チャック・ベリー、エタ・ジェイムズといった才能が開花し、栄光を手にしていく。
しかし、順風満帆な日々はそう長く続かない。全てを欲しいがままにした彼らは、やがて酒や薬に溺れ、倒れる者、逮捕されるものが相次ぐ。テレビでは、エルヴィス・プレスリーがウォルターの曲を歌っている。彼らの音楽は白人のキングを生み出し、新しいロックンロールの時代が到来を告げていた…。
破滅を迎えたチェス・レコードではあったが、彼らが音楽界にもたらした影響は計り知れない。黒人による黒人のためのブルーズという意識を壊し、白人をも夢中にさせた新しいブルーズ。
1950年代、黒人がバスに乗れなかったり、白人と同じ席に座れなかったりした時代である。音楽は人種の壁をも越えたのだ。そして現代、黒人大統領を前にしてビヨンセが歌った“At last(遂に)”…。
忘れがちなことだが、人種差別や貧富の格差は今もなお根強く残り、白人至上主義者の運動も存続している。だが我々が今目にしているのは、遂に黒人が大統領になる瞬間を迎えた喜びと、更なる平等社会への希望である。彼らの圧倒的な楽曲とソウルフルな歌唱に、あなたはどんな歴史を感じ取るだろうか。
(ザジ)