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ケン・ローチ 実感=リアルを生み出す勇者

2006年カンヌ国際映画祭で、『麦の穂をゆらす風』
パルムドールの栄誉に輝いたことは記憶に新しいことだが、
ケン・ローチは賞を得ようが得まいが常に一貫したまなざしと姿勢を保ち続けている。
それは労働者階級であり、第三世界からの移民たちの日常生活である。

社会性という意味では、ドキュメンタリー作品の方が生々しい印象を受けるが、リアルという側面ではそうとも限らない。時に作られた映画の方が現実より、ドキュメンタリーよりリアルになり得るのだ。

picそれをひたすら証明し続けてきた作家がケン・ローチ、その人である。

我々は現実をどこで知るか、見るか、その大抵はTVや新聞などのマスメディアからであろう。

また、ドキュメンタリー(もちろん傑作もあるが)、特にTVでのドキュメンタリーにはナレーションが必ずといっていい程、付け加えられ、それを見た我々は知って…いつの間にか忘れていくのである。何故ならそこにはリアルがないから。

私の定義からではあるが、リアルとは実感そのものに他ならない。
TV(ドキュメンタリーも含む) が実際に起こっているもの=すでに実っている果実、を
収穫するものであるとすれば、ケン・ローチは実際に起こっているものを=種、から蒔き、
育てていくような印象を強く受ける。

例えば、実際の日常生活において、我々は食料等、さまざまなモノが
一体どこで作られているのか気にする(特に昨今)。
その観点からいうと、ケン・ローチは自ら社会的問題の種を見つけ出し、
様々な味を持つ果実を実らせるのだ。
ただ単にありモノを収穫するのではなく、種から育て上げた果実だからこそ、
実感を生み出すことができるのである。

picまた、手法としても、撮影する現地でテーマとしている社会問題の渦中にいる素人を役者として起用したりするなど、徹底されたリアリズムもケン・ローチ独特の実感を生み出す要素であろう。

実感の溢れる映画、これはきっとTVじゃ味わえない大切なモノです。是非、劇場に足を運んで下さい。果敢に一筋に社会問題と向き合う彼の勇気と情熱に目を逸らしてはならない!!!

(アセイ)

ケン・ローチ

1936年生まれ。電気工の父と仕立て屋の母のもとに生まれ、オックスフォード大学に学ぶ。当時、彼のような労働者階級の子が大学、ましてオックスフォードに入ることは滅多になかった。在学中は学生演劇に熱中。卒業後、俳優の仕事を得るも自分は俳優向きじゃないと見切りをつけ、以後は演出に専念。

1962年BBCへ入社、その後68年『夜空に星のあるように』で映画監督デビュー。以後一貫して労働者階級や移民たちの日常生活をリアルに描き続けている。

90年代以降はコンスタントに新作を発表、その作品すべてがベルリン・カンヌ・ベネチアの世界三大映画祭で受賞している。70歳を超えた名匠の、人と社会を見つめるまなざしは、いまだ曇りを知らず瑞々しい。

フィルモグラフィ

・夜空に星のあるように(1968)
・ケス(1969)
・ブラック・アジェンダ/隠された真相(1990)*未公開
・リフ・ラフ(1991)
・レイニング・ストーンズ(1993)
・レディバード・レディバード(1994)
・大地と自由(1995)
・カルラの歌(1996)
・マイ・ネーム・イズ・ジョー(1998)
・ブレッド&ローズ(2000)
・ナビゲーター ある鉄道員の物語(2001)
・SWEET SIXTEEN(2002)
・11’09”01/セプテンバー11(2002)
・やさしくキスをして(2004)
・明日へのチケット(2005)
麦の穂をゆらす風(2006)
・それぞれのシネマ〜カンヌ国際映画祭60回記念製作映画〜(2007)
・この自由な世界で(2007)


SWEET SIXTEEN
SWEET SIXTEEN
(2002年 イギリス/ドイツ/スペイン 106分 ビスタ・SR)

2009年3月7日から3月13日まで上映 ■監督 ケン・ローチ
■脚本 ポール・ラヴァティ

■出演 マーティン・コムストン/ウィリアム・ルアン/アンマリー・フルトン/ ミッシェル・アバークロンビー/ミッシェル・クルター/ガリー・マコーマック/トミー・マッキー
■2002年カンヌ国際映画祭脚本賞

ビター・スイートな15歳の青春

15歳のリアム(マーティン・コムストン)は、母親ジーン(ミッシェル・クルター)と祖父ラブ(トミー・マッキー)、そしてヤクの売人をやっているジーンの恋人スタン(ガリー・マコーマック)と一緒に小さな集合住宅に住んでいる。学校へ行かず、児童養護施設からの親友ピンボール(ウィリアム・ルアン)とつるんでいた。

母ジーンはスタンのせいで刑務所に服役している。姉のシャンテル(アンマリー・フルトン)はまともな生活を送れない母を嫌い、離れて暮らしている。未婚の母であるシャンテルは息子をしっかりと大切に育てていた。

リアムの16歳の誕生日前日、母が釈放される。リアムは胸をときめかせ、今の生活を抜け出す決意をしていた。チンピラどもの手の届かない安息の場所で、母と姉とささやかながら幸せな生活を送りたい。しかしそれには何よりもまずお金を貯めなければならない。リアムが親友ピンボールと始めた計画は、大きなトラブルを巻き起こし深みにはまって行く……。

イギリスの至宝 ケン・ローチ監督の集大成

舞台はローチ監督のほとんどの作品がそうであるように、イギリスの労働者階級の人たちが住む小さな町。そしてローチ監督の作品すべてに共通するのが、社会に対する批評性と人間を見つめる厳しくも優しいまなざしである。

物語の背景にあるドラッグや経済、家族の問題。それらが複雑に絡み合っているが、母親の愛情を受けずに育った15歳の少年リアムが、自分が夢見る暖かい家族の形に未来への希望を見出し、知恵と勇気を持って人生を切り開いていく姿は、観るもの全ての胸に突き刺さるような切ない感動を残すだろう。


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この自由な世界で
IT'S A FREE WORLD...
(2007年 イギリス/イタリア/ドイツ/スペイン 96分 ビスタ・SRD)

2009年3月7日から3月13日まで上映 ■監督 ケン・ローチ
■脚本 ポール・ラヴァティ

■出演 キルストン・ウェアリング/ジュリエット・エリス/レズワフ・ジュリック/ジョー・シフリート/コリン・コフリン

■2007年ベネチア国際映画祭最優秀脚本賞/2007年セビーリャ映画祭最優秀作品賞

★上映に際して最良のプリントをご用意しましたが、プリントの一部にお見苦しい箇所がございます。予めご了承いただけますよう、お願い申し上げます。

彼女はただ生き抜きたかった。息子を幸せにしたかった。そのための「自由」があると彼女は信じた。

picアンジー(キルストン・ウェアリング)は一人息子を持つシングル・マザー。職に恵まれず、息子は両親に預けっぱなし。職業紹介の会社をクビになった彼女は、思い切ってルームメイトのローズ(ジュリエット・エリス)と二人で職業紹介所を立ち上げる。

アンジーは持ち前のパワーでビジネスを軌道にのせるが、ある日、不法移民を雇う方が儲けになることを知る。もっとお金があれば息子と一緒に暮らせる、もっと良い暮らしができる。アンジーは越えてはならない一線を越えた。そして事件は起こる……。

心震え、笑い、涙しいつしか声なき者たちの声が聞こえてくる

pic前作『麦の穂をゆらす風』で世界中を感動で包んだケン・ローチ。監督としてのキャリアをスタートしてから40年あまり。ローチ監督は常に現実を深く見つめ、名もない市井の人々に寄り添い続けてきた。

この映画の背骨になるのは、競争によってより大きな利益を追い続ける現代社会や移民労働者の問題だ。それは「自由市場」と呼ばれる世界。その世界で人は必至に生き、そのためにしなければならないことをする。誰もがしたいことをして、行きたい場所に行ける自由な世界。でも、本当にこれが、「自由」なのだろうか?