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エリック・ロメール

1920年生まれ。教師、小説家を経て映画批評を書くようになり、1950年、ジャック・リヴェット、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーらと共に「カイエ・デュ・シネマ」誌の創刊に参加。後に約7年間編集長を務めた。

1959年に初の長編『獅子座』を監督。作家主義を貫く作風はヌーヴェルヴァーグの支柱であった。2001年、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞・特別功労賞を受賞。

フィルモグラフィ

・男の子の名前はみんなパトリックっていうの(1959)*未公開/脚本のみ
・獅子座(1959)
・モンソーのパン屋の女の子(1963)*未公開
・シュザンヌの生き方(1963)*未公開
・パリところどころ(1965)
・コレクションする女(1967)*未公開
・モード家の一夜(1968)
・クレールの膝(1970)
・愛の昼下がり(1972)
・O侯爵夫人(1975)
・聖杯伝説(1978)*未公開
・飛行士の妻(1980)
・美しき結婚(1981)
・海辺のポーリーヌ(1983)
・満月の夜(1984)
・緑の光線(1985)
・レネットとミラベル/四つの冒険(1986)
・友だちの恋人(1987)
・春のソナタ(1989)
冬物語(1991)
・木と市長と文化会館/または七つの偶然(1992)
・パリのランデブー(1994)
・夏物語(1996)
恋の秋(1998)
・グレースと公爵(2001)
・三重スパイ(2003)
・我が至上の愛〜アストレとセラドン〜(2007)

フランスで夏といえば、ヴァカンス。
そしてヴァカンス映画といえば、エリック・ロメール。

フランスはヴァカンスのあるおかげで、
とびきり哲学的な風土が存在するのだと思う。
日々の仕事から離れ、本当の自分に立ち戻る時間。
読書し、お話し、散歩する。そんな自由な時間。

エリック・ロメールは自由な精神が育まれる時を過ごす、
ヴァカンスを親しむ人たちに焦点を当てる。
そして彼一流の人間観察で、
技巧を凝らしたドラマを創りあげる。

彼はフランスのヌーヴェルヴァーグ(新しい波)を
代表する映画作家の一人である。
今回上映するのは<四季の物語>という春夏秋冬を
モチーフにした連作の中の『春のソナタ』と『夏物語』。
それまでにも<六つの教訓物語><喜劇とことわざ>
といった連作をコンスタントに発表している。

多面体である人間、そして多彩な人生。
それぞれの人生が交錯する出会いと別れ。
それはシーン一つ一つに刻まれ、
僕たちの心にある確かな残像を残す。

ロメールが映像化する四季の美しさに
溶け込んでゆく登場人物たち。
それぞれが心の中に季節を抱え、
人生もまた四季であることを教えてくれる。
その世界に触れれば、じわじわと心に染みてくる。

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夏物語

「結局、あなた、あなたっていつも違っているのね」
控えめでありながら、心に突き刺さるセリフ。
この映画では恋愛心理の微妙な綾を描くことを得意とする、
ロメール監督の持ち味が余すことなく発揮されている。
陽光に照らされた砂浜、海がキラキラと輝く真夏のブルターニュ。
洗練された映像美に映し出された、その美しさと新しさ。

この映画の主人公はガスパールという若い青年。彼はヴァカンスをディナールで過ごすためにやってきた。そしてここで恋人と落ち合い、ウエッサン島へ渡る約束をしている。

ただ、落ち合う日までにはまだ時間がある…。

恋人を待つ間、ふとしたことからクレープ屋でバイトするマルゴと知り合う。彼女と何度か言葉を交わすうちに二人は自然とデートを
重ねるようになる。

そしてある日、ガスパールは自分にはレナという恋人がいて、 一緒にウエッサン島へ行く予定だと、マルゴに告白する。だが彼女の到着が遅れていて、この計画もなかなか進まないと打ち明ける。

そんなガスパールを見かねたマルゴは彼をディスコに連れ出す。 そこで、ガスパールはソレーヌというセクシーな女性と知り合う。 彼女は週末だけディナールに遊びに来ていた…。

潮騒のまぶしい光の中、心惑わす若い男女の”四角関係”が始まる。

pic自己主張の強い三人の女の娘たちに囲まれ、「僕は無だ」とさえ言う存在感の希薄な男。ここで問われるのはガスパールという人間のモラルだ。

このモラルとは社会的規範のことではなく、個人が自分の責任で引き受ける倫理的価値観、行動原理のことである。

このテーマには、フランスの伝統的な精神性が強く反映されている。
それと背反するように揺れ動く若者たちの心。
会話、仕草、表情から繊細にそして軽やかに描き出される感情。

彼ら若者たちの存在は国を越え、時を越えていても
僕たちの心をつかんで離さない。

この映画の持つみずみずしくも普遍的な精神。
それは75歳でこの作品を発表したロメール監督の、
長い時間を懸けて育んだ人間洞察の賜物であるにちがいない。

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夏物語
CONTE D'ETE
(1996年 フランス 114分 ビスタ・MONO)

2009年5月9日から5月15日まで上映 ■監督・脚本 エリック・ロメール
■出演 メルヴィル・プポー/アマンダ・ラングレ/グウェナエル・シモン/オーレリア・ノラン



春のソナタ

春のソナタ
CONTE DE PRINTEMPS
(1989年 フランス 107分 ビスタ・MONO)

2009年5月9日から5月15日まで上映 ■監督・脚本 エリック・ロメール

■出演 アンヌ・テイセードル/フロランス・ダレル/ユーグ・ケステール/エロイーズ・ベネット/ソフィー・ロバン

僕は日本人でなかったら、フランス人になりたかった。
この映画で観る生活風景が、そのままフランス人のものだとしたら。

こちらも奇妙な”四角関係”の話だ。
主人公は哲学教師のジャンヌ。
あるパーティーで音楽学校の生徒であるナターシャと出会い、彼女の家に誘われる。

pic知性的な美しさを湛えるジャンヌ。
彼女をナターシャは自分の父イゴールの新しい恋人にしようと
仕向けるが、彼にはすでに娘と同じ位の年齢の愛人エーヴがいる。

ナターシャはエーヴとことごとく反目している。
ジャンヌはナターシャの企みを感じ取り、
あくまでも自分は三人の中立の立場を貫こうとする。
ところがまるでナターシャの思い通りに、
イゴールはジャンヌに近付いていくのだった…。

登場する三人の女性たちは、哲学の素養がある才媛である。
この映画は限られた人物、空間で構成されシーンも少ない。
しかしその中で繰り広げられる、風刺とウィットに富んだ
セリフの掛け合いのおもしろさ。

picフランス人は日常からこんなに哲学的な会話をしているのか? 実際に学校では高度な哲学教育がなされているという。 フランス語が分からなくても、彼女たちの哲学問答には メロディーがある。知性は響いてくるもの。

花があしらわれた春の優雅な景色にベートーヴェンが流れ、彼女たちはその中に溶け込む。絢爛の春の中、それぞれの人間の萌芽を描いた作品である。

この映画を観ると”ドラマ”というものについて考えさせられる。
ドラマとは本来、人間について深く考えるためにあるのだと思う。
映画に描かれるドラマは、その考察のためのきっかけやヒントを与えてくれる。

picロメール監督の映画は非常にシンプルな構成に徹しながら、豊穣に人生を語ってくれる。どうしてそんなことができるのだろう?

登場人物の生い立ち、性格づけといったキャラクター創りの完璧さ。彼らにはすべて過去があり、そして映画の中でも彼らの行動原理には必ず芯がある。生きた人間を描くために考えつくされている。

そして、小道具の使い方のうまさ。
この映画では「首飾り」がキーポイントとなる。
ナターシャが受け継ぐはずの家宝の首飾りが失くなり、
彼女は父の愛人エーヴがそれを盗んだと思い込む。
そのことから彼女たちの誤解、当惑、嫉妬が生まれ、
哲学談義の中でさえも抑えきれない高ぶりを見せる。

首飾りというのが象徴的だ。
首飾りは一本でありながら、円を描く。
このドラマのテーマはそこに隠されている。

シンプルでありながら豊かに人間を描く
ロメール監督の熟練した映画創り。
映画を愛する者なら学ぶべきものがたくさんある。

(おじゃるまる)


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