パズー
2019年9月、16歳の環境活動家グレタ・トゥンベリさんは国連のサミットに参加した60ヵ国以上の首脳を前にこうスピーチした。「あなたたちは、空っぽの言葉でわたしの夢や子ども時代を盗んだ」
いま、世界中の若者が、大人たちのせいで未来を奪われたと感じ、失望し、怒っている。無くならない人種・男女・マイノリティ差別。広がる経済格差。待ったなしの気候変動。ますます複雑になり分断されていく現代社会で、明るい明日の姿を想像するのは困難だ。
移民が多く暮らし犯罪多発地区となっているパリ郊外の街で、少年が起こしたささいな出来事が、街全体を巻き込んで大きな騒動へと発展していく様子を描いた『レ・ミゼラブル』。フロリダ州南部で恵まれた環境で育ちながら、親の期待を背負いすぎ、やがて取り返しのつかない事件を引き起こしてしまう兄と、事件によってバラバラになった家族のなかで、どうにか光を掴もうとする妹を描いた『WAVES/ウェイブス』。今週の上映作品は、どちらも閉塞して悪循環に陥ったまさに現代(いま)を生きる人たちの物語である。
『レ・ミゼラブル』のラジ・リ監督も『WAVES/ウェイブス』のトレイ・エドワード・シュルツ監督も、自らが現在も住む場所だからこそのリアリティで、その土地の空気や色、においまでも鮮烈にカメラに焼き付けている。
どことなく不穏さが漂い、確かなものを実感することができ辛い現代社会。一見何も起こっていなさそうでも、日常は、張り詰めた弦がふとしたことで切れるように、突然壊れてしまうのかもしれない。映画に出てくる人たちはみんなそういう不安を抱えているように見える。そして最も影響を受けるのは、未来を生きていかなければならない若者たちなのだ。
グレタ・トゥンベリさんらの呼びかけで、過去最大規模になったという気候問題に関するデモの多くの参加者は、今までデモに参加したことなどない10代20代の若者たちだった。今年の6月、全米各地から世界へ広がった「BLACK LIVES MATTER(黒人の命だって大切だ)」のデモ。中心にいたのは若者の姿だった。
そして現在真っ只中のアメリカ大統領選。結果はどうあれ、100年で一番の投票率とも言われている今回の選挙で、特に存在感を見せているのはやはり若者たちの投票率だ。「VOTE!VOTE!」SNSは熱狂に包まれていた。
どうしようもない現実に明日が見えなくても、まだすべて諦めてはいけない。映画のメッセージのように、現実の若者たちも行動を起こしている。世界が未曽有の困難を迎えた2020年の今こそ観てほしい、現代映画の二本立てです。
レ・ミゼラブル
Les misérables
■監督 ラジ・リ
■脚本 ラジ・リ/ジョルダーノ・ジェデルリーニ/アレクシ・マナンティ
■撮影 ジュリアン・プパール
■編集 フローラ・ヴォルペリエール
■音楽 ピンク・ノイズ
■出演 ダミアン・ボナール/アレクシス・マネンティ/ジェブリル・ゾンガ/ジャンヌ・バリバール
■2019年カンヌ国際映画祭審査委員賞受賞・パルム・ドールノミネート/アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート/ゴールデングローブ賞外国語映画賞ノミネート/セザール賞作品賞・観客賞・新人男優賞・編集賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS
【2020/11/7(土)~11/13(金)上映】
"悲劇(レ・ミゼラブル)”は終わらない。この街は今も燃えている。
パリ郊外に位置するモンフェルメイユ。ヴィクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」の舞台でもあるこの街は、いまや移民や低所得者が多く住む危険な犯罪地域と化していた。犯罪防止班に新しく加わることになった警官のステファンは、仲間と共にパトロールをするうちに、複数のグループ同士が緊張関係にあることを察知する。そんなある日、イッサという名の少年が引き起こした些細な出来事が大きな騒動へと発展。事件解決へと奮闘するステファンたちだが、事態は取り返しのつかない方向へと進み始めることに……。
現代社会の闇をリアルに描く、衝撃の問題作!
第72回カンヌ国際映画祭では審査員賞に輝き、センセーションを巻き起こした本作『レ・ミゼラブル』。新人警官と同僚たちが、ある少年の引き起こした些細な事件をきっかけに、取り返しのつかない事態へと陥っていく様を、緊張感あふれる描写で描き、「コンペ最大のショック!」と称賛を受けた。各国の映画祭でも数々の賞を獲得し、2019年アカデミー賞国際長編映画賞ではフランス代表にも選出された。
舞台はヴィクトル・ユゴーの傑作「レ・ミゼラブル」で知られているモンフェルメイユ。現在は、パリ郊外の犯罪多発地区の一部とされており、“花の都”パリのイメージは存在しない。あるのは、権力者によって抑圧されている弱者と社会で居場所を失った人々の姿。まさに、“ミゼラブル(悲惨)”な世界の現状を反映しているといえる。
監督・脚本を務めたのは、本作が初長編作品となる、フランスの新鋭ラジ・リ監督。長年Webドキュメンタリーを手掛け、ストリート・アーティストJRと共同でプロジェクトを発表するなど、活躍の場は幅広い。モンフェルメイユで生まれ育ち、現在もその地に暮らす監督自身の体験を基に、現代社会に潜む問題を圧倒的な緊迫感とスタイリッシュな映像で見事に描き切っている。
WAVES/ウェイブス
Waves
■監督・脚本 トレイ・エドワード・シュルツ
■撮影 ドリュー・ダニエルズ
■編集 トレイ・エドワード・シュルツ/アイザック・ヘイギー
■音楽 トレント・レズナー/アッティカス・ロス
■出演 ケルヴィン・ハリソン・Jr/テイラー・ラッセル/スターリング・K・ブラウン/レネー・エリス・ゴールズベリー/ルーカス・ヘッジズ/アレクサ・デミー
■2019年ゴッサム・インディペンデント映画祭作品賞・観客賞ノミネート・ブレイクスルー俳優賞受賞/英国アカデミー賞ライジングスター賞ノミネート/インディペンデント・スピリット賞助演女優賞ノミネート ほか多数受賞・ノミネート
©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
【2020/11/7(土)~11/13(金)上映】
傷ついた今日も、癒えない痛みも、 愛の波が洗い流す――
高校生タイラーは、成績優秀なレスリング部のエリート選手、美しい恋人アレクシスもいる。厳格な父親ロナルドとの間に距離を感じながらも、恵まれた家庭に育ち、何不自由のない生活を送っていた。そんなある日、不運にも肩の負傷が発覚し、医師から選手生命の危機を告げられる。そして追い打ちをかけるかのように、恋人の妊娠が判明。徐々に狂い始めた人生の歯車に翻弄され、自分を見失っていく。そしてある夜、タイラーと家族の運命を変える決定的な悲劇が起こる。
一年後、心を閉ざして過ごす妹エミリーの前に、すべての事情を知りつつ好意を寄せるルークが現れる…。
超豪華アーティストによる今の時代を映す名曲の数々。ミュージカルを超えた<プレイリスト・ムービー>!
監督は名匠テレンス・マリックの元で腕を磨いてきた弱冠31歳のトレイ・エドワード・シュルツ。本作がまだ長編3作目でありながら、誰もが体験する青春の挫折、恋人との別れと出会い、親子の確執、家族の絆、そしてすべての傷を癒す愛といったさまざまなテーマを、実験的かつ現代的な手法で見事に描き切り、観客の心を鷲掴みにした。
本作の主役とも呼べるのは、今の音楽シーンをリードする豪華アーティスト達が手掛ける31の名曲。シュルツ監督が事前に本編に使用する楽曲のプレイリストを作成し、そこから脚本を着想し製作された。監督自身が“ある意味でミュージカルのような作品”と語るように、全ての曲が登場人物の個性や感情に寄り添うように使用され、時には音楽がセリフの代わりに登場人物の心の声を伝える。
製作は『ムーンライト』『ミッドサマー』を始め設立後わずか10年足らずでアカデミー賞の常連となった気鋭のスタジオA24。主人公を演じるのは『イット・カムズ・アット・ナイト』に続きシュルツ監督とタッグを組むケルヴィン・ハリソン・Jr。主人公の妹には、Netflix「ロスト・イン・スペース」で注目を集めたテイラー・ラッセル。更に若手実力派ルーカス・ヘッジズ、大ヒットテレビシリーズ「THIS IS US」で全米大人気のスターリング・K・ブラウンなどが脇を固める。