<ジャン・ユスターシュ プロフィール>
1938年11月30日、仏ジロンド県ペサックの労働者階級一家に生まれる。父は共産党員だった。両親の離婚後、母方の祖母に育てられ、その後ナルボンヌに住む母と暮らし始める。同地で電気工の職業適性証書を取得。57年にパリに出て、フランス国有鉄道の一般工員として働く。シネマテーク・フランセーズに足しげく通う映画狂でもあった。また59年、アルジェリアへの徴兵忌避で手首を切って自殺を試み、短期間精神病棟に送られた。
カイエ・デュ・シネマ誌で秘書を務めていた妻ジャネット・ドゥロを介して、あるいはシネマテーク通いをつうじてジャン=リュック・ゴダール、エリック・ロメール、ジャン・ドゥーシェ、ジャン=ピエール・レオー、ポール・ヴェッキアリといった映画関係者と知己の仲となりロメールやドゥーシェの短編映画製作に参加。62年にはヴェッキアリの助力で、初監督作にあたる短編『夜会』(未完)を、翌63年に中編『わるい仲間』を発表した。67年にドゥロと離婚した後、交際した女性の一人フランソワーズ・ルブランとの関係に一部基づいた初の長編劇映画監督作『ママと娼婦』(73)で一躍国際的注目を集めるが、続く長編劇映画『ぼくの小さな恋人たち』(74)は興行的に失敗。以後は実験的な短編・中編映画、および記録映画のみを監督。
81年5月にギリシャでテラスから落下、脚を骨折。残りの人生を脚が不自由なまま過ごすことになると知り絶望する。同年11月5日、パリの自宅で拳銃自殺を遂げる。
ぽっけ
「映画とは何か」と問うことは映画を哲学することだ。ショットとは何か、フィルムとは何か、異なったショットとショットをつなげることはどういうことか。画面のなかで人が歩くことや、背後から人を撮ること、そうした一つ一つに問いをぶつけてみたとき、映画はまるで(私たちがよく知っているつもりになっている)映画らしからぬ姿で、その様相を浮かびあがらせることがある。
ジャン・ユスターシュ。彼はキャリア全体にわたって、1本1本にそうした企(たくら)みと企(くわだ)てをみることができる数少ない映画作家だ。
フィルムではなく、デジタルカメラやスマートフォンで気軽に長時間の映像が撮れるようになった今、祖母が自分の生涯を語る様子を2台のカメラでリレーしながら交互に撮影する『ナンバー・ゼロ』の試みに思いを馳せることができる人がどのくらいいるだろうか。それは決して現代でこの作品が意味を持たないということではない。なぜなら『ナンバー・ゼロ』にはカメラを交互に撮影するユスターシュ本人のその様子が写っているからだ。
たとえ撮影できる時間が限られているフィルムの物理的な制約を知らずとも、目の前でカメラの音とともに切り替わり、たびたびカチンコが挟まれる2つの画面とともに「フィルムがなくなったの?」という祖母の姿までもがここには記録されている。写るもの全てが、ひとつながりで話され、ひとつながりで撮影された、全くもって一回きりの作品だということを画面で証明しているのだ。
ジャン=ノエル・ピックが実際に話す様子を撮影した後に、一言一句書き起こした脚本をマイケル・ロンズデールに演じてもらい、フィクションとして撮影し直した『不愉快な話』。映画における現実とフィクションの関係に取り組むために同じテクストで語られた2つの映画を、後に撮られたフィクションから記録映像の順で上映するという試みについては、その差異のゆらめく鑑賞体験を実際に経験してもらうほかない。この「ほかない」体験こそがジャン・ユスターシュ映画をみる喜びであり、さらなる創作を想像させる所以でもある。
68年版の『ペサックの薔薇の乙女』と79年に撮られた『ペサックの薔薇の乙女'79』を「79年版→68年版」の上映順で見せることにこだわったというユスターシュ。時間を遡行しながらその一回性を補完するような映画だけの時間のあり方をぜひ体験してみてほしい。
遺作である『アリックスの写真』では、アリックスが自身の写真について語る言葉とともに、語られる写真と切り返しながら反復する。『ナンバー・ゼロ』を彷彿とさせる2つの画面に支えられたこの作品は、今回見直したなかでもっとも心打たれた作品だった。
劇映画である『悪い仲間』と『サンタクロースの眼は青い』、『ママと娼婦』そして『ぼくの小さな恋人たち』は、すべてが少なからずユスターシュ自身の体験や知人から聞いたこと、家族から語られたことを反映しながら構築されていった。
新境地であるという自覚をもって名付けられた『ナンバー・ゼロ』の直後に執筆されたという『ぼくの小さな恋人たち』は、初稿の段階では『ナンバー・ワン』と名付けられていたのだという。『ナンバー・ゼロ』で祖母から聞いたぺサックの物語と自身の経験を折り混ぜながら、個人史と民族学的なアプローチの新たな結実を目指して『ぼくの小さな恋人たち』は作られたのだ。語られた物語に支えられながら、語り直すというアイディアはユスターシュのフィルモグラフィ全体に広がっている。
常に評価され注目され続けたユスターシュではあったが、映画を作るのには当然お金がかかるがそうした機会に十分に恵まれたわけではなかった。そうした現実との格闘は、最新の機材を使用して大勢のスタッフに囲まれた映画製作ばかりでなく、プリミティブかつ簡潔な方法で創意工夫に挑んだユスターシュの映画に逆説的に刻み込まれている。このことは撮影現場に少人数で挑むペドロ・コスタやワン・ビンをはじめ、方法と主題の絡みあう稀有なインディペンデント作家たちの映画がその金銭の問題と切り離すことができないように、ユスターシュにとっても切り離すことができないものだった。ジャン・ユスターシュを「呪われた作家」という呼び名から解放する時は新たな観客や作り手たちに委ねられ、今も出会うときを待たれているのだ。
わるい仲間 + サンタクロースの眼は青い
Bad Company + Santa Claus Has Blue Eyes
『わるい仲間』
■監督・脚本・編集 ジャン・ユスターシュ
■撮影 ミシェル・H・ロベール/フィリップ・テオディエール
■音楽 セザール・ガッテーニョ
■出演 アリスティド・ドメニコ/ダニエル・バール/ドミニク・ジェール
『サンタクロースの眼は青い』
■監督・脚本 ジャン・ユスターシュ
■撮影 フィリップ・テオディエール
■編集 クリスチアーヌ・ラック/ジャン・ユスターシュ
■音楽 ルネ・コル/セザール・ガッテーニョ
■出演 ジャン゠ピエール・レオー/ジェラール・ジメルマン/ルネ・ジルソン
★『わるい仲間 』と『サンタクロースの眼は青い』の同時上映。
© Les Films du Losange
【2025/3/15(土)~3/21(金)上映】
『わるい仲間』
ユスターシュの妻ジャネット・ドゥロにふりかかった災難(ユスターシュと喧嘩して街へ出たドゥロに、二人組の無骨者がつきまとって彼女を困らせた)に基づいて構想された作品。当時ドゥロが秘書として働いていた、カイエ・デュ・シネマ誌のオフィスにある金庫から盗んだカネを使って撮られたとの伝説がある。主人公はタフガイ気取りで品位を欠く、自堕落な生活を送る若者二人組だ。彼らは街をぶらぶらするうちに知り合った女性を口説こうとするが、なびいてこないので腹いせに彼女の財布を盗む。ヌーヴェル・ヴァーグ映画的な街なかでのゲリラ撮影を活用しながらも、ここでのパリは生きづらい寒々しく退屈な街へと変貌しており、登場人物の「リアルな」描出ともども新世代作家の台頭を印象づける。
『サンタクロースの眼は青い』
『ママと娼婦』『ぼくの小さな恋人たち』と併せて、ユスターシュの自伝的三部作を形成する一本。ゴダール提供による『男性・女性』(66)の未使用フィルムを使って撮られた。主演も『男性・女性』のジャン=ピエール・レオー。舞台となるのは、クリスマス・シーズンの仏南西部ナルボンヌ。貧しい青年ダニエルは、モテるためのダッフルコート欲しさにサンタクロースの扮装をして街角に立ち、写真撮影のモデルを務める仕事を引き受ける。やがて彼は、変装した方がナンパに好都合であることに気づくが……ヴォイスオーヴァーを活用して定職のない若者の冴えない日々を描きつつ、やがて彼の滑稽な日常が悲哀へと、期待が幻滅へと転調する語り口が絶妙。ナルボンヌ生まれの国民的歌手シャルル・トレネに捧げられている。
ぼくの小さな恋人たち
My Little Loves
■監督・脚本 ジャン・ユスターシュ
■撮影 ネストール・アルメンドロス
■編集 フランソワーズ・ベルヴィル/ジャン・ユスターシュ
■出演 マルタン・ローブ/イングリット・カーフェン/ジャクリーヌ・デュフレンヌ
© Les Films du Losange
【2025/3/15(土)~3/21(金)上映】
二本目にして最後の長編監督作。題名はランボーの同名の詩から採られている。ペサックで心優しい祖母と二人暮らしをしていた13歳の少年ダニエルが、やがて母が継父と住むナルボンヌに移住し、経済事情から学業を諦めて二輪車販売・修理店で見習いとなる物語には、ユスターシュの少年時代の記憶が多分に投影された。作家によれば、「自分の映画はどれも最初から社会ののけ者の中に身を置く」一方、本作だけは「ある子どもの、普通の生活から脱落者の境遇への移行」を描いている。主題の一つは、聖体拝領の日に初めて異性を意識した経験に始まる、ダニエルの性的な成長だ。半ば様式的な演出が施されたこの寡黙な映画は、繊細なカラー撮影と相まってユスターシュ作品中例外的な輝きを放ち続けている。
【レイトショー】ママと娼婦 4Kデジタルリマスター版
【Late Show】The Mother and the Whore
■監督・脚本 ジャン・ユスターシュ
■撮影 ピエール・ロム/ジャック・ルナール/ミシェル・セネ
■編集 ドゥニーズ・ド・カサビアンカ/ユスターシュ
■出演 ベルナデット・ラフォン/ジャン=ピエール・レオー/フランソワーズ・ルブラン
■第26回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ・国際映画批評家連盟(FIPRESCI)賞受賞
© Les Films du Losange
【2025/3/15(土)~3/21(金)上映】
ユスターシュにとって最初の長編映画である本作は、四時間近い破格の上映時間を通じて、やはり作家の私的経験に基づいた物語を綴っていく。その物語とは、72年のパリを舞台に、五月革命の記憶を引きずる無職の若者アレクサンドルと彼の年上の恋人マリー、前者がカフェで知り合った性に奔放な20代の看護師ヴェロニカの奇妙な三角関係を描いたものだ。ユスターシュは、当時破局を迎えたばかりだったルブラン(ヴェロニカ役を演じている)をはじめ、自身と複数の女性との関係に基づいて脚本を執筆した。完成作はカンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを獲得。男女の性的関係が台詞も含めて赤裸々に描かれた本作はスキャンダルをも巻き起こしたが、今や映画史上の傑作の一本として不動の地位を築いている。
豚 + 不愉快な話
The Pig + A Dirty Story
『豚』
■監督 ジャン・ユスターシュ
■脚本 ジャン・ユスターシュ/ジャン=ミシェル・バルジョル
■撮影 ルナン・ポレ/フィリップ・テオディエール
『不愉快な話』
■監督・脚本 ジャン・ユスターシュ
■撮影 ジャックス・ルナール
■出演
<第一部>マイケル・ロンズデール/ジャン・ドゥーシェ/デューチュカ/ラウラ・ファニング/ジョゼ・ヤンヌ/ジャックス・バルロー
<第二部>ジャン=ノエル・ピック/エリザベス・ランシュナー/フランソワーズ・ルブラン/ヴィルジニー・テヴネ/アネット・ワデマント
★『豚』と『不愉快な話』の同時上映。
© Les Films du Losange
【2025/3/15(土)~3/21(金)上映】
『豚』
早朝、ある⽥舎屋に集まった男たちは、⼀匹の豚を引っ張ってきて…。本作の主題である豚の屠畜はユスターシュ⾃⾝の思い出ではなく、共同監督のジャン゠ミシェル・バルジョル(マルセイユ出⾝のドキュメンタリー映画監督)が⼦どもの頃にアルデシュ県で何度か⽬にしたそれに由来するもの。それぞれが撮りたい被写体を⾃分の撮りたいように撮影した本作には、⺠俗学映画としての性質と実験映画としての性質が備わることになった。
『不愉快な話』
ユスターシュの友⼈、ジャン=ノエル・ピックがある猥褻で、不潔で、不愉快な<体験談>を⾃⾝の周囲に座る⼈々に語って聞かせるという本作は、公開時には「⼥性が好まない映画」との注意書きが添えられたというし、マスコミからも怒りや当惑の声が寄せられたとのこと。映画は⼆部構成のかたちをとっており、第⼀部がフィクション、第⼆部がドキュメンタリーの体裁で、記録と虚構、現実とその複製、あるいは実⼈⽣と映画の絶え間ない相克を思わせる。
アリックスの写真 + ナンバー・ゼロ
Alix's Pictures + Numéro zéro
『アリックスの写真』
■監督・脚本 ジャン・ユスターシュ
■撮影 ロベール・アラズラキ/カロリーヌ・シャンプティエ
■出演 アリックス・クレオ・ルーボー/ボリス・ユスターシュ
『ナンバー・ゼロ』
■監督・脚本 ジャン・ユスターシュ
■撮影 フィリップ・テオディエール/アドルフォ・アリエタ
■出演 オデット・ロベール/ジャン・ユスターシュ/ボリス・ユスターシュ
★『アリックスの写真』と『ナンバー・ゼロ』の同時上映。
© Les Films du Losange
【2025/3/15(土)~3/21(金)上映】
『アリックスの写真』
ユスターシュの友⼈、アリックス・クレオ・ルーボーが⾃ら撮影した写真を、次から次へと息⼦のボリス・ユスターシュに⽰しながら、それにコメントを加えていく。映像(視覚芸術)と⾳(それを語ることば)の関係、映像と現実のずれに焦点を当てた短編映画。写真家・⽂筆家として活動したアリックスだが1983年、肺⾎栓塞栓症により31歳の若さで亡くなった。
『ナンバー・ゼロ』
当時鬱状態に陥り、もう映画を作ることができないのではないかと気に病んでいたユスターシュに、『豚』の共同監督ジャン=ミシェル・バルジョルが⼀族の誰かを主題にして映画を撮ってみては、との提案をしたことが本作実現のきっかけとなった。彼が主題に選んだのは祖⺟オデット・ロベール。「プロの映画作家の映画であると同時に、浜辺で撮られたアマチュア⼋ミリ映画のような家族映画」でもある「どこか両⽴しがたいもの」(ユスターシュ)を抱えた映画が誕⽣した。
【レイトショー】ペサックの薔薇の⼄⼥ + ペサックの薔薇の⼄⼥'79
【Late Show】The Virgin of Pessac + The Virgin of Pessac'79
『ペサックの薔薇の⼄⼥』
■監督・脚本 ジャン・ユスターシュ
■撮影 フィリップ・デオディエール/ジーン=イヴ・コイツ/ダニエル・カルド
『ペサックの薔薇の⼄⼥’79』
■監督 ジャン・ユスターシュ
■脚本 ジャン・ユスターシュ/フランソワーズ・ルブラン
★『ペサックの薔薇の⼄⼥’79』→『ペサックの薔薇の⼄⼥』の順に上映いたします。
© Les Films du Losange
【2025/3/15(土)~3/21(金)上映】
ユスターシュが⽣まれた村で古来おこなわれている、地元出⾝の「薔薇の⼄⼥」(品⾏⽅正な⽣娘)を選出するという⾏事を⽩⿊撮影で記録した作品。⾒⽅によっては時代錯誤も甚だしく映る⾏事を、批評的視点や倫理的判断を⼀切交えることなく、敬意を払いつつありのままに描き出そうと試みる。それからおよそ11 年後、ユスターシュは同じ⾏事をカラー撮影で記録し、⼆本の映画を通して時間のなかで変わっていくものと変わらないものの双⽅をとらえた。