【2021/6/26(土)~7/2(金)】『クラッシュ 4K無修正版』『ザ・フライ』

ジャック

得体の知れない怪物に襲われるといったホラー映画とは異なり、クローネンバーグ監督の描く恐怖は、自らが恐怖する存在へと変容していく過程に重きが置かれているように思います。事故や偶然のような、コントロールできない出来事をきっかけに始まり、今までの自分とは違う何か別の存在へと変わってしまうという恐怖。そういった直接的な肉体の変容は、クローネンバーグ監督の映画に強い印象を残しています。

『ザ・フライ』で描かれるハエと融合してしまった男の肉体は、次第にハエへと近づいていきます。興味深いのは人間的だった部分が剥がれ落ち、少しずつ体が変化していくにつれて、性格や好みといった内面においても変化があるところです。また自動車事故と倒錯した欲望を描写した『クラッシュ』は、未知なるフェティッシュの世界への目覚めという変容を取り上げています。車の衝突によって刻まれた傷がその扉を開き、のめりこむほどに、刻印のように体に傷が増えていきます。肉体と精神とが分けられるものではなく、どちらの変化も互いに影響しあっていくように、今までの自分とは違う何かへと緩やかに変容していきます。

扇情的ではないシンプルな語り口の中に、唐突に表れるグロテスクな描写は、声を上げてしまうような怖さというよりも、何か禁忌に触れてしまった、いけないものをのぞいてしまったというような焦りと戸惑いに近いのだと思います。崩れ落ち変貌する肉体に目を伏せながらも、セクシャルなエネルギーの引力に本能的な部分を刺激されてしまう。映画の内容と同じように、事故としてクローネンバーグ監督の映画と遭遇し、その映画体験が体に刻み込まれていくのかもしれません。

ザ・フライ
The Fly

デヴィッド・クローネンバーグ 監督作品/1986年/アメリカ/96分/ブルーレイ/ヨーロピアンビスタ

■監督 デヴィッド・クローネンバーグ
■原作 ジョルジュ・ランジュラン「蠅」(早川書房刊)
■製作総指揮 メル・ブルックス
■脚本 チャールズ・エドワード・ポーグ/デヴィッド・クローネンバーグ
■撮影 マーク・アーウィン
■ハエのデザイン/製作 クリス・ウェイラス  
■編集 ロナルド・サンダース
■音楽 ハワード・ショア

■出演  ジェフ・ゴールドブラム/ジーナ・デイヴィス/ジョン・ゲッツ/ジョイ・ブーシェル/ レス・カールソン/ジョージ・チュヴァロ/マイケル・コープマン/デヴィッド・クローネンバーグ

■1986年アカデミー賞メイクアップ賞受賞/1987年アボリアッツ・ファンタスティック映画祭審査員特別賞受賞

Images courtesy of Park Circus/Disney

【2021年6月26日から7月2日まで上映】

怖がってください―とても、とても怖がってください―

2基の離れた装置(テレポッド)の一方から物質を解体し、もう一方に転送・再生する画期的な発明を成功させた科学者セス。彼はついに自らの肉体を実験台に、人間の転送に成功するが、日が経つにつれて体調の異常に気づく。転送実験の際、ポッドに偶然忍び込んでいた一匹の蠅。その遺伝子が彼の体に組み込まれてしまったのだ。やがてセスの肉体も精神も少しずつ変化し始めていく…。

ホラー映画の新境地を開いた、傑作バイオ・ホラー!

本作は、ジョルジュ・ランジュランの短編小説「蠅」を原作に映画化された名作『蠅男の恐怖』(1958 )のリメイクである。58年版が作られた時代に比べSFXの技術が格段に進歩しており、『グレムリン』でアカデミー賞受賞経験もあるクリス・ウェイラスによる特殊メイクが、変異体へと変化してゆく人間の過程をグロテスクに描きだしている。監督のクローネンバーグにとっては最大のヒット作となった。

ハエに変化していく科学者セスを演じるのは『ジュラシック・パーク』シリーズのジェフ・ゴールドブラム。セスの実験を取材しているうちに彼を愛していく科学雑誌の編集者を『テルマ&ルイーズ』のジーナ・デイヴィス、編集長役を『ブラッド・シンプル』のジョン・ゲッツが演じている。また、クローネンバーグ監督も婦人科医役で出演している。

「ストレートにやり、パロディも一切なしでまじにやろうとチャレンジしました。まぁ言ってみれば、人間誰しも、男でも女でも、人生には怪物になる時期があります。老醜のせいだとか、死、狂気、病気、事故だとか色々と。だから僕はこれをそういったものの喩えとして、真っ向から描き上げ、手心を加えることを全くせずにやっているつもりですし、自信をもっています。」――デヴィッド・クローネンバーグ (公開時パンフレットより抜粋)

クラッシュ 4K無修正版
Crash

デヴィッド・クローネンバーグ 監督作品/1996年/カナダ/100分/DCP/ビスタ/R18+

■監督・製作・脚本 デヴィッド・クローネンバーグ
■原作 J・G・バラード
■撮影 ピーター・サシツキー
■音楽 ハワード・ショア

■出演 ジェームズ・スペイダー/ホリー・ハンター/イライアス・コティーズ/デボラ・カーラ・アンガー/ロザンナ・アークエット

■1996年カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞

© 1996 ALLIANCE COMMUNICATIONS CORPORATION, IN TRUST

【2021年6月26日から7月2日まで上映】

すべてのモラルを破壊して、欲望は衝突する。

ある日、映画プロデューサーのジェームズは車で正面衝突事故を起こす。相手のドライバーは死亡、助手席に乗っていたドライバーの妻ヘレナはジェームズとともに病院へ搬送される。院内を歩き回れるほど回復したジェームズは夫の死になぜか平然としているヘレンと彼に付き添う不思議な男ヴォーンと顔を合わし、事故の写真を見せられる。退院後、ジェームズとヘレンはそれぞれ事故の衝撃を通して思わぬ性的興奮を感じていた…。再会した2人はセックスに及び、事故の体験により新たなエクスタシーを開拓するグループ=カー・クラッシュ・マニアの会の存在を知り、その世界にのめり込んでいく。

問題作であり唯一無二。異形の傑作がクローネンバーグ監督自身の監修により完全体でよみがえる。

SF作家J・G・バラードによる同名小説の映画化である本作は、当時、審査委員長を務めたフランシス・フォード・コッポラからは反対されるも、第49回カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞。フランスの映画雑誌「カイエ・ドゥ・シネマ」が選ぶ1996年の映画ランキングで堂々の1位を獲得。さらに、マーティン・スコセッシ監督が選ぶ90年代のベスト映画にランクインするなど称賛を浴びる一方で、過激な描写が問題視され、上映禁止を呼びかけられるなど賛否両論を巻き起こした。

主人公ジェームズ役に『セックスと嘘とビデオテープ』のジェームズ・スペイダー。ヘレン役に『ピアノ・レッスン』のホリー・ハンター。その他ロザンナ・アークエット、デボラ・カーラ・アンガー、イライアス・コティーズなど個性豊かな俳優陣が集結。死と隣合わせの危険な快感への目覚め、人体損壊と車体の破損への欲求と美意識…。後戻りできない世界にどこまでも堕ちていく姿を、クローネンバーグならではの映像世界で描ききった異常に満ちた唯一無二の傑作。

今回の上映素材は、長らく消失したと思われていた35mmオリジナルネガがカナダで発見されたことを機に3ヶ月かけて撮影監督ピーター・サシツキー監修のもと4K化し、クローネンバーグが最終承認を与えた素材である。