
まつげ
今週の上映作品は鬼才ミゲル・ゴメス監督作3本と巨匠マノエル・ド・オリヴェイラ監督『アニキ・ボボ』。ポルトガルからの4作品を上映いたします。
ミゲル・ゴメスの長編デビュー作『自分に見合った顔』の主人公は、29歳のまるで子供のような未熟な音楽教師・フランシスコ。彼は生徒の子どもたちよりも一番幼稚に見え、見ているこちらもイライラするほどです。
そんなフランシスコは30歳の誕生日を迎えすぐに麻疹にかかります。病に伏した彼は、家で7人の男たちに看病されるという寓話的な世界に導かれます。7人の男たちは奔放、臆病、癇癪など、フランシスコの幼さを象徴するような異なる性格で、同じクラスならぶつかり合うでしょう。寝込んでいる彼をよそに、男たちは決められたルールの中で、上手いこと共同生活をしていました。ある時、「夕飯は皆で一緒に食べる」というルールが破られてしまい7人の生活は一変します。
フランシスコが夢から覚めるとき、彼は物語冒頭の言葉を理解するのかもしれません。「30歳までの顔は神に与えられたもの。 30歳を過ぎたら人は自分に見合った顔になる」
ふと、私もなんとなく30代を迎えてから、周りの社会と折り合いをつけていわゆる“大人”になったと思い返しました。
2作目『私たちの好きな八月』は、監督自身にとって映画制作のターニングポイントとなったのではないでしょうか。本作の撮影が始まる直前に、ゴメス撮影クルーは「資金難」により予定していた脚本での撮影ができませんでした。そんな逆境の中でカメラを回し続けて出来上がった作品です。
ポルトガルの山間の田舎町で野外コンサートが行われています。そこにカメラが飛び込む形で撮影はスタートします。撮影クルー側のシーンも折り込まれ、リアルとフィクションのドラマがシームレスに音楽にのせて紡ぎだされます。そんな作品に映し出される世界は、とても瑞々しい幻惑的な世界です。
私は思いました。夏休みに山間の音楽フェスに行くようなワクワク感だと。祭りが始まれば音楽とお酒に酔いながら、人と語り合い、心が動かされる愛おしい時間が待っています。これはお祭りにただ身を任せれば、参加した皆が感じる時間なのではないでしょうか。
本作もそんな魅力を孕みながら、物語を未整理のまま終わりを迎えます。その余韻は夏祭りの終わりのようです。監督はこの逆境の撮影の中で、即興的映画作りへの手応えを感じたに違いありません。
そして、最新作『グランドツアー』。婚約を約束した逃げる男と追う女のすれ違いが描かれます。ふたりのアジア7ヶ国を巡りながらの追いかけっこは、過去と現代、現実と幻想、カラーとモノクロ、全てが混ざり絡み合うことで、観る者を時空を超えた映画の旅に誘ってくれます。
「ポルトガル映画には、物質的な現実と、映画がつくり出したパラレルワールド——つまりフィクションの世界との融合を繰り返し試みてきた伝統があります。」(2025.10.20 CINRA)と監督は言います。アントニオ・レイス、マノエル・ド・オリヴェイラ、ペドロ・コスタなどのポルトガル人監督たちは、ドキュメンタリーとフィクションの境界を揺り動かしてきました。『自分に見合った顔』『私たちの好きな八月』を経てその手法をより確かなものへと昇華させた『グランドツアー』は、ミゲル・ゴメス監督自身の一つの答えなのではないでしょうか。
ミゲル・ゴメス監督のスタートから現時点でのゴールとなる3作品。“映像の魔術師”と言われるように、その映画たちはとてもマジカルです。映画ってやっぱりすごいし、面白いと感じずにはいられません。最後になりましたが、ポルトガルが世界に誇る巨匠マノエル・ド・オリヴェイラ。世界映画史上の傑作とされる長編監督デビュー作『アニキ・ボボ 』は、ミゲル・ゴメス監督もお気に入りの1本です。こちらも併せてお楽しみください。
グランドツアー
Grand Tour
■監督 ミゲル・ゴメス
■脚本 マリアナ・リカルド/テルモ・シューロ/モーレン・ファゼンデイロ/ミゲル・ゴメス
■アソシエイト・プロデューサー 近浦啓
■撮影 ルイ・ポサス/サヨムプー・ムックディプローム/グオ・リャン
■編集 テルモ・シューロ/ペドロ・フィリペ・マルケス
■出演 ゴンサロ・ワディントン/クリスティーナ・アルファイアテ/クラウディオ・ダ・シルヴァ/ラン=ケー・トラン
■第77回カンヌ国際映画祭監督賞受賞/第60回シカゴ国際映画祭シルバー・ヒューゴ監督賞、シルバー・ヒューゴ編集賞受賞/第14回ソフィア賞最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀編集賞受賞 ほか多数受賞、ノミネート
© 2024 – Uma Pedra No Sapato – Vivo film – Shellac Sud – Cinéma Defacto
【2026/3/21(土)~3/27(金)上映】
逃げる男 追う女
1918年、ビルマのラングーン。大英帝国の公務員エドワードと結婚するために婚約者モリーは現地を訪れるが、エドワードはモリーが到着する直前に姿を消してしまう。逃げる男と追う女の、ロマンティックでコミカルでメランコリックなアジアを巡る大旅行の行方は…。
映像の魔術師ミゲル・ゴメスが4年の歳月をかけ完成させた最新作 観る者をアジアの迷宮へと誘う、時空を超えた幻想の映画の旅
『熱波』『アラビアン・ナイト』などで知られるポルトガルの鬼才ミゲル・ゴメスが、コロナ禍を乗り越え制作期間4年をかけて完成させた本作は、第77回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した話題作。
撮影に『ブンミおじさんの森』『君の名前で僕を呼んで』『チャレンジャーズ』の名撮影監督サヨムプー・ムックディプローム、日本側のプロデューサーに『大いなる不在』の近浦啓監督ら豪華スタッフが参加し、ミャンマー/シンガポール/タイ/ベトナム/フィリピン/日本/中国のアジア7カ国でロケを敢行。観る者を摩訶不思議な境地〈グランドツアー〉に誘う。過去と現代、現実と幻想、カラーとモノクロが混ざり合い、共鳴しながら織りなす類まれな映画の旅を、あなた自身の目と心で味わってほしい。
アニキ・ボボ 4Kレストア版
Aniki Bobo
■監督・脚本 マノエル・ド・オリヴェイラ
■撮影 アントニオ・メンデス
■編集 ヴィエイラ・デ・ソウザ
■音楽 ジャイメ・シルヴァ
■出演 ナシメント・フェルナンデス/フェルナンダ・マトス/オラシオ・シルヴァ/アントニオ・サントス/ヴィタル・ドス・サントス
©Produções António Lopes Ribeiro
【2026/3/21(土)~3/27(金)上映】
“いつも正しい道を進め”
ドウロ河近郊に暮らす少年たち。カルリートスは内気な夢想家で、エドゥアルドは恐れを知らぬリーダー。二人はともに、グループで唯一の少女テレジーニャに恋をしている。ある日、カルリートスはテレジーニャが欲しがっていた人形を盗み、彼女にプレゼント。そのことをきっかけに少年たちの間に緊張が高まり、カルリートスはグループから仲間はずれにされる……。
ポルトガルが世界に誇る巨匠、マノエル・ド・オリヴェイラ。世界映画史上の傑作とされる長編監督デビュー作!
1942年に故郷ポルトの街を舞台に製作された本作は、子どもたちの躍動を簡潔かつ大きなスケール感で描き、「ネオレアリズモ」を先駆けたともされる。2025年、第82回ヴェネチア国際映画祭クラシック部門で上映。制作から80年を超える時が過ぎ、その詩的な魅力に満ちた現代性が再び注目されている。
「夜の闇や未知なるものへのおののき、そして私たちの周囲に脈々と息づく⽣命の魅惑――それらを暗⽰しようとしたのです。さまざまな障壁、権⼒や慣習によって閉ざされた世界の単調さと、鮮やかに対照をなすものとして。」
――マノエル・ド・オリヴェイラ(『アニキ・ボボ』について1954年の発⾔より)
私たちの好きな八月
This Dear Month of August
■監督 ミゲル・ゴメス
■脚本 ミゲル・ゴメス/マリアナ・リカルド/テルモ・シューロ
■撮影 フイ・ポーサス
■出演 ソニア・バンデイラ/ファビオ・オリベイラ/ジョアキン・カルバーリョ/アンドレイア・サントス
■第81回アカデミー賞ポルトガル代表作品
© O SOM E A FÚRIA 2008
【2026/3/21(土)~3/27(金)上映】
ポルトガル山間の小さな村 ドキュメンタリーとフィクションが混ざり合う
ポルトガルの中心部、山々に囲まれた場所。8月という月は人々と活気に満ちている。移民たちは帰郷し、花火を打ち上げ、火事と闘い、カラオケを歌い、橋から飛び降り、イノシシを狩り、ビールを飲み、子どもをつくる。もし監督と撮影クルーが祭りに参加したいという誘惑に抵抗し、すぐに本題に取り掛かかっていたら、あらすじはこうなっていただろう。『私たちの好きな八月』は、バンドで演奏する父と娘、そして娘のいとことの間にある感情的な関係を描いている。つまり、愛と音楽の物語というわけだ。
2006年、撮影資金とキャストが不足し、予定されていた映画は延期に。監督は16ミリカメラと小さなチームで現地へ向かい、記録すべき瞬間を撮影しながら物語を再構築することを決意する。フィクションとドキュメンタリーの境界が揺らぐ中、『私たちの好きな八月』は、現実と幻想、音楽と愛のあわいに生まれた作品となった。物語の中ほどで、ひとつの橋が現れる。この橋が結ぶ両岸のどちら側からも、もう一方をはっきりと見渡すことができる。そして、その間を流れる川は、常に同じ川である。
自分に見合った顔
The Face You Deserve
■監督 ミゲル・ゴメス
■脚本 ミゲル・ゴメス/マヌエル・モゾス/テルモ・シューロ
■撮影 ルイ・ポサス
■出演 ジョゼ・アイロザ/グラシンダ・ナベ/ジョアン・ニコラウ/リカルド・グロス
© O Som e a Fúria | 2005
【2026/3/21(土)~3/27(金)上映】
30歳になった男の奇想天外な日々
今日はフランシスコの三十回目の誕生日。カーニバルの日、彼はカウボーイの衣装を着て、子どもたちに囲まれた学校のパーティーに参加している──とはいえ、その子たちはあまり好きになれない。誕生日、仮装、騒がしさ、そして抑えきれない苛立ち。でも、それは彼が周囲に迷惑をかけていい理由にはならない。もしも“七人の小人”のような存在が、彼のそばにいてくれたなら。そう願いながら、彼は少しずつ、大人になる自分を見つめはじめる──。「30歳までの顔は神に与えられたもの。 30歳を過ぎたら人は自分に見合った顔になる」。
映画は夢を読み解く精神分析とは逆に、現実の問いに無意識を与える装置。30歳の節目に焦点を当て、感情的に未熟な男フランシスコが、癇癪や孤立を経て、子供時代の神話と向き合う。象徴的な7人のキャラクターがが彼の内面の葛藤を投影し、彼は自己を見つめ直す旅に出る。彼が戻るとき、映画は終わっている。これは詩的な比喩ではなく、現実的に「幼さを葬る男」の物語である。



























