
ミ・ナミ
今週の早稲田松竹は、中国を代表するドキュメンタリー映画の巨人ワン・ビン監督の最新ドキュメンタリー『青春 -春-』『青春 -苦-』『青春 -帰-』をお届けいたします。
本作で追い続けたのは、上海を中心に大河・長江の下流一帯に広がる、長江デルタ地域の街・織里(しょくり)の衣料品工場へ働きに出てきた人々で、そのほとんどが10代~20代の若者たちです。中国内陸部の貧しい地域に暮らす「農民工」と呼ばれる工員たちの戸籍は農村戸籍と呼ばれ、故郷に働き場所がないからといって上海などの都市部で戸籍を持つことはかなり制約があるため、都市への定住もできないそうです。そのため、織里の縫製工場での出稼ぎが最もたやすく金銭を得る手段なのだといいます。
しかしたやすいとは言っても、賃金は出来高制で半年分を後払いでしかもらえないシステム、しかも高給取りではない現状があります。『苦』は、工員と社長とのひりつくような賃金交渉など、そうした中でたびたび起こる金銭の苦い営みにフォーカスしています。ある若い工員は、地元政府が織里の零細企業に打ち出した一方的な増税に端を発する“暴動”、2011年の織里事件をカメラに向かって話し始めるのでした。「いくらカネを稼いでも権力のある奴にはかなわない」。社長が金を持ち逃げしたせいで工場が維持できなくなり、電気を止められた暗い部屋で寝転がりながらそう呟く青年に注がれるワン・ビンのまなざしには、都市部で暮らすある程度の富裕層からは全く無いものにされている、出稼ぎ労働者の彼ら彼女たちの人生を決してなおざりにはしない態度が見て取れます。
『帰』は、一年のほとんどを出稼ぎに費やし、それでも仕事先に定住できない工員たちにとって最も大切な季節・春節の様相を捉えています。帰郷した工員たちの表情は、脱ぎっぱなしの我が子のパジャマを畳む親や、食卓を囲みあれこれ言い募る息子や娘の顔へとしばし戻っていきます。山間で開かれる結婚式や家族団らんの風景はたしかに穏やかそのものである一方、ある家族の会話からは、中国当局が如何に村民に圧政を強いているか、村が窮状に陥っているかといった政治的問題がまたもや浮かび上がります。ある女性工員は「これからどうやって生きていけばいいのか」と悩みを吐露しながらも、再び織里の出稼ぎへと戻っていくのでした。こうしてある世代を貫いている決して楽とは言えない現状が浮き彫りになります。
とはいえ『青春』は、観客が予想したような労働者のトラジェディーで片付けられない面があります。3作品に通底しているのはミシンや裁断機のズダダダダダダという音や、工場内のラジカセから流れるポップスのにぎやかさ。うなり声を立てる綿くずだらけのミシンを体の一部のように使いこなす工員たちの身のこなしは、商売道具たちと一体化して強いグルーヴを感じさせます。そして『春』でフォーカスされている若い男女の恋のさや当てや、くわえタバコの工員たちのきわどい冗談、苦笑してしまうような痴話げんかといった他愛のない日常の風景が必ずどの章にもちりばめられています。こうして全面にせり出してくる彼らや彼女たちの豊かな情感こそ、ワン・ビンが撮り上げたかった〝人々の姿〟なのでしょう。
ワン・ビンは、撮影対象となった工員や経営者、すべての出演者への謝辞として「見事な生活に感謝いたします」という言葉を残しています。観客の皆さまも、ズダダダダダダと生を刻む工員たちの見事さにぜひ刮目していただきたいと思います。
青春 -春-
Youth (Spring)
■監督 ワン・ビン
■撮影 前田佳孝/シャン・シャオホイ/ソン・ヤン/リウ・シェンホイ/ディン・ビーハン/ワン・ビン
■編集 ドミニク・オーヴレイ/シュー・ビンユエン/リヨ・ゴン
■2023年カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品/2023年金馬奨最優秀ドキュメンタリー賞受賞/2023年ロサンジェルス映画批評家協会エクスペリメンタル賞受賞
© 2023 Gladys Glover – House on Fire – CS Production – ARTE France Cinéma – Les Films Fauves – Volya Films – WANG bing
【2026/2/7~2/13上映】
上海を中心に広がる「長江デルタ地域」。この巨大経済地域の小さな衣料品工場で働く中国の若者たち。―巨匠ワン・ビン<初>の青春映画。
上海を中心に大河・長江の下流一帯に広がる、長江デルタ地域。ここだけで日本のGDPをはるかに上回る大経済地域だ。しかし、映画が描くのは、長江デルタの大企業でも大工場でもない。長江デルタの織里(しょくり)という町の衣料品工場で働く10 代後半から 20 代の若い世代の労働と日常だ。彼らの多くは農村部からやってきた出稼ぎ労働者。彼らのような若者も、実は長江デルタの経済を支えている一員であることを認める人はほとんどいない。世界は彼らに注目しない。しかし、ここには驚くほどにみずみずしい青春がある。自分がやるべき仕事は「世界から見えない人たちの生を記録すること」と語るワン・ビン監督の真骨頂にして、初の青春映画である。
これは、アクション映画で、恋愛映画で、経済の映画で、そして何より⻘春映画。
雑然とした作業場。猛烈なスピードでミシンをかける姿はアクション映画のようで、振り付けられたダンスのようだ。若い男女の恋愛をめぐる駆け引きはボーイ・ミーツ・ガール。あちこちで起こる言い争いは、暴力への沸点をはらむ。そして、5元をめぐる経営者とのささやかな攻防。これまでも、被写体との距離やフレーミング、すくいとる瞬間などに天才的な感覚を見せてきたワン・ビン監督ならではと言えるだろう。この映画は約20分のエピソードを9つのセグメントで描いている。登場する彼らすべてがここで生きていることを圧倒的に肯定し、それぞれの登場人物を注意深く見つめる。ワン・ビンの視線は、やがて中国という巨大な国に生きる一つの世代全体の運命を浮かび上がらせてしまう――必見のドキュメンタリー体験である。
青春 -苦-
Youth (Hard Times)
■監督 ワン・ビン
■撮影 シャン・シャオホイ/ソン・ヤン ディン・ビーハン/リウ・シェンホイ/前田佳孝/ワン・ビン
■編集 ドミニク・オーヴレイ/シュー・ビンユエン/リヨ・ゴン
■2024年ロカルノ国際映画祭国際コンペティション部門スペシャル・メンション賞、FIPRESCI賞、若手審査員賞受賞/2024年バリャドリッド国際映画祭「Time of History」部門グランプリ受賞/2024年2023年金馬奨最優秀ドキュメンタリー賞ノミネート
© 2023 Gladys Glover – House on Fire – CS Production – ARTE France Cinéma – Les Films Fauves – Volya Films – WANG bing
【2026/2/7~2/13上映】
苦しいのだ、こんなに
第2部は苦。
金がない。
金を持ち逃げされる。
泣けてくる。
もうすぐ春節がやってくる。
中国。子供服の街・織里(しょくり)。その縫製工場で繰り広げられる若者たちの物語は、さらにドラマティックになっていく。ユンはミスばかりして仲間に呆れられ、もう働きたくない。ワンシャンは帳簿をなくしてしまい、社長に賃金は払えないと言われる。社長が取引先を殴っているのを見た。別の工場では、社長が全財産を持ち逃げした。苦々しい交渉の日々。若者たちは春節を祝うため、故郷へと帰る。同じ中国人であってさえ、北京や上海などの都市に暮らす人は、全く知らない一つの世代の運命がここに浮かび上がる。
※『青春』3部作はそれぞれが独立している作品ですので、2部からでも、どれか1作品だけでも、ご覧いただけます。
青春 -帰-
Youth (Homecoming)
■監督 ワン・ビン
■撮影 リウ・シェンホイ/ソン・ヤン/ディン・ビーハン/シャン・シャオホイ/前田佳孝/ワン・ビン
■編集 ドミニク・オーヴレイ/シュー・ビンユエン/リヨ・ゴン
■2024年ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門出品/2024年アジア太平洋映画賞ドキュメンタリー賞ノミネート
© 2023 Gladys Glover – House on Fire – CS Production – ARTE France Cinéma – Les Films Fauves – Volya Films – WANG bing
【2026/2/7~2/13上映】
帰りたい。でも離れたい。
第3部は帰。
故郷に帰る。
結婚式を挙げる。
生きていく。
生きることの途方もなさ。
春節の休暇が近づき、織里(しょくり)の縫製工場は閑散としている。わずかに残った労働者たちも帰省する。誰もが故郷で春節を祝うために。休暇中に結婚式を挙げるものがいる。でも、故郷には仕事がない。ミンイェンの故郷の雲南は寒い。家にいても息は白く、手がかじかむ。休暇が終わり、労働者たちはまた工場に戻る。働き場所がなくなったものもいる。少年少女のまだ幼い声が響く。新しく若い世代の出稼ぎが、また工場にやってきたのだ。同じ中国人であってさえ、北京や上海などの都市に暮らす人は、全く知らない一つの世代の運命がここに浮かび上がる。
※『青春』3部作はそれぞれが独立している作品ですので、3部からでも、どれか1作品だけでも、ご覧いただけます。























