『新世紀ロマンティクス』『長江哀歌』/『青の稲妻』『プラットホーム』

【2025/11/1(土)~11/7(金)】『新世紀ロマンティクス』『長江哀歌』/『 青の稲妻』『プラットホーム』

パズー

『長江哀歌』の頃からジャ・ジャンクーの新作が公開されるたびに必ず映画館に足を運んできたので、20年くらいは同時代に彼の映画を観てきたことになる。そのたびに心を動かされてきたけれど、最新作『新世紀ロマンティクス』を観て、これまでジャ・ジャンクーが撮ってきた作品のことが急にはっきりと理解できた気がした。この作家はなんて大きなスケールで映画を、歴史を、人間の生を捉えているのだろう。まるでジャ・ジャンクーが映画で何度も舞台にしてきた大河・長江のような、悠久の時間だ。心底たまげてしまった。

同じ第六世代と呼ばれる中国の現代作家たちの多くが海外に拠点を移して創作活動をするいっぽうで、ジャ・ジャンクーは自分の生まれた場所を離れることなく映画を作り続けている。中国の「現在」は、一瞬にして「過去」になっていく。目まぐるしいスピードで変わってゆく街や人々の生活のランドスケープを、ジャ・ジャンクーはその時その瞬間にカメラに収めてきた。そうして懸命に生きている市井の人々の姿を世界中に届けてきたのだ。「映画人は歴史を記録する責任がある」(*1)と本人が言うように。

WTOに加盟し、北京五輪開催が決まった2001年。世界最大のダム建設によって歴史ある古都が消えていった2006年。開発が進み地方都市の景色もすっかり現代的になった2017年。『新世紀ロマンティクス』は、これまで撮りためてきた映像素材を使用していくつかの過去を振り返りながら、2022年、コロナ禍ですべてがストップした後の中国の街も映し出している。経済成長のために個人の生活を顧みる暇もないほど忙しなく変化し続けた国が、初めて立ち止った後、次に向かう明日はどこなのか。前を見据えて走り去っていくチャオ・タオの清々しい姿は、中国の今を世界に発信してきたと同時に、国内で公開し自国の観客に観てもらうことを目指してきたジャ・ジャンクー流の、中国の人々へのエールのような気がした。

今週は『新世紀ロマンティクス』に併せて、ジャ・ジャンクー監督の過去作3作品を上映します。公私ともにパートナーであるチャオ・タオが演じる女性の人生、時代を彩る歌やダンス、フィクションとドキュメンタリーが混在する生き生きとした街の風景。そういった一貫したスタイルのなかにも、常に新しいものを掴もうとしてきた作家の縦横無尽な視点を体験できる一挙上映です。

(*1)「中国公認の反逆児、ジャ・ジャンクーの次なるビジョン」Newsweek日本版
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/05/post-12216_1.php

長江哀歌
Still Life

ジャ・ジャンクー監督作品/2006年/中国/113分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 ジャ・ジャンクー
■撮影 ユー・リクウァイ
■音楽 リン・チャン

■出演 チャオ・タオ/ハン・サンミン/ワン・ホンウェイ/リー・チュウビン/マー・リーチェン

■2006年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞

【2025/11/1(土)~11/7(金)上映】

どんなに世界が変わろうと、人は精一杯に生き続ける

大河・長江の景勝の地、三峡。そのほとり、二千年の歴史を持ちながら、ダム建設によって伝統や文化も、記憶や時間も水没していく運命にある古都。16年前に別れた妻子に再会するため、山西省からやってきた炭鉱夫サンミンと、2年間音信不通の夫を探しに、やはり山西省からやってきたシェン・ホン。2人とも、新たな人生を歩みだそうと胸に決意を秘めている…。

大河・長江の景勝の地、三峡。ダム建設によって水没していく古都を舞台に、市井の人々の「生」の瞬きを描いた中国の若き名匠の最高傑作。

つねに中国指導者の壮大な夢でありながら、様々な障害や困難によって、建設反対意見がまきおこる中、1993年に着工した長江の三峡ダム。それは経済開放以来、急速な変化を遂げ、2008年に北京オリンピックを控えた超大国・中国を象徴する一大事業である。長編デビュー作の『一瞬の夢』以来、たえず中国社会の大きな変化の中に、小さき人々の「生」を切り取ってきたジャ・ジャンクー監督は、この三峡ダムという叙事詩的プロジェクトを背景に、これまでの集大成といえる傑作『長江哀歌』を完成させた。

自分のために、夫のために、精一杯の「嘘」で新たな人生を歩み出そうとする女性シェン・ホンを演じるのは、ジャ・ジャンクー監督のミューズであるチャオ・タオ。最初は朴訥すぎるように思わせながら、最後には力強く寛容に、感動的な人間性で、やはり新たな人生にこぎだそうとする炭鉱夫サンミンを演じるのは、監督の第2作『プラットホーム』でも炭鉱夫を演じたハン・サンミン。この他、シェン・ホンの夫、その友人を除いて、すべての出演者がロケ地である三峡の人々。彼らの声音、息遣い、身のこなしが、映画に瑞々しい手触りを与えている。

そして誰をも驚かせる映像美は、ジャ・ジャンクー作品に欠かせないユー・リクウァイの手による。撮影は小型のHDVカムで行われたが、デジタル撮影された映像として、この美しさは、映画史に残るといっても過言ではないだろう。また、『プラットホーム』以来のジャ・ジャンクー組であるチャン・ヤンの音響も特筆に値する。たえず響く工事の音をはじめ音の存在は映画に素晴らしい生命力を与えた。音楽は、台湾のカリスマ的ミュージシャンであるリン・チャン。コンピュータを駆使した音と大衆的な中国歌謡を組み合わせ、本作の映画世界をさらに豊かなものにしている。この映画で使われる「歌」はある意味で、寡黙な中に深い感情をたたえた主人公たちを代弁するかのように、エモーショナルに響く。

新世紀ロマンティクス
Caught by the Tides

ジャ・ジャンクー監督作品/2024年/中国/111分/DCP/ビスタ

■監督 ジャ・ジャンクー
■脚本 ジャ・ジャンクー/ワン・ジアファン
■プロデューサー キャスパー・リャン・ジアヤン/市山尚三 
■撮影 ユー・リクウァイ/エリック・ゴーティエ
■編集 ヤン・チャオ/リン・シュウドン/マチュー・ラクロー
■音楽 リン・チャン

■出演 チャオ・タオ/リー・チュウビン/チョウ・ヨウ/パン・ジアンリン

■第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品/第69回バリャドリッド国際映画祭グリーンスパイク賞受賞/第48回サンパウロ国際映画祭最優秀国際映画賞受賞/第32回上海映画批評家協会賞最優秀映画製作者受賞

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【2025/11/1(土)~11/7(金)上映】

ミレニアムの幕開けから、怒涛の変貌を遂げた現在へ。劇的な変化を遂げる時代の中、繰り返される出会いと別れ。時間は戻らない。だから、前へと進む。

新たな世紀を迎え、漠然とした未来への期待に溢れていた2001年。三峡ダム建設により建物が解体され、長江で100万を超える住民たちが移住した2006年。目覚ましい経済発展を遂げ、地方都市も都会化したコロナ禍の2022年……。チャオは山西省・大同(ダートン)を出て戻らぬ恋人ビンを探して奉節(フォンジエ)を訪ね、ビンは仕事を求めて奉節からマカオに隣接する経済特区・珠海(チューハイ)を訪れる。時は流れ、ふたりはまた大同へ――。恋人たちの関係と比例するように、街は変化していく。21世紀を22年かけて旅するチャオはどこにたどり着くのか――。

総製作期間22年! 世界が新作を熱望する名匠ジャ・ジャンクーがドキュメンタリーとフィクションを大胆に融合した、これまでに観たことがない映画。

カンヌ、ベルリン、ヴェネチア、世界三大映画祭の常連にして、本作で中国人初の6度目のカンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品を果たした名匠ジャ・ジャンクー。初期の傑作『青の稲妻』『長江哀歌』やドキュメンタリーを含む2001年から撮り溜めてきた映像素材を使用し、総製作期間は22年に及ぶ。「斬新。過去の作品のすべては『新世紀ロマンティクス』のためにあった」とVariety誌は評する。実際の24歳・29歳・45歳の主人公たちの姿と、「百年に一度」と言われる、21世紀初頭から現在までの中国の変化を、フィクションとノンフィクションの垣根を超えて切り取ったリアリティ溢れる映像の力強さは、観る者の心を揺さぶる。映画内で人物も街も実際に変化していく、類い稀な、これまでにない傑作が誕生した。

主人公チャオを演じるのは監督の妻でもあるチャオ・タオ。本作で長編ドラマは8作目のタッグだ。ジョン・カサヴェテスとジーナ・ローランズ、吉田喜重と岡田茉莉子、ロベルト・ロッセリーニとイングリッド・バーグマンのように、妻である女優を主演に映画を撮り続けるジャ・ジャンクーの期待に応える熱演が光る。ビンを演じるのは『青の稲妻』『長江哀歌』でも恋人役だったリー・チュウビン。2作で恋人を演じたふたりがそれぞれの作品の役名で交差する世界線に映画ファンの胸が熱くなる。

音楽の使い方に定評のあるジャ監督の力量は本作でも健在。まるでジャンルレスなDJのプレイのように、時代時代を象徴し、チャオの気持ちを代弁する音楽がシームレスに流れる。また、ジャ・ジャンクーの盟友ユー・リクウァイと近作を手掛けているエリック・ゴーティエが撮影を担当。ここにも新旧の奇跡のコラボレーションが生まれた。映画音楽はこれまでのジャ作品とタッグを組んできたリン・チャンが手掛けている。 かつての時間を閉じ込めた映像から、現代へ――時代の流れに翻弄され続けた主人公が出すひとつの結論が刻み込まれた珠玉のラストシーン。その強度に誰もが圧倒される。

プラットホーム
Platform

ジャ・ジャンクー監督作品/2000年/香港・日本・フランス/155分/35mm/ビスタ

■監督・脚本 ジャ・ジャンクー
■製作 リー・キットミン/市山尚三
■撮影 ユー・リクウァイ
■音楽 半野喜弘

■出演 ワン・ホンウェイ/チャオ・タオ/リャン・チントン/ヤン・ティェンイー

■2000年ベネチア国際映画祭最優秀アジア映画賞/ナント三大陸映画祭グランプリ・監督賞受賞/ブエノスアイレス国際映画祭グランプリ受賞

【2025/11/1(土)~11/7(金)上映】

旅をつづけよう 未来は待っててくれる

中国山西省の小さな町・汾陽(フェンヤン)。文化劇団のメンバーの明亮と幼なじみ4人は、劇団の練習、地方巡業の旅と、いつも一緒の時間を過ごしていた。1980年代半ば、自由化の波がこの小さな町にも押し寄せてくる。政府の方針の変化で劇団への補助金が打ち切られ、劇団そのもののあり方も変わってしまう。ロックバンドとなって旅を続ける者、町に残り職を得る者――それぞれが自分の生き方を探し始める。

80年代―変わりはじめた中国 ポップミュージックに彩られたぼくたちの青春

『プラットホーム』は、改革開放のスローガンを掲げ、社会がダイナミックに変貌してゆく80年代の中国を背景に、地方を旅する文化劇団の4人の若者たちの10年間の歩みを綴ってゆく。文化開放政策により、新しい音楽やファッションが大陸へと入ってくる。未知なるものとの遭遇に、彼らの生活も少しずつ変化を見せてゆく。

そんな青春時代真っただ中の若者たちの10年を、『プラットホーム』は常に現在形で描いてゆく。それによって観る者は、若者たちの心の揺れ、痛み、喜びを、丸ごと感じるであろう。「変わり続ける時代を、“歴史”ではなく“気配”で描きたかった」と語るジャ・ジャンクー。普通の人々の日々の暮らしに中に起こる些細なできごとの積み重ねから、激変する社会が作り出す“時代”の姿を照らし出してゆく。

青の稲妻
Unknown Pleasures

ジャ・ジャンクー監督作品/2002年/中国・日本・韓国・フランス/112分/35mm/ビスタ

■監督・脚本 ジャ・ジャンクー
■撮影 ユー・リクウァイ

■出演 チャオ・タオ/チャオ・ウェイウェイ/ウー・チョン/リー・チュウビン/チョウ・チンフォン/ワン・ホンウェイ

■2002年カンヌ国際映画祭パルムドールノミネート

【2025/11/1(土)~11/7(金)上映】

手を伸ばしても届かない未来 それでも走り続ける

中国の地方都市・大同(ダートン)。年上のダンサー・チャオチャオに恋をした19歳のシャオジイ。彼の親友で19歳のビンビンと受験生の恋人ユェンユェンは、まだキスさえしたことがない。都会の生活に憧れながらも、生まれ育った土地を離れられない。ニュースでは、WTO加盟やオリンピック開催決定など報じている。恋や現実に揺れ動きながら、未来を掴もうと手を伸ばす。まだ見ぬ享楽(Unknown Pleasures)を求め、疾走する彼らのココロは…。

揺れ動く 理想と現実、希望と不安 不器用な"ココロ"が刻む青春模様

『青の稲妻』は、急速に変化し続ける中国の地方都市に生きる2組のカップルを描く、切ない青春映画。変わりゆく社会に期待しながらも、目の前には大きな壁が立ちはだかる。それでも必死にもがき、走り続ける若者たちの姿を、ジャ・ジャンクー監督は鮮烈に切り取ってゆく。揺れ動く理想と現実、希望と不安…中国のみならず、世界中の人々の心に共感をもたらした傑作青春映画。

主人公シャオジイを演じるのは、監督にスカウトされた当時新人のウー・チョン。映画初出演とは思えない、そのクールで圧倒的な存在感を、世界中のマスコミが絶賛した。ヒロインを演じるのはチャオ・タオ。前作『プラットホーム』の保守的な役柄とは対照的に、奔放に生きる現代女性をリアルに演じきった。彼女が着こなす色とりどりの衣装もこの映画の見所。そのほとんどに蝶の模様が施されている。空を舞う蝶――それは、自由の象徴だ。