
パズー
ガス・ヴァン・サントとグレッグ・アラキは、90年代初頭に主にアメリカで起こった「ニュー・クィア・シネマ」の中心的人物として共に注目を集めた。ニュー・クィア・シネマとは、エイズ危機やそれに伴うACT UPの活動が盛り上がる中で、性的マイノリティ――クィアのアーティストたちが自分たちのコミュニティの声を社会に届けようとしたムーブメントだ。
彼らの映画では、異性愛をメインストリームとする世の中で隠されてしまう人々の物語が切実に描かれていた。今週上映するのは、そのムーブメントから数年が過ぎた2000年代前半にガス・ヴァン・サントとグレッグ・アラキがそれぞれ発表した『エレファント』(03)と『ミステリアス・スキン』(04)の二本立てだ。
99年に起きた米コロンバイン高校銃乱射事件をモチーフにした『エレファント』。男子高校生2人が自分たちの通う学校の職員や生徒を次々に射殺した恐ろしい出来事を、ガス・ヴァン・サントは事件の衝撃の余波がアメリカ国内でまだ濃厚に漂うなかで作品に刻んだ。どこにでもある高校の、どこにでもいるティーンエイジャーたちの一日。少しの嫉妬や切なさ、他愛ない触れ合いや諍いがあった――惨劇が起こるその瞬間まで。
グレッグ・アラキの『ミステリアス・スキン』は、作家のスコット・ハイムが自身の体験をもとに執筆した95年の同名小説を映画化している。田舎の野球チームに通っていた少年2人は、コーチから受けた性加害の傷を抱えながら青年になった。良い思い出に書き換えたニールと、記憶自体を失くしてしまったブライアン。対照的な人生を送っていた彼らがもう一度出会い、辛い真実を手繰り寄せようとする物語だ。
“もし映画化で極めて不穏な場面に背を向けてしまうのであれば作る意味がないと思いました。——この物語は人々に気づきをもたらす、語られるべき話であり、途中で目をそらせない「映画」という形で見るのは強烈な体験になるでしょう。” ——グレッグ・アラキ(公式パンフレットより)
『エレファント』も『ミステリアス・スキン』も、決してトラウマを癒してあげよう、希望を与えてあげようというような(あえて言うと)偽善的な描き方はしていない。普通は見たくないかもしれない傷やトラウマを、誇張も押し隠すこともせず極力そのまま捉えることで、むしろ観客が必要以上にエモーショナルになることを避けている。寄り添うのでもない、淡々と、少年たちの背中をじっと見つめているようなカメラが胸を突く。
ケリー・ライカートの『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』もまた、監督の視座はとても似ていると言えるだろう。描かれるのは、荒涼としたモンタナの町で目の前の毎日をどうにか生きている4人の女性たちのポートレイトだ。
94年に『リバー・オブ・グラス』でデビューしたライカートは、インディペンデント映画の女性作家として資金繰りに苦しみ、次作をなかなか撮ることができなかった。そんな彼女を支えたのが旧知の監督トッド・ヘインズだった。『オールド・ジョイ』(06)以降本作まで5本ものライカート作品でプロデューサーを務めたトッド・ヘインズはやはり、『ポイズン』(91)で鮮烈なデビューをしたニュー・クィア・シネマの作家の1人だ。
ガス・ヴァン・サントとケリー・ライカートによる2008年の対談(*1)の中で、ライカートからこんな言葉が出てくる。"Certain people not being of any use to society"「社会にとって役に立たない人々」。彼女はこの言葉を、親しみを以て使っていると思う。ライカ―トの作品に出てくる人物たちはいつも、地位や肩書をもたない無名の人々だからだ(『ライフ・ゴーズ・オン~』の原題は「Certain Women」)。他人にとっては取るに足らない厄介ごとや心の不安を見逃さずに掬い取ることで、小さな宝物のようなドラマを紡いできた。
今週の作品たちは、社会のなかでよそ者あるいは周縁者として生きてきた作家自身のまなざしから語られる物語である。そこにはすべてを肯定するような優しさやハートフルな感動はないかもれない。時には苦しく、やるせない気持ちになるかもしれない。けれど必ず、冷たさの中にぬくもりを感じることができるし、静けさのなかに親密さを見いだせるはずだ。
*1 BOMB Magazine Kelly Reichardt by Gus Van Sant
https://bombmagazine.org/articles/2008/10/01/kelly-reichardt-1/
エレファント
Elephant
■監督・脚本・編集 ガス・ヴァン・サント
■製作 ダニー・ウルフ
■製作総指揮 ダイアン・キートン/ビル・ロビンソン
■撮影 ハリス・サヴィデス
■出演 ジョン・ロビンソン/ アレックス・フロスト/エリック・デューレン/イライアス・マッコネル/ジョーダン・テイラー/ ティモシー・ボトムズ
■2003年カンヌ国際映画祭 パルムドール・監督賞受賞/2003年NY批評家協会賞撮影賞受賞/2003年インディペンデント・スピリット賞監督賞・撮影賞ノミネート
Images courtesy of Park Circus/Warner Bros.
【2025/10/11(土)~10/17(金)上映】
いつもと同じ1日だと思ってた。
泥酔した父親を車に乗せ、学校に遅刻してきたジョン。公園でカップルのポートフォリオを撮り終えたフォトグラファー志望のイーライ。女子に人気のあるアメフト部のネイサンは、ガールフレンドと待ち合わせてランチへ。カフェテリアで女子たちが噂話とダイエット話に花を咲かせ、疎外感を感じている少女ミシェルは図書室のボランティアへと急ぐ。教室では内向的なアレックスが、丸めたティッシュを投げつけられている。ごく普通の日常が淡々と流れていくなか、少年たちの危ういバランスが崩れ始めていた。その日も、いつもと変わらぬ、平和な一日になるはずだったのに……。
アイダホ州ポートランド。アメフト、図書館、カフェテラス、写真部、ダイエット。ごく普通の高校生たち。
監督は『マイ・プライベート・アイダホ』『ドラッグストア・カウボーイ』『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』と、揺れ動きながら居場所を探し求める少年たちを、彼らと同じ視点で見つめ続けるガス・ヴァン・サント。1999年に起きたコロラド州コロンバイン高校の銃乱射事件をモチーフにしたこの作品は、そのセンセーショナルな事件ゆえに製作が難航した。しかし女優のダイアナ・キートンがプロデューサーとなりようやく企画が実現。声高に問題点や解釈を指摘するのではなく、普通の高校生たちの日常を見つめ、〈事件〉へと至るまでの時間を淡々と描いていく。
監督の地元でもあるポートランド北東部で行われた撮影は廃校を使い、監督とのコラボレーションで作業は進められた。実際の高校生3000人から選ばれた出演者は、自分の話や体験を盛り込みながらセリフを作っていき、何気ない中にもリアリティのある脚本が生まれている。
平和に見えてどこか居心地の悪さや、アンバランスな気分を抱えている日常の風景を映し出す為、監督と撮影監督サヴィデスは、名匠フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリーやアメリカの原風景を映し出すフォトグラファー、ウィリアム・エグルストンの写真にインスピレーションを求めた。子供たちを背後から見つめる映像は、心のざわめきを感じさせる。
ミステリアス・スキン
Mysterious Skin
■監督・脚本・編集 グレッグ・アラキ
■原作 スコット・ハイム『謎めいた肌』(ハーパーコリンズ・ジャパン刊)
■製作 メアリー・ジェーン・スカルスキー/ジェフリー・レビ=ヒント/グレッグ・アラキ
■撮影 スティーブ・ゲイナー
■音楽 ハロルド・バッド/ロビン・ガスリー
■音楽監修 ハワード・パー
■出演 ジョセフ・ゴードン=レヴィット/ブラディ・コーベット/ミシェル・トラクテンバーグ/ジェフリー・リコン/ビル・セイジ/メアリー・リン・ライスカブ/エリザベス・シュー
■2004年ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門公式出品/2004年トロント国際映画祭公式出品/2004年ベルゲン映画祭最優秀作品賞受賞/2005年サンダンス映画祭公式出品/2005年シアトル国際映画祭ゴールデン・スペース・ニードル賞受賞/2005年ロッテルダム国際映画祭Moviezone賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
©MMIV Mysterious Films, LLC
【2025/10/11(土)~10/17(金)上映】
僕たちが壊れた 8歳の夏
カンザス州の田舎町ハッチンソン。1981年の夏、リトルリーグのチームメイトである8歳の少年ブライアンとニールは、常習的に幼い子供への性加害を行なっていた一人の<コーチ>によって大きく人生を狂わされる。精神的なショックから自分の身に起きたことを忘れてしまったブライアンは、やがて宇宙人に誘拐されたために記憶を失ったのだと思い込むように。一方、<コーチ>と8歳の自分の間にあったものは「愛」だと信じるニールは、彼の影を追い求めて年上の男たちを相手に体を売りながら生きていく道を選んだ。「空白の記憶」から10年、ブライアンが真実を取り戻そうとするうち、手がかりとして浮かび上がってきたのは繰り返し夢に現れる一人の少年。そして、その少年がニールであることをついに突き止めたブライアンだったが……。
幼少期に心の傷を負った少年たちの行く末を描く、比類なき青春映画
90年代、“ニュー・クィア・シネマ”のムーブメントを牽引し、つねに時代の遥か先を見据えてきたグレッグ・アラキ。長編8作目となる本作は、2004年ヴェネチア国際映画祭でのプレミア上映を皮切りに、各国映画祭で上映されて大きな反響を呼んだ。
主演は当時23歳でブレイク前のジョセフ・ゴードン=レヴィット、現在は映画監督として世界に名を轟かせるブラディ・コーベットが、幼少期に同じ野球チームの監督から受けた性加害によって心の傷を負った二人の対照的な主人公ニールとブライアンを演じた。その他にも、今年2月の急逝が惜しまれるミシェル・トラクテンバーグをはじめ、メアリー・リン・ライスカブ、エリザベス・シューなど実力派俳優たちが脇を固めている。
また、アンビエントミュージック界の巨匠ハロルド・バッドとコクトー・ツインズの天才ロビン・ガスリーがオリジナル劇伴を手掛け、シガー・ロスやスロウダイヴ、カーヴ、ライドなど音楽マニアのグレッグ・アラキらしいサウンドトラックが忘れがたい余韻を残す。そして、監督が映像化を熱望した唯一の原作は、スコット・ハイムが1995年に発表した同名小説。自身の実体験をもとにしたと語る著者も「これ以上の映画化はない」と太鼓判を押す、最良の実写版『ミステリアス・スキン』。その製作から20年――世界中でグレッグ・アラキの再評価が高まるなか、いま観られるべき傑作となっている。
【レイトショー】ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択
【Late Show】Certain Women
■監督・脚本・編集 ケリー・ライカート
■製作総指揮 トッド・ヘインズ/ラリー・フェセンデン/クリストファー・キャロル/ネイサン・ケリー
■原作 マイリー・メロイ
■撮影 クリストファー・ブロベルト
■音楽 ジェフ・グレイス
■出演 ローラ・ダーン/クリステン・スチュワート/ミシェル・ウィリアムズ/ジェームズ・レグロス/ジャレッド・ハリス/リリー・グラッドストーン/ルネ・オーベルジョノワ
■2016年BFIロンドン映画祭最優秀作品賞受賞/2016年ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞受賞/2016年インディペンデント・スピリット賞監督賞・助演女優賞ノミネート ほか多数ノミネート
© 2016 Clyde Park, LLC. All Rights Reserved.
【2025/10/11(土)~10/17(金)上映】
明日の私はどこへ行くのだろう。
厄介なクライアントに振り回される弁護士のローラ、新居の建設のことしか頭にないジーナ、弁護士をしながら夜間学校で市民向けに法律を教えるエリザベス、牧場で孤独に馬と向き合うジェイミー。アメリカの小さな町の中でそれぞれ懸命に生きる彼女たちのたどり着く先は…。
『ウェンディ&ルーシー』の ケリー・ライカートが監督・脚本を手がけ、英語圏最大の文芸誌グランダのベスト・ヤング・ノベリスト・アメリカにも選ばれたマイリー・メロイの短編小説を映画化。アメリカ北西部モンタナの田舎町を舞台に、4人の女性たちがそれぞれ悩みを抱えながら懸命に生きる姿を描く。
キャストは「トワイライト」シリーズや『アクトレス~女たちの舞台~』のクリステン・スチュワート、本作で監督とは3回目のタッグを組み、ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞を受賞したミシェル・ウィリアムズ、『ブルーベルベット』のローラ・ダーン、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のリリー・グラッドストーン。自分の道を切り開こうとする女性をそれぞれ細やかに演じている。製作総指揮には『キャロル』のトッド・へインズ。ライカート監督と旧知の仲であり、製作総指揮としてクレジットされるのは本作で5度目となっている。





















